ぼくのゆめ
幼いころ、いとこのお姉ちゃんが自分の目の前で殺された。
歳の離れたいとこだった。
かくれんぼの最中、押し入れから覗いた光景。
お姉ちゃんが何者かに滅多刺しにされる。
白いワンピースが紅く染まる。
そして、ぼくはシリアルキラーになった。
おいたち。
思春期になると、友だちはえっちなことに興味を持つようになった。
それがぼくにはよくわからなかった。
勃起するというのがよくわからない。
女の人に興奮するというのがわからない。
友だちにからかわれ、ゲイだとか、ニューハーフだとか、罵られ、ぼくは必死になって違うと否定した。
ぼくはおとなしめの性格で、髪の毛もちょっと伸していた。女の子に間違われることもよくあった。
だから、本当にそうなのかもしれないと確かめることにした。
お小遣いを貯めて、ネット通販で女物の服を買った。
黒く長い髪のウィッグもかぶり、その女装姿を鏡で見て、はじめて勃起した。
でも、イクことはできなかった。
悶々とする気持ちばかりが募っていく。
ぼくはそれから親に隠れて何度も女装した。
でも、けっきょく一度もイクことはできなかった。
エスカレートしていき、ある日、女装したまま外出した。
そこで思わぬできごとが起きた。
ぼくの目の前で女の人がトラックにひかれて死んだ。
ぐちゃぐちゃになって、辺り一面血だらけで。
ぼくはそれを見てすごく興奮した。
そして、人生ではじめてイッたんだ。
それからというもの、ぼくは取り憑かれた。
ネットで悲惨な屍体の画像や動画ばかりを探すようになった。
そして、女装をしながらそれを見て、オナニーをした。
するとイクことができた。
そういうことをしているうちに、頭の中で女の人を殺す妄想するようになった。
はじめは架空の女性だったのが、だんだんとネットで見つけた見知らぬ女性であったりになって、やがては街ですれ違う女性を脳内で殺すようになった。
ぼくはナイフで女性を殺す。
妄想しているうちに、ナイフで肉を刺した感触や、血の温かさなんかをリアルに知りたくなってきた。
ぼくは四六時中、妄想の中で女性を殺すようになった。
これは止められることではなかった。
もう自分でもわかっていた。
いつか本当に自分がひとを殺すと。
そして、ぼくはシリアルキラーになった。
今日もぼくは女性を殺す。
なんの面識もない女性だ。
黒く長い髪が素敵な女性。
ぼくは女装をして背後から忍び寄る。
相手は悲鳴を上げさせる間もなく滅多刺しにする。
研ぎ澄まされたナイフが柔らかい肉に這入っていく感触。
血の匂い。
今はだいぶこなれたものだけれど、はじめて女性を殺すときは苦労した。
はじめからナイフで殺そうと決めていた。でもなかなかうまくいかなくて、取り押さえて、馬乗りになって、相手の顔面を掴んで後頭部を何度も地面に打ちつけて、やっと滅多刺しにすることができた。
滅多刺しに憧れていて、実践してみたんだけど、はじめはどうもうまくいなかった。人間の躰は意外に硬かった。
とくに胸。
骨ばっかりで刃は通らないし、腕も痛くなる。
だから二度目からは腹などの柔らかい場所を刺すことにした。
ぼくは女性を滅多刺しにしながら、射精した。
そして、いつも通り逃げる。
途中、適当なところで男の服にも着替える。
今日も同じように事を済ませて逃げるはずだった。
なのにその日は思わぬ出来事が起きたんだ。
殺害現場を見られた。
それだけじゃない。
事もあろうに、殺人を目撃したその女の子は、ぼくの名前を呼んだのだ。
ぼくはパニックに陥った。
そして、とにかく逃げたんだ。
すごく怖かった。
絶対に捕まると思った。
その日は一睡も出来なかった。
ぼくの名前を呼んだあの子はいったいだれだったんだ?
あまり驚いて、あの子がだれだったのわからない。
次の日、ぼくはいつもどおりの日常を過ごすことにした。
学園に行くと、友だちに心配された。
「顔色が悪い」って。
ぼくは笑って受け答えをして、自分の席に座ろうとした。
そして、教室の隅っこの席にいる女の子と目があった。
その子はぼくを見ていた。
ぼくもその子を見た。
きのうと同じ顔をしていた。
クラスメートだった。
頭の片隅にある。話したこともなかれば、関わったこともない、同じクラスってだけで、すっかり忘れていた影の薄い女の子。
それからのことはよく覚えていない。
ぼくはその女の子と屋上にした。
呼び出されて、二人っきりで会ったんだ。
なにを話すつもりなんだろう?
ぼくになんの話がある?
警察に突き出す気なら、もっと前にやっているはずだ。
それとも怯えてそんなこともできない?
いや、怯えているなら、ぼくと二人っきりで会おうなんてするものか。
目の前にいる子はまったく怯えていなかった。
そして、思わぬことを言ったんだ。
「わたしを殺して」
ぼくは意味がわからないと彼女に言い、彼女は昨晩見たことを生々しく話した。
それでもぼくは違う、人違いだ、ぼくはひとなんか殺してないと言った。
すると、彼女はナイフを取り出したんだ。
長袖を捲って腕をぼくに見せた。傷だらけの手首だった。
「何度も死のうとしたけど無理だった」
だからぼくに殺せって?
馬鹿馬鹿しい、そんなことできるわけがない。
だってぼくは君のことが、好きでもなんでもないんだ。
ぼくは好きでひとを殺してる。
無差別に殺してるわけじゃない。
「好きじゃない相手を殺せるわけないじゃないか!」
そうぼくは叫ぶと、彼女はひどく取り乱した。
殺してくれと懇願しながら、ぼくに迫ってくる。
そうして、もみ合っているうちに、コンクリの地面に紅い雫が落ちた。
暑かった。
今日も猛暑日だった。
ぼくは刺されたんだ。
熱いぼくの命が流れていく。
ぼくはゆっくりと倒れた。
そして、後悔する。
ひとを殺してしまった。
彼女はぼくに背を向けて、屋上のフェンスをよじ登り、飛び降りたんだ。
望んでもない死だ。
そして、過去の思い出を蘇る。
いとこのお姉ちゃんを殺したのは……女だったんだ。
恋愛のもつれだったらしい。
そして、ぼくは大きな思い違いをしていたことに気づく。
ぼくはひとを殺したかったんじゃない。
殺されたかったんだ。
あの日見た、いとこのお姉ちゃんのように、血みどろになって殺されたい。
それを理解したとき、ぼくはイッた。
最高に気持ちよかった。
ただ、ひとつ心残りなのは……女装して殺されたかった。