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Frosty Rain  作者: Allen
第二話:グレイプニルの悲劇
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02-6:路地裏の世界











 ぱちんと携帯を閉じ、涼二はその視線を繁華街の外へと向ける。

状況はあまり好転したと言う訳でもないが、それでも進展した事に変わりは無い。

涼二はメールと共に地図データが送られてくるのを待ち、ガルムへと電話をかけた。



「……もしもし、聞こえるかガルム?」

『ああ、大丈夫だ』



 2コールで繋がったガルムに小さく頷き、通行の邪魔にならぬよう道の脇に立ちながら涼二は声を上げる。

その視線の中には、普段と違う鋭利な色が浮かんでいた。



「標的のGPS反応をスリスが強制起動して掴んだ。そっちにもデータが行っていると思うが」

『うむ、来ているぞ。さて、どう追う?』

「反応が移動していないのが気になる。ただ止まっているだけならいいんだが、もしかしたら携帯を落としているのかもしれない。

その場合を考えて、二手に分かれた方が得策だろう」

『そうだな……ではそうしよう。今の位置からではお前の方が近そうだ、先に目標地点へと向かってくれ』

「ああ、了解した」



 通信を切り、涼二は小さく息を吐く。

地図に記された地点は今いる場所から北西へと向かった地点―――確かにあまり遠いと言う訳ではないが、未だに反応は動こうとしていない。

一応手がかりにはなるだろうが―――と嘆息し、涼二はその方向へと向けて走り出した。



(飯を喰ってるだけならいいんだがな……ああ、そういや腹減ったな)



 何だかんだで夕食を食べそびれていた事を思い出し、若干憂鬱な気分になりながらも、涼二は目的の方向へと向けて真っ直ぐに進んでゆく。

携帯に表示されている地図を拡大し、路地裏の行き止まりなどを確認してから、涼二はその細い道へと飛び込んだ。

道なりに行くには少々遠回りなので、若干狭いがこのような道を選んだのだ。

角は多いものの、一度地図を見ているので何処をどう曲がればいいかは覚えている。その記憶の通りに、涼二は路地裏を進んでいった。

と―――



「ん……?」



 ふと気配を感じて、涼二は立ち止まる。

自身の方へと向かってくる気配と言う訳では無いが、何か複数の存在が動き回っている気配。

そして、響くのは肉を打つような鈍い音だ。



「これは……」



 あまり係わり合いになりたくない部類の騒動。

けれど道は一つしかなく、今から戻って回り道をするよりは無理矢理突っ切ったほうが良いと判断し、涼二はその音がする方へと向かって飛び出していった。

見えてきたのは、建物の立地の関係上出来上がったと思われる小さな広場。

そして、そこで戦闘―――というよりはケンカ―――を繰り広げる数人の男達だった。

思わず顔を顰め、ラグズのルーンを使って飛び越えようと―――した、次の瞬間。



「おう、涼二じゃねぇか。奇遇だな、こんな所で」

「な……そ、双雅!?」



 唐突にかけられた言葉に動揺し、涼二は思わず発生させようとしていた水を霧散させてしまっていた。

そしてそれと同時に、双雅を囲っていた男達の視線が一斉に涼二の方へと向けられる。

状況としては、双雅一人に対して不良と思わしき男達が十人ほど。

一応ルーンは使っていないものの、状況としてはかなり不利である。だと言うのに、双雅についているのは僅かな掠り傷程度で、その脇には倒れている不良たちが四人ほど折り重なっていた。

そんな厄介事を絵に書いたような状況の中心で、不敵な笑みを浮かべた双雅は涼二へと向けて声を掛ける。



「ちょうど良かったぜ、涼二。ちょっと手伝ってくんね?」

「……俺は今急いでるんだが、何でこんなアホな状況になってるんだ」

「ああ!? ンだテメェ、上狼塚の仲間か!?」

「……」



 何かするまでも無く巻き込まれた現状に、発する声すら見つからず涼二は深々と嘆息する。

とりあえず―――双雅を含めて―――掃討すべきか、それとも無視して進むべきかを悩む。

涼二は双雅のケンカの実力を知っている。彼ならば、この程度の人数に囲まれても問題は無いだろう。

ただし、それはこの人間たちが能力を使わなかった場合の話だ。

双雅自身はジュラを持っているだけの巨人ティターン級能力者。

決して弱いと言える能力ではないが、それでも多人数の能力者を相手にするには少々弱い。

それを補って余りあるだけの野性的な勘とケンカ殺法を持っているのは確かだが―――それでも、気になってしまった事に涼二は嘆息を漏らしていた。



(俺って奴は、どうしてこう……)



 自覚している『身内に甘い』と言う性質。

これだけはどこまで行っても変えられないのかと自嘲を零し、のろのろと構えようとした―――ちょうど、その瞬間だった。

しばし黙って思考していた涼二へと、不良たちの怒鳴り声が投げ掛けられる。



「おいコラ、シカトこいてんじゃねェぞこのチビが!」

「……あ?」

「あーあ」



 顔を俯かせたまま硬直した涼二の口から漏れた声、そして呆れたような表情で呟いた双雅の声は、周囲に響き渡る事も無く、怒鳴り散らす不良たちの声にかき消される。

故に、彼らは気付けなかった。



「ハッ、女みてぇな面しやがって! 上狼塚もろとも殺して―――」

「……おい、テメェ等」



 ―――氷室涼二と言う男の、逆鱗に触れてしまった事に。

涼二は瞳の奥に秘められた二つのルーンが反応するのを何とか抑えながらも、その怒りだけは抑えようとせず、殺意の篭った視線を上げる。

その圧倒するような気配は、すぐさまこのあまり広いとはいえない空間を支配した。

そんな肌で感じるような気配を受け、双雅は楽しそうに笑みを浮かべる。



「おーおー、流石は元ムスペルヘイム」

「な……ッ!?」

「茶化すな、双雅……ま、今回は手伝ってやるさ。礼は要らん。こいつ等から貰うからな」



 歪な笑みを浮かべ、涼二は一歩前へと踏み出す。

それに気圧されたかのように十人の男達は思わず後退し、そんな己の行為に驚愕したかのように目を見開いた。

そしてそんな中、前列にいた男の一人が、歯を食いしばって叫び声を上げる。



「なッ、舐めんじゃねぇぇぁああああああああッ!」



 繰り出されたのは右の拳。

涼二はそれに対し、身体を半身にしながら左手を添え、拳をわずかに逸らしながらカウンター気味に相手の顔面へと右の拳を叩き込んだ。

もんどりうって吹き飛ばされる男に、しかし周囲の不良たちは束縛から抜け出そうとするかのように叫び、そして涼二へと殺到した。

が―――その背中の内の一つを、容赦の無い蹴りが打ち抜く。

勢い良く前へとけり出されバランスを崩した男は、それと共に正面から繰り出された鞭のようにしなる蹴りによって側頭部を抉られ、錐揉み回転しながら他の男を巻き込んで昏倒する。

遠慮など欠片として存在しない跳び蹴りを放った張本人は、その口元に皮肉気な笑みを浮かべて声を上げた。



「おいおい、俺を忘れてんじゃねぇぞ?」

「上狼塚、テメェッ!」

「そういきり立つなって。楽しく喧嘩しようじゃねぇか、なァ?」



 そう口にし、双雅は駆ける。

いきなり倒れるような前傾姿勢になったかと思うと、その身体は爆ぜるように地面を蹴り、握り締められた拳が先ほど巻き込まれて起き上がろうとしていた男の頬を打ち抜く。

そしてそんな拳を振り切った姿勢の双雅の肩をいつの間にか接近していた涼二が蹴りながら跳躍し、呆気にとられた表情をして棒立ちになっていた男の顎を蹴り上げる。

そのまま着地した涼二は、体を起こした双雅と共に背中合わせの体勢で立つ。



「そォいや、こういうのは久しぶりだったな、涼二」

「そうだな……ったく、忙しい時に面倒に巻き込んでくれやがって」

「わりぃわりぃ、今度何か奢るって」

「別にいいさ、こいつ等から貰うって言ってるだろ」



 互いに軽口を叩き合い―――二人は、駆けた。



「ふ……ッ!」



 自身を弾丸と化すかのように、涼二は鋭い呼気を発しながら駆ける。

二人へと襲い掛かってこようとしていた男達の出鼻を挫くかのように、涼二は一歩で前方にいた男の懐まで肉薄していた。

そして男としては小柄なその身体で潜り込むように身体を沈ませ、さらに相手の足の間へと己の右足を差し込んで退路を断ち、その肩と左手を当てるように体当たりを放つ。

威力を存分に伝え、60kg強の弾丸となったその一撃は、男を容赦なく吹き飛ばす。



「テメェッ!」



 刹那、左側から拳が迫る。

それをしっかりと目で捉えていた涼二は、身体を横向きに沈み込ませるようにしながら左手を振り上げ、放たれた拳を受け流しながら相手の胴を打ち上げるようにアッパーを放った。

そして僅かにプラーナを使って腕力を強化し、吐瀉物を吐き出そうとしている男を投げ飛ばすように拳を振り抜く。

放物線を描きながら吹き飛ばされる男は、その拳が触れた時点で意識を消し飛ばされていた。


 己自身の体格や体重、そして相手の力までも利用して戦うその技は、正しく武術のもの。

ムスペルヘイムの時代に長年かけて身につけ、さらにガルムの指導によってより洗練させている力。

能力の強大さだけに留まらず、己自身すらも洗練させていたからこそ、涼二はムスペルヘイムの隊長として選ばれていたのだ。

対し―――



「ハッハァ!」



 コンパクトなフックで近場にいた男のこめかみを抉り、さらにその襟首を掴んで頭突きを繰り出した双雅は、昏倒した男を放り投げながら横へと向けて鋭い蹴りを放った。

近場にいた相手の腹部を撃ちぬくその動きには、涼二のように洗練された動作は存在しない。

が、双雅の繰り出す攻撃には、全て避けようが無いほどのスピードが存在していた。



「オラオラどうしたァ!?」



 突き出される拳の一撃が、右側から迫ってきていた男の身体を吹き飛ばし、壁に叩きつける。

鼻が折れて血が噴出していたが、まるでその臭いに酔うかのように凶暴な笑みを浮かべ、牙を剥き出しにしながら双雅は嗤う。

その姿は、正しく獣のそれだった。

粗暴で、洗練された部分など欠片も無く、まるで本能のままに戦う姿。

けれどそれはただ力強く、ただ素早い。

それが、上狼塚双雅と言う男の戦い方。

振り払った腕が人を吹き飛ばし、放たれた蹴りが相手を地面に沈める。

嵐のような動きの双雅と、疾風のような動きの涼二。その二つの暴風に、ついに一人の男が一線を越えてしまった。



「クソッ、クソッ……これでも喰らえッ、イサ!」

『―――!』



 放たれたのは、氷柱のような氷の弾丸。

当たれば怪我だけで済むとも限らない、凶器となりうる攻撃。

それが向けられた事に対し、二人の目の色が一瞬で変化した。



「―――ラグズ!」

「―――ジュラ!」



 その言葉と共に生み出されたのは、片や水を収束させて作り上げた、鞭のようにしなる剣。

そして、もう一方は肘から先を覆い尽くすような金属の膜、そしてその指を覆う鉤爪だった。

涼二の繰り出した水の鞭は神速で宙を駆け、己へと向かってきていた氷の棘を全て叩き落した。

そしてその脇で、鋼鉄と化した両腕を振り翳しながら突撃した双雅が、己に命中しそうな氷を左手で砕きながら右の拳を握る。

ただのケンカならば、そこまでする理由は無い。

あくまでも人間同士、己の肉体のみを使って相手を征しようという暗黙のルールの上での戦いだ。

けれど、男はそれを破ってしまった。故に―――



「出直して来なッ!」



 鋼の鉄槌と化したその拳は、男の顔面へと向けて容赦なく打ち放たれた。

容赦なく顎や歯を砕いた一撃は男の意識など容赦なく消し飛ばし、地面へと落ちた相手へと向けて双雅は侮蔑の視線を向ける。



「ったく、ガキが玩具振り回してんじゃねぇぞ」



 ぱきん、と砕け散るような音を立てながら、双雅の腕を覆っていた金属が消滅する。

それを眺めつつ、涼二もまたその手にあった水の剣を手放した。

地面に倒れる男は白目を向き、殴られた部分が裂けたのか、緩やかに血を流している。

その凄惨な状況に怖気づき、男達は息を詰まらせながらその足を後退させて行った。

そして―――



「ぅ……ぅああああああああああああ!」

「お、おいッ!?」



 一人が逃げ出し、その直後、堰を切ったかのように残っていた男達が敗走を始めた。

追うような真似はせずにそれを眺め、涼二と双雅は互いに視線を合わせて苦笑する。



「サンキュ、助かったぜ涼二」

「別に、俺がいなくてもお前なら何とかしそうだったがな……」

「まぁな。ほれ、報酬だ」



 倒れている男から抜き取った財布をヒラヒラと揺らす双雅に、涼二は一瞬口元に手を当て……苦笑を漏らす。

よくよく考えてみれば、わざわざそんな事をせずとも、金に困るような生活はしていなかったのだ。



「いや、いい。感謝してるんだったら、ソイツで飯でも奢ってくれ。今は急いでるんでな」

「お、そうか? そいつは悪かったな……ま、それならまた今度って事で」

「ああ。じゃ、俺は行く……またな、双雅」

「おう、頑張って来いよ」



 互いにサムズアップを交わし、涼二は目的の道へと走り抜けてゆく。

その背中を見送り―――双雅は、小さく息を吐き出した。

涼二とは反対の方向へと歩き出しつつ、暗闇に包まれた別の路地へと向かって声を掛ける。



「おい、終わったぜオッサン」

「ああ……感謝するよ」



 表通りの電灯の光は届かず、建物の影で漆黒の暗闇となったその場所。

そこから現れたのは、筋骨隆々とした角刈りの男―――嵐山果須だった。

ズボンのポケットから取り出した煙草に火をつけながら、双雅は横目で彼の事を観察する。



(随分と、思いつめた様子だねぇ)



 肺を満たす紫煙を吐き出し、双雅はそう胸中で評する。

その体格ゆえに、大柄な双雅から見ても一回り以上巨大に見えるその男からは、それでもどこか萎んだように憔悴した印象を受けた。

そんな考えはしかし口には出さず、一度涼二が去っていった方向へと視線を向け、双雅はニヒルな表情で声を上げる。



「言葉での感謝なんかいらねぇよ。俺が欲しいのは、アンタの持ってるその情報さ。ま、これから手に入れる情報って言ってもいいかもしれんがなぁ」

「それは……構わないが。しかし、何故君があんなものの情報を気にするのだ?」

「別に、答えるほどのことじゃねぇさ」

「……そうか」



 言葉こそ軽いものの、その声の中に含まれた強い拒絶の意志を読み取り、嵐山はそれきり押し黙る。

そんな様子に苦笑しつつも、双雅は再び煙草を咥えてその煙で肺を満たしていた。

黒い闇を白く染め上げるように空中へと煙を吐き出し―――そして、双雅は声を上げる。



「さ、て……そんじゃ、教えて貰おうかぁ」



 その瞳に映るのは、先ほどのような荒々しい色ではなく、もっと冷たく鋭利な輝き。

まるで刃物のように、触れるものを全て傷つける刃のように。

かすかに漏れ出る憎悪を滲ませ、上狼塚双雅はその名前を口にする。



「―――『グレイプニル』の情報を、な」





















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