女店主その1
さてはて...
馬車の窓から見える景色はだんだんと深みを増しいつの間にやら夜になっていた
(いつになったら着くのかしら)
そんなことを思っていると
馬車がスピードを落とし始めた
暫くして馬車は止まり運転手が扉を開けてくれる
さっきの失敗を繰り返さない様先に降りる
そして周囲に異様な気配がないかを確認してロードさんに降りるよう目で合図をする
「ここにくるのも久しいな」
私達の前に佇む一見の宿
馬車の運転手は馬を休ませると言ってどこかへ行ってしまった
あの馬車の運転手も一応ロードさんの部下
一見おっとりした風貌だけれどやっぱり宰相のお抱えとあって頭がよく機転がいい
...と、今日一日を見ていて思った
「いらっしゃい」
不意に女性の声が聞こえた
その声にロードさんが反応する
「こんな時間にすいませんアンネ夫人」
「いいんだよ別に構やしないよ。ほら早く入んな」
アンネ夫人と呼ばれた女性はここの店を切り盛りするひとなのだろうか?
月夜に照らされて見えたのは
それはそれは憧れるほど素敵なスタイルをした艶やかの文字が似合う人だった
(私もあんな風になりたい)
「何をしているのです。行きますよ」
私がずっとアンネ夫人に視線を送っていたのを知ってか知らずかロードさんは呆れたように私にそう言った
「は、はい!」
「おや...ランウェイ様ったらこんなかわいい御嬢さんをお連れしていたなんて!」
夫人は私を見てニコリと微笑む
いや、貴女がとてもかわいらしいです!!
「護衛ですよ、だたの」
フンと鼻で笑って先に宿に入っていく
なんなんだ、絶対に最後付け足したでしょこの人
ほんとーに可愛くない小僧だこと
なんて思いつつも後が怖いので何も言いませんよ
「ふふ、ランウェイ様もお変わりないねぇ...貴女もここにいつまでも突っ立ってないで中に入りなさいな。あの方と一緒なんて疲れたでしょうから早く休みなさい」
そう言って白い手で私を中に押しやった
なんて優しい人なんだ
そーだよ
ロードさんと一緒にいると本当に疲れるの!精神的に!!
この人はそこんところをよく理解しているわ
しみじみ思いながら中に入ると
思っていたよりも豪華な内装だった
「ここは帝国の貴族が遠征中に立ち寄る宿も兼ねているので設備ともに充実しているのですよ。明日には帝国を抜けて北へ行くための森を抜けます。明日は体力を有するでしょうから今夜は早く休みなさい」
ロードさんはそう言って案内人と共に部屋に行こうとする
すると後ろから夫人が少し怒ったように言った
「待ちなさいなランウェイ様。少しでも胃に何か入れてからお休みくださいまし...それでは栄養が体に行きわたりませんから余計疲労がたまるだけに御座います」
私のローブをそっとおろしてくれた
案外重いのよねあのローブ
それに気が利くじゃないの...
「お前はまるで母の様だな。こんな時間でしょう、夕食の準備は失礼かと思いましてね」
上っていた階段を再びおり始めたロードさん
確かに彼の言い分も周りを配慮して言っていることだと頷けるわね
「お客様が心配されることではないよ。こちらとしてみればこんな時間でも頼ってきてくれる貴方達が大切ですからね。夕食の支度はいつでもできていますよ」
「感謝しますよアンネ夫人」
(よくできた人たちばかりね...。私達が到着した瞬間から確かに微かに煮込んだスープのような匂いはしていた。貴族の為の貴族の宿ねー)
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「さぁ、お召し上がりになって」
目の前に出された食事は本当に豪華でした
私の好きなバラナの実も贅沢にケーキに使用されていたり野菜の色に紅茶の香りに使われている
他にも沢山
普通の人なら食さないような珍料理が数多く並んだ
「ここは帝国の端っこ。豊富な材料が各地から毎日届くんですよ...だからどれも新鮮ですよ」
そう笑顔で説明までしてくれた
確かにここなら東と西と北の食材も手に入れられそうね
私とロードさんはありがたくいただき、その後部屋へと案内された
私の部屋はロードさんの隣
本来ならロードさんの扉の前で護衛するべきなんでしょうけど、明日からの旅とこの宿の安全性を視野に入れ私も休むことになった
一応ロードさんの部屋の前には兵士が2人
数分おきにこの宿を見まわる兵士が13人
宿の外を巡回する兵士が45人ほどいるらしいから安心
「ごゆっくりお休みくださいませ」
「ありがとうございます」
ランプを持った案内人が私にそう言って元来た道を引き返していった
私に与えられた部屋は王宮の部屋までとはいかないけどとても豪華
全体が白を基調としていて
窓際にある花がいい香りを出していた
(あの花は...ラ・ヴェーネの早咲きね)
近寄ってその甘い香りを堪能する
ラ・ヴェーネは本来香油に使う原料にもなる
大きくその花を咲かせたときが摘み時と言われている
ただ、早咲きのまだ完全に咲いてない状態たと餌をおびき寄せるために甘い香りをあたりに広げる
一応は魔花の一種だけれど人体に影響はないから
よく取引されるらしいわ
「一昔前はこの花もそれは想像もつかないような値段で取引されていたわよね」
主に貴族が好んで買っていたから値段は一般人が手出しできるものではなかった
今はどうかわからないけど
きっと昔よりは生産技術も進んでいて誰でも手に入れられるんじゃないかしら...
(それにしても...この宿にも結界が張り巡らされているわねー凄いわ)
窓を見れば薄く膜が張ってある
徹底しているところを見ると、この宿にそれは凄いお偉いさんも泊まると云う事が分かる
つまりはロードさんみたいな人ね
んー...でも息苦しいねー
結界に守られているのはいいけどそそこら辺にいる精霊の声が全然聞こえない
音もシャットアウトされているのは
森育ちの私としてはなかなか静かすぎて眠れないわ...
「フゥ君フー君...おーい、フゥくーん」
「何度も呼ばなくてもここにいるってーの!」
暇だからフゥ君を呼んだら
すぐ後ろに立っていた
「そうカリカリすると禿るらしいわよ?それより少し散歩に付き合ってよ!」
「はげ!?...いや、散歩?構わないけど...どこに?」
私の禿る発言にショックを受けた様子だったけど
切りなおして私に手を差し出してきた
黙っていれば本当に美を兼ね備えた青年なのよねフゥ君って
私は笑いながら彼の手に自分の手を添える
「勿論あそこよ!」
「...はいはい」
次の瞬間
窓も開いていないのに風が吹き、私たちはその場から姿を消した
うん、ゆっくりゆっくりいきましょう