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Frosty Rain  作者: Allen
第一話:ニヴルヘイムの住人達
13/81

01-12:電光の侵入者












「派手にやってるみたいだな」

「うん。ボクらも頑張らないとね」



 涼二の言葉に、スリスは小さく頷く。

ビルの上から見えているのは、人狼へと変身したガルムが、その身体能力を遺憾なく発揮して大暴れしている光景である。

あまりにも速く、あまりにも強く、そしてあまりにも荒々しいその戦い方に、スリスは小さく肩を竦めた。



「しっかし、張り切ってるなぁ」

「確かに。随分とやる気だな、あいつも」

「まあ、それに関しちゃ僕たちも人の事は言えないけどね」



 互いに笑い合い、そして二人はビルの方へと視線を向ける。

真夜中のそこは、窓から漏れる光以外に照らし出されるものは無い。

尤も、バイザーを掛けた涼二と、暗視カメラからの映像を直接電気信号で見ているスリスには、暗闇など何の意味も無いものではあったが。



「……さて、スリス」

「うん、もういいと思うよ」



 正面入り口の状況を覗き込みながら、スリスはそう口にする。

そこには既に大量の屍と、それでもガルムの侵入を阻もうとする警備員達の激戦が展開されていた。

圧倒的な差にもかかわらず逃げない辺りは、しっかりと金を受け取ってやっているプロの仕事と言うイメージがある。


 また、内部で動いている警備員―――彼らもまた、入り口の方へと集中してきている為、内側の警備はかなり手薄な状態になっていた。

つまり、今ならば容易く侵入する事も可能と言う事だ。

とはいえ、この状況では、最早戦闘は避けられない。

無理矢理制御室まで突入してビル全体の制御を奪い取り、その後涼二が目的の場所まで行く必要があるのだ。

決して油断する事は出来ないし、失敗も許されない。


 ―――けれど。



「……涼二」

「ん、どうした?」



 スリスは、じっとビルを睨む涼二へと囁きかける。

その傍らに、まるで支えるかのように寄り添いながら。



「必ず、成功するよ。だから、自信を持って」

「……! ああ、必ずだ」



 スリスの言葉に、涼二は口元に小さく笑みを浮かべる。

その腕に抱き寄せられる事に僅かな満足を得て、スリスもまた笑みを浮かべていた。

そして、涼二の手の中に水の塊が発生する。

彼の視線は真っ直ぐと、向かうべき場所へと向けられていた。



「涼二、見えてるよね?」

「ああ、目標地点は分かってる。その先のシミュレートもばっちりだ」

「けど、ボクがここに参加している以上は、突発的な状況には対応しづらいから注意してよ?」

「分かってる。お前も頼むぞ? 俺が本気で戦うには、お前の協力が必要不可欠なんだからな」

「うん、勿論だよ」



 そういって、スリスは嬉しそうに笑う。

頼りにされている事が何よりも嬉しいと、そう言うかのように。

けれどそれを口に出す事は無く、彼女は強く涼二の体にしがみついた。

そしてしっかり掴まっている事を確認し、涼二はその手の水をビルの屋上へと向けて伸ばす。

屋上の手すりに巻きついた水がしっかりと体重を支えられる事を確認し―――二人は、視線を合わせて頷き合う。



「行くぞ」

「うん!」



 そして、二人は勢い良く空中へと身を投げた。

水のロープは二人の体重をしっかりと支え、加速しながら真っ直ぐにビルへと突っ込んで行く。

涼二のバイザーにはその突入すべき場所がしっかりと表示されており、二人の身体は一直線に目的地へと到達した。

例え強化ガラスだったとしても、涼二の力に貫けないはずが無い。

氷の弾丸によって無数の穴を空けられた窓ガラスは、その蹴りの一撃によって見事に破壊された。

ビルの中で着地に成功した二人は、すぐさまその廊下を走り出す。

流石に人目に付かないようにと言う訳には行かず、少なくなってはいるものの、警備員は確かに存在していた。

けれど―――



ハガラズアンサズ―――《妨害電波ジャミング》!」



 スリスがルーンを発動させる。

放たれるのは、警備員達の連絡危機を妨害する為の強力な電波だ。

涼二達の姿を見て仲間へと応援を呼ぼうとしていた警備員は、ノイズしか発しない通信機に目を見開く。

そんな様子を見つめながら笑みを浮かべ、スリスは声を上げた。



「涼二、ここはボクがやるよ。涼二はプラーナを温存してて」

「ああ、頼む。けど、無茶するなよ?」

「大丈夫、涼二ほど無茶はしないから」



 それに関してはお互い様だと彼女は笑い、涼二は小さく肩を竦める。

そんな様子にスリスは再び笑みを浮かべ―――その周囲に、雷光が迸った。

彼女の向かう先に存在するのは、武器を向けて威嚇している数人の警備員達。



「《インドラの矢サギタ・インドラ》!」



 彼女の周囲を待っていた雷は、その言葉と共に幾条もの閃光となって虚空を貫いた。

放たれた光は避ける暇も与えず彼らに突き刺さり、その身体に強力な電圧を叩き込んだ。

痺れて倒れる彼らの横を走り抜け、スリスは小さく笑う。



「運が良ければ死なないよ」

「やれやれ」



 電流を抑えているから死にはしないだろうが、その身体にかかった負荷は並々ならぬものだ。

決して、そのまま起き上がれるようなものではない。

下手をすれば障害を残しかねないものだが、スリスには全く罪の意識と言ったものは存在しなかった。

彼女は通常の教育を受ける事無く、ただただ実験体として生かされてきた存在だ。

解放され、一般的な知識を身につけた今となっても、その倫理観は常人と遥かに乖離したものとなっている。



「……」



 けれど、涼二にもそれを咎める意思は存在していなかった。

スリスは何を聞かされたとしても自分自身に付いて来る―――その確信があったから。

そして、スリスもまた、それに違わぬ強い意思を持っていた。



「よっ、ほっと……うん。涼二、ここからは別行動だよ」

「ああ、俺は上に向かう。お前は、セキュリティールームの制圧を頼んだぞ?」

「任せて。それじゃあ―――」

「―――幸運を」



 互いに拳を突き合わせ、二人は別々の方向へと走り出す。

スリスはセキュリティルームの方面へ、そして涼二はエレベーターの縦穴の中に潜み、雨音がいる場所が判明するまで身を隠すのだ。

掛けてゆく涼二の背中を感じ取りつつ、スリスはセキュリティルームの方へと駆けて行く。



「さーて、と」



 涼二と同じバイザーを装備するスリスには、このフロア内の正確な情報を読み取る事ができた。ともあれ、頭の中にその情報を正確に再現する事が出来るスリスには、このフロアのマップなど直接ゲーム内に入り込むタイプのゲームと変わらない。

無論、直接目で見ている訳ではなく、能力を使った視認に過ぎないのだが。

しかし、そこには正確な地図と立体映像、そして警備員達の動きを正確に把握していた。



「ほいっと」



 スリスのそんな軽い声と共に放たれた電撃は、壁に反射して軌道を変えると、その先から向かってきていた警備員の身体を打ち据える。

神話ファーブラ級能力者のスリスならば、もっと高い出力で能力を放つ事が出来る。

それこそ、天から落ちる雷をそのまま再現する事だって可能なのだ。

けれど、彼女はそれをしない。アンサズを持つ彼女は、人を倒す最低限の威力を心得ているのだ。

あまり手加減をする事は無いが。


 敵を殲滅した事を確認したスリスは、マップ内で付近を動く相手がいない事を確認すると、近くにあった防火扉の制御盤へと手を触れた。



ハガラズアンサズパース―――《電光の侵入者フルミーナ・クラッカー》」



 そしてスリスは、アンサズの力によって作り出した分割思考マルチタスクを、制御盤を通して社内のネットワークへと侵入させる。



(とりあえず、防火扉が下りてきてもらっては困るから、その部分をシャットアウトする事として……)



 さらに、セキュリティルームの扉にかかった電子錠を解除する。

その部分の制御は内部からの操作権限を切り離し、さらにある程度のセキュリティシステムを解除。

本来ならば気付かれないように慎重に行う操作だが、今回は気付かれてでも無理矢理止めればそれでいい。

無論の事、泡を食ったオペレーターたちはスリスの操作を妨害しようとしてくるが―――



(ボクの侵入を止めたきゃ、スーパーコンピュータでも持ってくるんだね)



 胸中で呟き、スリスは小さく笑う。

この階層のあらゆるセキュリティを支配し、ようやくその手を離したスリスは、目の前にある扉を前に少々考え込んでいた。



(どうしようかな……待ち受けてるんだよね、確実に)



 スリスはカメラを支配して、内部の状況を既に把握している。

罵声を上げながらキーボードを叩いていた彼らは、今でも制御を取り戻そうと躍起になっている所だろう。

けれど頭が回る人物なら、スリスが次にセキュリティルームそのものを制圧しようとする事が分かる筈だ。

そしてスリスの能力は、室内ではかなり使いづらい威力を持っている。

持っているルーンの中で戦闘に用いる事の出来るものはハガラズのみ。

そしてその力は、全てのルーンの中で最も高い破壊力を持つとされている。

下手に使えば、セキュリティルームの機械を破損させてしまうのだ。



「……しょうがない。ちょっと疲れるけど、アレで行くか」



 嘆息し、スリスは再び能力を発動しつつ、微弱な電気を周囲へと向けて流してゆく。

そしてそれと共に、スリスはセキュリティルームの扉を開いた。

同時―――多くの銃口が、スリスへと向けられる。

それを受けて、スリスは両手を挙げながら口元に笑みを浮かべていた。

銃口を向ける男の内、一人が声を上げて威嚇する。



「何者だ、何の為にこんな事をする!?」

「そりゃ勿論、囚われのお姫様を助ける為だよ」



 当然だ、という風にスリスは肩を竦め、断言する。

無数の銃口を向けられたこの状況―――下手をすれば一瞬で命を失うというのに、彼女の言葉には何処までも余裕が満ち溢れていた。

そんな様子のまま、スリスは続ける。



「君達だって分かってるんだろう? この会社が、非人道的な実験を行ってるって事ぐらい」

「っ……」



 その言葉に、数人がぴくりと肩を震わせる。

やはり、この会社が雨音に対して行ってきた実験を知っている者がいる。

そして、知りながらそれを見て見ぬ振りをして来たと言う事も。

嘲笑うように、スリスは笑みを浮かべた。



「酷いよねぇ。何も知らない子供を連れてきて、小さい頃からずっと実験台に利用してきたんだろう?

可哀想だよね、雨音ちゃん。何も教えられず、ずっと軟禁されて利用され続けてきた……何とも思わないのかな?」

「ッ、五月蝿い!」

「ああ、自分は知っているだけで無関係だからって事? まさかそんな訳ないだろう? 誰も助けてあげなかったのなら、同罪に決まってるじゃないか」



  スリスは嗤う。何も知らない人間を食い物にして、利用してきた愚か者達を。

光を奪ったあの研究者と同じ、この外道達を―――降霧スリスという少女は、決して許しはしない。



「彼女が助けを求めていなかったとでも思ってるの? ただの道具とでも思ってたわけ?

それとも、給料貰ってやってるんだから、文句は言えないって? そんなの言い訳に過ぎないって―――」



 ―――刹那、大きく響く乾いた音と共に、スリスの身体が揺れた。

赤い飛沫が、宙を舞う。



「黙れ、化物! これはなぁ、お前達なんかに邪魔されていい実験じゃないんだよ!」

「お、おい!」



 引き金を引いたのは、部屋の端に立っていた一人の男。

彼は傾ぐスリスの身体へ向け、さらに二度、三度と繰り返して弾丸を放った。

狂ったような笑みを浮かべる男は、次々とまくし立てながら倒れた彼女へと銃を向ける。



「この実験が成功すれば、様々な場所から仕事が舞い込む! 分かるか、こんなモノ見逃せるはずがないんだよ!

どうせ何もしなきゃ勝手に死んでたか、ユグドラシルに吸収されてたガキなんだ、だから俺達が有効活用―――」

「ああ。つまり、ボクを怒らせたいって訳だ」



 ―――そして次の瞬間、男の両足は背後から放たれた風の刃によって切断されていた。



「ぎっ、あああああああああああああああああああッ!?」



 絶叫と同時、男の思考を混乱が支配する。

確かに、スリスは入り口の場所で倒れていた筈だと言うのに―――



「残るは君だけなんだけど……遺言はあるかなぁ?」

「な、何で……!?」



 彼女は、背後からゆっくりと歩いて来る所だったのだ。

いつの間にか入り口付近で血の海に倒れていた身体は消え、そして周囲のオペレーターたちは全て絶命し、スリスは無傷のまま逃げる事もできない男へと近寄ってゆく。

その口元に浮かぶのは、凄惨な笑み。



「人を動かしてるのって、結局は電気の信号なんだよね。あらゆる情報も、脳が神経使って処理している以上、何らかの電気信号に変換されて体の中を駆け巡ってる訳だ」

「なっ!?」



 ―――男は、利益に意識を取られがちな人物ではあったが、それでも深い知識を持つ人間だった。

故に、スリスの言おうとしている事が理解できてしまったのだ。それが、常識的に考えてありえない力であるという事も。

そんな事が出来るこの少女は、一体何者なのか―――そんな言葉が、恐怖と共に男の思考を支配する。



「だから、さ。その電気信号を弄ってあげれば、幻を見せる事だって可能だと思わない?」

「ば、かな……そんな事、出来る訳―――」

「それが出来るんだよ。君達みたいな下衆の所為で、さ」



 スリスは嗤う。その笑みの中に、特大の憎悪を込めて。

両目から光を奪ったユグドラシルと同じ、この外道共へと―――ただただ、純粋な殺意を向ける。



「どうして……そんな簡単に、人の幸せが奪えるのかなぁ。幸せじゃなくても、せめて不幸じゃない状態ぐらいには放っておいて欲しいのにさ」

「ひ、ぃ……」

「結局、自分が良ければそれでいいんだよねぇ……だから」



 声が、低く絞られる。

その全身が纏う雷光と風―――怒りの中でも、その嵐のルーンを完全に制御しながら、スリスは嗤う。



「ボクも、自己満足させて貰うよ」

「ぎっ、がああああああああああああああああ!?」



 そして―――男は、雷光の中で神経に極限の痛みを流されたまま、風の渦の中で寸断され尽くして行った。





















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