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陛下の専属様  作者: 月詠 桔梗鑾
最終章
150/151

記憶ー春ー

新年あけましておめでとうございます。ご挨拶も程ほどに、では…どうぞ。

『時の魔女、貴女を安全な場所へとお連れするよう陛下より言付かっております。さあ、私と一緒に…』


そう言って彼の騎士が、私に手を差し出す。敬うような言葉とは裏腹に、その手その姿勢から、来なければ有無を言わさず連れていくぞと言っていた。


たかが人間風情が、と力を籠めればどうだろう。一瞬にして魔力が体から抜けていく。忌々しいことにこの体、というより手首には枷が付いている。この枷が、魔力を奪う原因だ。


どうやって作ったのかは知らないが、よもや魔女の魔力を抑え込むなどそんなものを開発した人間がこの世界にいるという事実にぞっとする。


騎士の言葉を無視しその手を取ることなく歩き出す。騎士のもの言いたげな視線を横目で見ながら、なんと可笑しな状況なのだろうかと心の中で笑った。



歩き続けて数時間、目の前には光さえ通さぬ森。鬱蒼と生い茂る草木、獣の声一つなく静かなその森は代々王家が所有する私有地の一つ。


森の入り口、街と森との境で騎士は立ち止まる。そしてこう言った。


『ここから先、我々は入る許可を得てはおりません。どうぞ、貴女様のみこのままお進みください』


淡々と事務的に話す騎士に、この森のどこら辺が安全な場所なのかと問いたくなったが、聞いたところで帰ってはこないだろう。仕方がないと、彼に背を向け再び歩き出す。


足が一歩、その腐葉土となった地面を踏んだ瞬間。私を含め、森一帯に強力な結界が施されたことに気が付いた。


そういうことか、私が入って漸く完成するのか。成程確かにこれは安全な場所に違いない。この強力な結界は施した術者又は、その術者に認められたものしか入ることのできない結界のようだ。勿論、外側から自由に出入りができない分内側からなど出られるわけもない様子。



とことん私を世から隔離したいようだあのハゲは。腹立たしいことよ、本当に。結界が施されたのを確認したからか、騎士は静かに一礼してその場から離れた。


「―――ねぇ」


その背に、声をかける。私の視線は森に向いたまま、彼をみてはいない。でも、彼はきっと立ち止まるだろうと確信していた。…ほら、ガシャンがシャンと装備がぶつかる音がぴたりとやんだ。


「彼に、伝えてくれるかしら。魔術師団長殿」


『―――私を、ご存知でしたか』


彼の声がかすかに動揺で震えるのが分かった。知っている、みんな知っている。だって見守ってきたから。だからこそ、言いたい。


「知っているわ。そうそう、彼に伝えてほしいの。言うか言わないかはあなた次第だけれども…」


『お聞かせください。内容によっては陛下の心情を考慮しお伝えできない場合はございますが』


渋々、けれども私の意思に耳を傾けようという姿勢がみてとれた。私は彼に背を向けたまま、そして彼も私に背を向けたまま。いわば背中合わせの会話は、次の私の一言に彼を振り向かせるのは十分だった。


「―――今のあなたは、あの時のソレより…つまらない」


バチバチッ


私の背後で、その結界が異物を跳ね返す音がした。暗い森が、その魔力のぶつかりによって生じた光で一瞬明るくなる。何の変哲もない、ただの森だった。



「一介の騎士が…いや、今は団長殿だったか。まあ人間には変わりないな、そんな小さな存在がよもや我に手を出そうとは、命知らずだな」


『貴女は!その言葉の重さと意味をご存じか!!その言葉は、その言葉は無謀なる愚かな者が、人々を惑わせた言葉だ!その言葉で、兄は…兄は!』


「死んだ、か?」


そこで私が漸く振り返る。彼は、今にも私を殺さんばかりの表情だった。知っているさ、君のこと。あのハゲに振り回された人間の身内だろう?顔がよく似ているね、魔力の質も、なによりその優しさも、残酷なほど王家に忠実なことも。



「ある愚者の、その一言が。多くの人間の未来を変えた。ある時、年若い魔法を操る青年は、その愚者の無理な言い分に答えようと名乗り出た。若干27歳だったか、彼は優秀だった。


無理な言い分、それは何か。―――魔女の護り人の力を見たいというなんとも可笑しな言い分。だが彼は、結局その愚者の望みをかなえることができなかった。その後彼はどうなったのか、そこから先は君が耳が痛くなる程聞いただろう?」



『貴女たちが早く出てきてくださっていれば!!あんな惨い死に方をすることはなかった!努力して手に入れた兄の地位は一気にどん底、それどころか死んで、俺たちは反逆者の身内として白い目を向けられた!


どうして助けてくれなかった!魔女なのに、世界の理だろう!?恐怖に怯える俺たちを横目に優雅にお茶会でもしていたか!ちくしょう、兄は俺の憧れで、大事な家族でっ―――』



彼がそこまで言って、次の瞬間。頬をかする鋭い何か。無意識に頬を触れば手には赤い血がべっとりとついてた。


何が起きたのかわからなかった。敵襲か、いやここら一帯には厳重な警戒が施されている。では誰が己の頬を傷つけたのか。考えられる人物が一人いる。いやだが彼女は魔力を封じられている。万が一にでも己に傷を負わせることなどできはしない。そこまで思って、その考えが甚だおかしなことだと気づかされる。




「大事な、家族?」



冷酷なほど、その蒼銀の瞳がひかる。結界の中、魔力制御を受けているにもかかわらずその膨大なる魔力がその制御をも一瞬上回り、さらには強固な結界に僅かに亀裂をいれ、微々たるその力が己の頬に一線をいれたのだ。



ごくり、と喉が鳴る。50人いても倒せるかという強大な魔物を一人で前にしても余裕だった自分が、魔女とはいえ魔力制御と結界によって遮られている少女に気圧されている。



ゆっくりと開く口を、彼はじっと待つことしかできなかった。既にその場の空気支配はもはや彼ではなくなっていた。



「いつの世も、人の世界は人が作るものだ。魔女とは何だ、世界の理だ。秩序を守る存在だ。人間同士のいざこざにいちいち関わっていては均衡が崩れる。手と手を取り合ってもその中を引き裂いたりはしない、戦争をしてもそれらを保護するつもりもない。あくまで助言をするのが魔女だ。そして本当に間違った道を進んだものに、正しき道を教えるのが魔女だ。


その愚者、あの王は誰が選んだ?お前たち人間だろう。彼を信じ、王にしたのではないか?―――そんなのは知らない、自分が臣下になった時にただそいつが王だったとでも言いたげな表情だな。


ならばお前にまず、王をとやかくいう権利などない。お前が、お前たちが真剣に悩みあの王ではだめだと声を上げればよかったのだ。なのにあの王はアレがダメだこれがダメだと口にして、実質何も変えようとはしなかったではないか。


助けてくれなかった?―――やめておくれよ、これだから人間は強欲なんだ」



耳鳴りがするような、あまり静かな時間。軽蔑するような、蔑む様な少女の瞳は既に彼を敵とみなしていた。



「では今度は、君たち人間の知らない話をしよう。―――ある護り人のところに身なりのいい姿をした年若い青年が訪ねてきた。どうにも、さるお方にあってはくれないかという内容だった。だが護り人は、決められたとき以外は行けないのだと、伝えた。その青年は何度か護り人のところへ来た。


最終的に、彼は無理だと悟り、もうここへは来ることはなかった。今まで無理を言って押しかけてすまなかった、お詫びの品だと護り人の左の指に保護の呪いを施したといって指輪を贈った。


護り人は魔女に言った、あの青年は可哀想な青年だ、と。せめて彼の思いは無駄にしないようにと心優しい護り人はその指輪を大事にしていたよ。護り人は、魔女に少しでいいからその愚者にお灸を据えてくれないかと頼んできた。自分が行けばその愚者は望みがかなったと更に愚かな願いを考えるだろうから、と。魔女は、他の魔女にも声をかけて、その人間にお灸を据えてやった。その時護り人にはありがとうと言われたよ。


…そしてその数日後、その護り人は見るも無残な姿で魔女が見つけたが」



『それ、は…』


「護り人は死んだ。その青年が直接的ではないが、間接的に護り人を殺したのだ。彼が贈ったその指輪が、一人になった瞬間の護り人の居場所を教えた。そして大人数でかは知らないが、本当に惨い死に方をしたよ。どうしてか、その護り人の一部が探しても探しても見つからなかったけどね。


大切な家族?―――何も関係のないものを巻き込んだお前たち人間が、我等をとやかくいえる立場か?お灸を据えに行ったとき、彼を救うことができなくて申し訳ないと思った。護り人にそのことを伝えれば、悲しそうにしながらもさっきの言葉を言ったよ。ありがとう、と。



だがどうだ、今私はね、思うよ。――――あの時、助けていたら今頃私が、お前たちを殺していたと。」



私の怒りに、騎士の顔色が一気に悪くなるのが分かる。でも、この怒りをぶつけずにはいられなかった。だって、この枷からは、この結界からは…


(僅かに、アッシュの気配がするのよっ!)


アッシュの一部が、あの時なかったパーツがこの魔法の媒介なっていることに気づいたのはこの森に入ってすぐのこと。結界が完成した瞬間のことだ。



青白い顔をしたままの彼に、微笑んで背を向ける。終わったことを、口にしても意味はないことはわかっていた。



動く気配のない騎士に、背を向け最後の一言を口にする。


「護り人が死んだ日、そう。アッシュが死んだ日はね、一年に一度しか咲かない華を見に行く約束だったのよ。でも急な予定が入っていけなくなってしまったの。―――魔術師団長殿、もう会うことはないだろうけれど…長生きなさい」


『っ…』


小さく震える声に、私は足を進めた。さっき放出した魔力のせで森の性質がどうやら変わってしまったらしい。あのハゲが何を考えているかなんて、もうわかることはない。だが昔のような彼ではもはやない。



その後彼が、どんな活躍を見せたのかは知らない。数百年、私はその森で時折変わる人間を少し気にしながら、囚われた生活を余儀なくされた…。


(血の匂い、嫌いよ)


永久の籠といわれたこの森も、そろそろ人間が入ってくるのかもしれない。近くで弱くなっていく鼓動と独特なにおいがここまできた。


(長生き、しなさいよ)


―――――――――――――――――――

――――――――



「―――うっ」


「ミアン!?」


随分と懐かしい記憶だ。そしてここ最近全く聞く事の無かった声がする。慌てているアネッサ姉さまの声を聴くのは久しぶりだ。頭が酷く痛い。硬い何かで殴られているような、そんな感覚。



それでも、心配する声が聞こえるのだ。目を開けないわけにはいかない。静かに瞼を持ち上げれば、疲労したアネッサ姉さまと、あれ…なんか大きくなったフゥ君とティウォール、ノヴァがいた。



――――!!


「あ、アネッサ…姉さま!?」


何故だ、眠りについたはずのアネッサ姉さまがそこにいる。というより、私はさっきまで東王と一緒にバルコニーで民衆に手を振っていたはず…。


「もう、あんまりにも眠っているから心配したぞ」


アネッサ姉さまのあきれたような、それでいて安心したような表情。そして、三人の精霊は静かに私を見ていた。ノヴァが、ゆっくりとその大きな体で近づいてきた。


「―――ノヴァ、いつのまにそんなに大きく…」


≪ヒメサマ、今度は…どこまで覚えている?≫



ノヴァのその言葉に、周囲は一気に静かになった。ノヴァの瞳を見る、そこに移る私の姿は色彩の魔法で変えたはずの容姿ではなく、本来の姿。300年感じる事の無かった魔力を感じる。



「―――ノヴァ、教えて」


ぎゅっとアネッサ姉さまの手を握り、私は笑ってそう言った。…聞かされた内容に、改めて笑うしかなかった。代償を支払ったのだ、仕方がない。数分前の私が願った通り、アネッサ姉さまは目を覚ました。それでよかったではないか。


何故かアネッサ姉さまの頬には涙の跡があるが、その理由も彼女が言わない限り聞く必要はないだろう。


(でも、あと三人もいるのに、毎回教えてもらっていては彼らが付かれてしまうわね…記録でも、つけようかしら)


そうしよう、自ら行いたい事をその都度記録しておこう。そして、達成した後にそれを見せるよう彼らにお願いしておけばいちいち話す手間が省ける。



よし、と声を出して立ち上がる。


「ミアン、まだ休みなさい」


「―――大丈夫、時間がないから。今できる事、しないと。アネッサ姉さまはこの国を護れる準備ができたら私のところに来てほしい。」


「ミアン…。わかったわ。それにしても今起きたばかりで護る準備だなんて、無茶いうわね」


「無茶は承知よ、でもだからこそ私はきっと最初にアネッサ姉さまを目覚めさせることを選んだのよ。一番頼れる、そんな存在だからこそ」


私の言葉に目を丸くして、そしていつものように優しく微笑んでくれた。任せなさい、そう言ってほほ笑むアネッサ姉さまの包み込むような空気に、まだ頑張れると思った。


「さ、次は西ね」


≪なあ、俺たちのことは…忘れないよな≫


小さく、それこそ風に掻き消えそうな声でフレインは言った。私の耳には、ちゃんと聞こえた。でも、


―――――――それを返せる言葉は、まだ見つけられなかった。

ここまで読んでくださってありがとうございました。新年のご挨拶は、活動報告にて。

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