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Frosty Rain  作者: Allen
第一話:ニヴルヘイムの住人達
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01-10:失敗と挽回












 ―――声が、響く。

狂乱と悲鳴。そして、苦痛に喚く声。

涼二は、誰よりもこの音が何であるかを知っていた。

そして、誰よりもどのような光景が広がっているかを知らなかった。

それでもその光景が見えているのは、ただの想像の産物でしかないと言う事なのだろう。



「痛い、痛いよ……暗いよ、何も見えない……お姉ちゃん、助けて……!」

「すぐに病院に連れて行くから! ちょっとだけ、ちょっとだけ我慢して……!」



 俯瞰する視界から見えるのは、二人の子供の姿。

一人は両目から血を流し、泣き叫ぶ小さな少年。そしてもう一人は、その少年を背負って必死に走っている少女だった。

周囲に広がるのは巨大な火災―――空から降る炎の雨によって、二人の住んでいた場所は火の海と化していた。

それでも、少女は走る。自分を庇って死んだ両親の遺志を、無駄にしないために。



「待ってて、もうすぐ……」



 目が潰れ、見えていなかった光景。

だからこれは、実際にあったものとは異なっているだろう。

けれど、それでも分かる―――助かる筈が無い。病院も焼け落ち、両目を潰された少年を救う場所など存在しない。



(夢……)



 涼二は、小さくそう呟いた。

宙に浮かぶ己の意識、俯瞰する視点で見下ろす、かつて訪れた破滅の日。

15年前の、大災害。

その日、少年と少女は死ぬ筈だったのだ。


 しかし、それは炎によるものではなく―――



「ふむ……こんな所にいた訳か」

「ぇ、あ……た、助けてください! 弟が、弟が怪我をして!」



 二人の前に、一人の男が現れる。

灰色の髪をオールバックにし、それと同じ色の長いコートを纏った大柄な男。

彼は、小さな少女の嘆願を無視し、静かにその手を掲げた。



「―――ジュラ



 その小さな声と共に現れたのは、長大な槍。

無数のルーン文字が刻まれたそれは空を斬り、真っ直ぐと少女に向けて突きつけられた。



「赦せとは言わぬ。存分に恨めば良い。だが、その命とそのルーンはここに置いて行け、《死の女王ニヴルヘル》」

「ッ……!」



 槍が突き出される、その刹那。

少女の二つの瞳―――その奥に、青白い輝きが灯った。



ハガラズThスリサズ!」



 その叫びと共に、彼女の周囲を取り囲むように巨大な竜巻が現れた。

そしてそれと同時、男の足元から伸びた氷の茨がその全身に巻き付き、彼の体を拘束する。

少女は風に乗って上空へと駆け上り、そのまま逃げる為に勢い良く飛んで行く。


 ―――その、刹那。



「―――ぇ」



 ―――投げ放たれた槍が、少女の体に突き刺さっていた。

彼女は目を見開き、喉奥から血を溢れさせ、それでも何とか風を操りながら地面へと墜落してゆく。



(ッッ……!)



 その光景を、燃え滾る憎悪を隠そうともせず、けれど声も出せぬほどに怒り狂いながら、涼二はただただ目に焼き付けるかのように見つめ続けていた―――











 * * * * *











「ッ、ぅ……」

「涼二! 気がついた!?」



 寝起きに響いた声に頭を抱えようとし―――涼二は、体の動きが酷く鈍い事に気がついた。

震える手を見つめ、己が一体どうなってしまったたのかを思い出し、そしてようやく覗き込んできていたスリスへと視線を向ける。

彼女の顔は、普段の飄々とした様子は何処へやら、泣きそうなほどに歪んでいた。

そんな表情をぼんやりとした頭のまま見詰めつつも、涼二は隣に立つガルムへと声を上げる。



「……あの後、どうなった?」

「研究資料、雨音君、どちらも静崎製薬によって回収された。それより大丈夫か、涼二?」

「ああ……何とかな」



 プラーナを大量に削り取られた涼二の身体はかなりの疲労を訴えているが、それでも動ける程度には回復している。

手を握り、開き―――そして、涼二はゆっくりとその身体を起き上がらせた。

いつもの拠点である高級マンションの一室、寝室として使っている部屋の大きなベッド。

深く息を吐いた涼二は、その視線を二人の方へと向けた。



「俺はどれぐらい寝ていた?」

「……大体、四時間ぐらい。依頼主の方にも連絡は入れてあるけど……」

「……分かった」



 頷き、涼二は目を閉じる。

己の中にあるプラーナの総量を確かめ、そして静かに嘆息を漏らした。

普段は溢れんばかりに感じ取れるその力も、今ではかなり減少してしまっている。



「30%って所か……始祖ルーン持ちと戦うには結構キツイ状況だな」

「……涼二。この状況でも、戦うつもりか?」



 部屋の片隅に立ち、鋭い視線で声を発するガルムに、涼二は小さく肩を竦めた。

確かに、状況は芳しいとは言えない―――いや、むしろかなり悪い状況だろう。

しかし、例えそうだとしても、涼二の心の内は既に決まっていた。



「あの時言った通りだよ、ガルム」

「……」

「俺は後悔したくない。ここで退けば、俺は確実に後悔するだろう」



 確かに、無視すると言う選択肢が無い訳ではない。

けれど、そうしてしまえば、雨音を救い出す事は出来なくなってしまうだろう。

そんな後悔はしたくないと、涼二は視線に強い覚悟を込める。



「姉さんに似てるからとか、そんな理由じゃない。あいつを見捨てる選択肢は、俺が俺を許せないんだ」

「……ふ。やはり、お前はそう言うか」



 ガルムは、小さく笑う。初めから分かっていたと、そう言うように。

その瞳には、涼二と同じような戦う覚悟が秘められていた。

そんな色に対して涼二は小さく笑う。どうやら、彼もまた最初から選択してしまっていたようだ。

そして、隣に並ぶスリスも小さく頷く。



「そもそも、ボク達の情報を持ってる雨音ちゃんを敵に渡す訳には行かない。喋りはしないと思うけど、それでも……ちゃんと連れ戻さないとね」

「ああ、そうだな」



 笑みを浮かべ、涼二は立ち上がる。

若干ふらつく足を叱咤し、真っ直ぐと。

その身体に蓄積した疲労はかなりのものだが、それでも彼が折れる事は無い。

大きく背筋を伸ばし、涼二は二人へと向けて声を上げる。



「スリス、依頼主の方に連絡を入れてくれ。それと、静崎製薬の現在の状態に関して調査を」

「了解だよ、涼二」

「ガルム、霊石の貯蔵はどれぐらいあった?」

「それほどの量は無かったと思うが……まあ、お前が一度全力で戦闘できる程度には回復させられるだろう」



 プラーナの結晶体である霊石は、砕き割って吸収する事で、少量ながらプラーナを回復する事が出来る。

しかしかなりの高級品であり、小さな欠片でも数十万と言う高値がつくような品物だ。

それを複数持って、しかも湯水のように使うような真似をするような者は存在しない―――普通ならば。

涼二達がそれを所持しているのは、今まで戦ってきた相手から奪ったものがいくつか存在している為だ。

ちなみに、普通に買おうとすると足がついてしまうので、正規ルートでの購入は行っていない。

尤も、大きな欠片を用いたとしても、涼二のプラーナ総量から考えるとごく一部しか回復できないのだが。



(それでも、無いよりはマシだ)



 胸中で呟き、小さく笑みを浮かべる。

あの時の雨音は、キーワードによるマインドコントロールを受けていた。

つまり彼女を助け出すには、必然的に彼女と戦わざるを得なくなるという事だ。

しかし、彼女は始祖ルーンを持つ能力者、普通に戦うだけでは再びプラーナ吸収の餌食となる事だろう。



(……俺達でも、始祖ルーンに対抗するための方法はたった一つだけしかない。その為には、一瞬でいいから全力を出せる状況でなければ)



 涼二は、胸中で小さく呟く。

三人の中で、始祖ルーンの力に対抗するだけの力を持っているのは涼二のみ。

故に、雨音と戦うのは彼となるだろう。



「……作戦が必要になるな。ガルム、頼めるか? 俺はプラーナの補給に行ってくる」

「ああ、了解した。では……三十分後に、スリスの部屋でという事にしておこう」

「うん、分かった。ボクも、色々と調べとくよ」

「頼む。それじゃあ、一旦解散だ」



 三人は頷き、それぞれの目的となる部屋へと向かって行く。

二人の背中を見送り、涼二は倉庫代わりに使っている部屋へと向かって行った。











 * * * * *











(……結局、プラーナは半分程度が限界か)



 とりあえず動き回るのには困らない程度の力を回復し、涼二は廊下を歩く。

その身に宿すプラーナの総量は、普段のおよそ半分と言った所。

周囲を一瞬で凍てつかせるような大規模な使い方は自粛せねばならない量だ。

己の身に刻まれたルーンたちを意識し、涼二は静かに目を瞑る。



「……よし」



 ―――確信を得て、小さく頷く。

全ての力を問題無く発動出来る事に安堵し、涼二はスリスの部屋の扉を開けた。

若干薄暗く、その中にぼんやりと浮かび上がる数多くのディスプレイ。

めまぐるしく変化するウィンドウの中には、主に静崎製薬社内の見取り図のようなものが多く見受けられた。

そんな画面たちの前で話し合っていたスリスとガルムの二人は、涼二の気配に気づいて振り返る。



「涼二、もう大丈夫なの?」

「ああ……と言っても、とりあえずだけどな」



 戦闘行動に支障はないが、それでも全力を出せるかと聞かれれば微妙な所だ。

それでも、勝算はある。ならば、それを最大限に生かす方法を取ればよいだけ―――涼二は、頷きながらガルムへと視線を向けた。

それを受け、彼もまた小さく頷く。



「さて……今回の事に関して、依頼人の見解だが―――」

『―――こちらは、これ以上のリスクを冒す事は危険、と判断しました』



 ディスプレイの一つに映った画面、そこに映る一人の少女が声を上げる。

どうやら、既に話を交わしていたらしい。鉄森シアに対して首を傾げ、涼二は声を上げる。



「いやに諦めがいいんだな」

『いいえ、諦めてはおりませんわ。ですが……』

「生憎と、鉄森グループの手勢に、始祖ルーン保持者に対抗しうる能力者は存在しないそうだ」

「ああ……まあ、そりゃそうだな」



 横から響いたガルムの言葉に、涼二は小さく肩を竦めた。

ある意味、当然と言えば当然だ。神話ファーブラ級すら珍しいのに、その上を行く始祖ルーン保持者への対抗手段などそうそうありはしない。

そして、彼女の手に届く範囲にいる可能性は―――



『故に、彼らとの直接戦闘はあなた方にお任せいたしますわ』

「まあ、初めから増援は期待してなかったし、それに関しちゃ問題ない」



 嘆息交じりに額へと手を当て、そして涼二は今更ながら素顔を晒してしまった事に気が付いたが、相手も顔を出しているのだからあまり差は無い。

涼二は、既にこの相手の事を警戒に値する人物と認めていた。

簡単に手放してくれるとも思えず、そして雨音の事もある為、協力はしなければならない。

―――最終的には、スリスの調査次第となってしまうだろう。



『わたくし達が協力できるのは、あなた方の撤退……そして、奪取したデータによる、静崎雨音の調整です』

「……つまり、今後も協力体勢を結びたいと?」



 内心、涼二は舌打ちする。

協力とは名ばかり―――これは人質を取られているのとも同じ状況なのだ。

雨音は、その体質を完全に元に戻さない限り、調整無しでは生きてゆく事が出来ない。

雨音の命を盾に協力させられる関係―――そういったものも有り得るのだ。

警戒の度合いを高め、涼二は視線を細める。が、そんな表情に対し、シアは少しだけ口元を綻ばせた。



『協力というより、共闘でしょうか。わたくしは、あなた方と対等な関係で臨みたいと思っておりますわ』

「……何?」



 涼二は、思わず眉根を寄せる。

ガルムも意外だったのか、同じように訝しげな表情を浮かべていた。

確実に優位を取れるこの状況で、彼女は何故その立ち位置を放棄したのか、と。



「どういうつもりだ?」

『人の感性を持っている者相手には、人として対応した方が良いと―――そう考えただけですわ』



 その言葉に涼二は顔を顰め、対してガルムは感心したように目を見開いた。

シアは、涼二達が雨音に対して情を抱いていた事に気付き、同じように対等な関係を築こうとしているのだ。

利用し、利用される関係では、信頼と言うものが発生する事は無い。

だが、対等な関係としてならば、『感謝』というおまけが付いてくる事があるのだ。

それを見抜いているから、彼女は対等な関係を望んだ―――優位な立場を捨ててまで。



「……厄介な手合いだな、アンタは」

『褒め言葉として受け取っておきますわ』

「ったく……了解した。静崎雨音の奪還はこちらに任せて貰おう。正直、増援があったとしても邪魔なだけだ」

災害ディザスター級ぐらいなら欲しい所だけど、それ未満だと流石に邪魔になるからねぇ」



 涼二の言葉に、肩を竦めながらスリスが同意する。

戦闘向けではないスリスだとしても、災害ディザスター級能力者程度ならば赤子の手を捻るようなものだ。

下手な増員は息を合わせる事も難しい為、返って邪魔にしかならないだろう。



「さて、では作戦だが……まあ、相手もこちらが来る事を予測している以上は、潜入してもそれほど意味は無いだろう」

「ふむ……」



 ガルムの言葉に、涼二は小さく呟きつつ口元へと手を当てる。

警戒されているのだから、雨音だけを連れ去ると言う訳にも行かないと言うのは確かだ。

連れ去る前に、再びあの能力を発動されてしまうだろう。



「故に、今回は正攻法だ。正面で盛大に暴れ、注目を集めている間に、まずはセキュリティの中枢を押さえる」

「ここだね。25階……ここをボクが担当するって事だね?」

「その通り。そこで建物全体のシステムを掌握する―――そうすれば、涼二が目的の場所まで辿り着けるだろう」

「……そこで、雨音を確保か」



 普段ならば、スリスが出る必要は無いだろう。

しかし、内部からでなければ手に入らないデータ、そして―――誰にも見せる訳にはいかない能力というものが存在している以上、彼女が出撃した方が確実だ。



「その正面で暴れるのはお前がやるって訳か?」

「ふふ……迷い込んできた金色の毛並みを持つ刻印獣ルーンクリーチャーが、運悪く建物の前で暴れるだけだ」



 刻印獣ルーンクリーチャーというのは、ルーン能力を持って凶暴化した動物の事だ。

時折人知を超えた力を発するものも存在し、非常に恐れられている存在でもある。

倒して報奨金が出るほどなのだから、その危険性が窺えるであろう。

そんなモノが暴れれば、当然ながら騒ぎになり、戦える者は前へと出て来る事だろう。



「その混乱の間に俺達が侵入する、か……単純だが、分かりやすいな」

「だが、その分雨音君の警護は厳しくなるだろう。お前にかかっているぞ、涼二」

「……分かってる、何とかするさ」



 ガルムの胸板を拳で叩き、涼二は笑う。

そこにあるのは、決して悲壮な覚悟ではなかった。



「やるぞ。必ず勝つ」

「勿論!」

「ふふ……」



 そして―――ニヴルヘイムは、本格的に動き出したのだった。





















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