古狸その1
戻りましょうか
そうリリーに言われたとき既に日が傾いていた
一体何時間この講堂で物思いに耽っていたのか、そう思った
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「それでは、行ってらっしゃいませ」
次の日
私は一日の休暇を終え出勤した
リリーが見送る中陛下のいる執務室へと足を進める
途中何度か他の騎士に礼をされすれ違う人々は壁に沿い道をあけてくれた
(話してくれたのかな)
そんなことを思いつつ私は小さく微笑んで進む
執務室の前についた時には既に疲労感があった
この前と違うけどいろんな意味で疲れるわ
まだ出勤して2日目だというのになんだかこの先が不安だわ
ふぅ、と息を吐き出して軽く3回ノックした
すると陛下の声ではなくシドさんが返事をした
扉を押して中に入る
が、陛下の姿が見当たらない
優しく扉を閉めて中を伺う
視界の端にシドさんの姿を捉えた
「陛下はもうじきいらっしゃる」
私の考えが分かったのか呆れたように教えてくれた
そうか、この前は遅くなったけどこの時間なら大丈夫ってことなのね
一人納得して
私もシドさんと反対側の扉横で立つ
暫くしてチリチリと扉で音がした
見れば扉に描かれていた絵が動きだしていた
(外からだと見えないけれど中ではこうなっているのね)
...と、次の瞬間扉が開いた
そこから堂々と入ってきたのは今日も見目麗しい陛下
勝手に扉は閉まり
陛下もいつものように椅子へ座った
一昨日私を部屋まで運んでくれたのが陛下だなんてちょっと未だに信じられないわねー
なんて思いながら陛下を凝視
こんな綺麗な顔立ちで好きな人とかいないのかな?
そう言えばフゥ君昔好きな子ができたって言ってそれっきりだったなー
とかシドさんが私を見て睨んでいることなど気づかないまま私は陛下を見続けた
「俺の顔に何かついているのか」
不意に書類から目を逸らした陛下と目が合う
あり、私そんなに見つめてた?
「い..いえ」
「視線が鬱陶しい」
言葉に詰まれば陛下にバッサリ切られた
鬱陶しいだなんて酷過ぎるわ!
チラリとシドさんを見れば
馬鹿にしたように私を見ていた
恥ずかしくなり下を向く
なんだ、精神的に暴力を受けている気がする
まだ病み上がりなのに
一応東の王にだって罰は与えたんだよ?
私が直接したわけじゃないけどさー
そんなことを考えていると
急に肌を刺すような禍々しい魔力を感じ取った
(うわー、殺気ビンビン)
陛下とシドさんも気づいたのか
陛下は書類を置き扉を見据えている
シドさんも数歩扉から離れ睨むように見ていた
私も離れようかな
空気を呼んで私もその場から離れた
近づく殺気
ここに陛下がいるとわかっての行動なのかしらね
チリチリと陛下が入ってきたときと同様に扉が音を立てた
そして次第に扉が開きだす
「面倒な輩が来たものだな....シド、ミアこちらへ来い」
陛下が呆れたような表情で私とシドさんを近くへ呼んだ
その言葉通り私達は陛下の座る椅子の横にそれぞれ立った
「失礼、陛下はおいでかな?」
扉が開くと同時に聞こえたしゃがれた声は陛下に対してあまりに軽い物言いだった
(うっわー凄いの来たねこれ)
私腹を肥やしました
って感じの男が2人の僕を引き連れて入ってきた
扉が閉まり陛下と私たちの目の前には太った男とその僕2人と見合う形になった
「今は忙しいんだオルド卿。後にしてはくれぬか」
帰れと遠まわしに言っているのが馬鹿でもわかるほど適当
この言葉が気に食わなかったのか男は笑いながらも下で拳を固く作っていた
確かに陛下も言葉を選ぶべきだと思いまーす
...なんて言えないから静かに傍観、口は一切挟みませんよ
「陛下、来月の予算についてのことです」
陛下の返しにも我慢するかのように笑って流し自分の話を聞いてもらおうと再び男は話し始めた
しかし...
「くどい。その件は既に終わった...それ以外の答えなどない」
と、冷ややかに切り捨てた
顔が赤く染まるのが分かった
相当怒ってんのねアンタ
ギリっと歯を噛みしめて睨むように陛下を見る男
近くにいた僕も心なしか陛下を睨んでいた
この人たち、嫌だなー
さっきから微量に魔法が流され、それで私たちを麻痺させようとしている
(甘いね)
分かっていたのかシドさんはいつの間にか結界を張っていた
ま、シドさんもなかなか甘いけどー
この魔法は普通は結界で防げるけど、男が持っているものを見落としてはいけない
男が持っているのは私が売ったであろう天然の魔石
指輪のようになっているから気づかれないもののこの石のせいで魔力が増幅している
結界を3重にしないと危険だなんてシドさんは思ってないんだろうね
(これで陛下が死んだらどうなるんだろ)
ま、殺させはしないんだけどさ
なんて思いながら私はローブについたポケットに手を突っ込んだ
魔女に抜かりは無し!
なーんてね
気づかれない様に小さく笑って私はポケットに入っている物を優しく撫でた
(それにしても本当にいつも命狙われてるのね陛下)
そんなことを横目で陛下を見ながら思った