護り人その2
ここまで読んでくださってありがとうございました。
活動報告にてあれこれ説明いたします
一部の真実を話し終えて僅かな沈黙。最初に口を開いたのはロードさんだった。
「ミアさん、いえ…本来はそんな名ではないのでしょうね。知らなかったとはいえ、多くの不敬を働いてしまいました。申し訳ありません」
静かに頭を下げるロードさん。軽々しく頭を下げていい人間ではないのに、こうも素直に下げるのは状況が状況だから仕方がないことだけれども。別に謝ってほしくて真実を伝えたわけじゃない。
(もう一度、あの時のように笑いあえればと、そう思っていた)
≪ヒメサマ、彼はあの人ではないよ。同じ魂を持っているけれど、彼は彼だ。ロードという個体だよ。≫
「―――ノヴァ」
私の気持ちが分かったのだろうか。ノヴァの意見は胸の奥深くに刺さった。今私は思ってしまった。あの時のように、と。でもノヴァの一言を聞いて、何を勘違いしていたのだろうと気づいた。
(あの時の幸せは、アッシュといたからこその時間。ロードさんは、アッシュであってもアッシュではない。それはロードさんに対する侮辱だ)
ノヴァはロードさんと対になる存在なのだろう。だからこそ、私の思いと彼の魂の思いの違いに気が付いた。
「いいんですよ、別に。彼にしか存在理由を認めてもらえていませんでした。けれどもここにきて突然とはいえ真実も生きている意味も理解しました。―――貴女様が目覚めた今、優先すべき事項は貴女様を護る事です。」
「ちょ、極論過ぎない?貴方は護り人の子孫であると同時に陛下の右腕、国の宰相の地位を得ている。それに今は、私もやるべきことがある。世間に表立って出るのはもう少し後。
だから、貴方もまた今しなければいけないことをしてほしい。優先すべき事?私を護る前に、国を護りなさい」
このタイミングで話してしまったから、ロードさんはきっと私を護らなければいけないという極端な考えになってしまった。ついさっきまでは私だって、ロードさんに護り人として横に立っていてほしかったけれど、彼は護り人ではなく子孫だ。ノヴァの言葉で気づかされたのだ。
魔女は、その力故に孤独である。それを埋めるのが護り人の役目の一つでもある。この300年、フゥ君がずっと隣にいたけれど、それとは違う心の安息、それが護り人の存在。
(私の隣の安息は、アッシュだけ)
ロードさんにはやるべきことを成してほしい。己の力で掴み取ったその地位を簡単に捨ててほしくない。それ以上に、私だってすぐに動けるほど戻ってはいない。300年魔力の流れをせき止めていたのだから、なじむまでにはもう少し時間がかかる。
(とはいえ、なじむまでそんなに悠長に構えてはいられないけれど)
私にもやるべきことがある。アレが封印から解かれるのも時間の問題だろう。それに対抗できる策ならある。早々にこちらも陣営を立てるべきだ。
真剣な眼差しに、ロードさんが静かに笑った。安堵するような、それでいて嬉しそうな表情だ。
「真実を聞かされて、内に巣食う獣が暴れているんです。でも、今帝国を離れるわけにはいかない。―――他国の王の前でこれ以上内々の話をすることはできませんから言いませんが…」
「何度か、互いの国で開かれる夜会で会ったぐらいだが…北国の貴族出だったとは真だったか。帝国は、すんなり入れるのに随分と情報の開示が厳しい。」
「―――そう言えば、我が帝国の抱える問題の一つに貴方が存在することをすっかり忘れておりましたよ。体調はお変わりなく?病弱と噂されるには程遠い健康ぶりで安心いたしました。」
両者がにらみ合う。私という存在が大きすぎて、この二人が互いの国のトップと補佐であるという件をすっかり忘れていた。ポッと現れて、さあ話をしようなどとできるような関係ではない。
極度の緊張と、混乱が二人を少しおかしくしてしまったようだ。今の二人に腹の探り合いなど意味はなく、貴方のことが嫌いですという感情を前面に押し出している。
私も、魔力が戻ったというのに冷静なものだ…いや、というより取り戻すと決めてから戻るまで、そんなに時間がたっていないからね。あんまりにもスムーズに、それでいて勿体ぶることなく事が進んでしまったからかしら。
(感動とか、感極まってとか、全然ない)
後ろに控える精霊も、盛り上がっている感じもないし…いや、なんかこう、さ。あるのかなとか思ったけれども意外と普通。
閑話休題
今はお互いにすべきことがあるから、いつまでもここでおしゃべりをしている時間はない。なぜかにらみ合っている二人を咳払いで止め、再びロードさんに視線を向けた。
「たった今起こったこと、それは脳の一部に記憶されたままで貴方を元居た時間へと戻すわ。呼び出された時と同じ時間同じ場所に。違うのは記憶だけ。戻った瞬間、違和感があるでしょうけれどそれは我慢してほしい。」
「時間を戻すなど…世界の秩序が乱れます。というかそんなことが可能なのですか」
はっとした表情で私を見る彼。それは精霊以外のほかの人間も同じ反応をして見せた。時間を戻すという現象、世界の理に反し、秩序を乱す。
「―――それを可能とするのが、魔女。創造主である世界の柱」
三人の表情に恐怖の影が映った。ありえるはずがない、それはおかしい。自分には出来えないことをできるという者が目の前にいて恐れない方が変な話だ。彼はの感情はいたって正常。
(これが、魔女)
決して地上に住む生き元とは一線を画す存在。世界の柱、だからこそ敬われ畏敬の念を人々はその心に持つ。
「とはいっても、貴方の言う通り秩序を乱すことに変わりはない。数分時を戻すだけで、もしもだったことが確実になることもあれば、その反対にもなりえる。力を使うときに代償も支払わなければならない。大きなリスクとその先の可能性を見て魔女は力を使うの」
他の四人の魔女に比べ、私の力は根底を覆すほどの力を司る。だからこそ支払う代償は大きい。力が強ければ強いほど、世界に影響を及ぼすのが強いほど代償は大きくなるのだ。
「では、その力を使わずとも同じように貴女様の力添えがあるのならば転移魔法の方がリスクもなく秩序も乱れることはないのでは?」
ボルドーさんがなにか考えるように口を開く。その意見に私は首を横に振って否定の意を表した。
「それでは、ばれてしまう可能性が高い。」
「―――何に、でしょうか」
「今はまだ知らなくていいの。時がそれを解決してくれる。でも仮に転移魔法を使えば、彼が急に消えたことに対する理由と、その魔法について詳しく話す必要がある。勿論私が力を使ったなどと話したら国際問題、予測もつかない事態と混乱が起きる。正直そんな時間は惜しい。
まあ最もの理由は先にも述べた通り、ばれてしまうという可能性を危惧しているのだけれど。」
私の存在はまだでなくていい。それはきっとあちらもそう考えているに違いない。300年という歳月、お互いに迂闊に出ていくほど馬鹿じゃない。今は手駒を揃える必要があるからだ。
「それにね、彼を戻す。それは時間にして数分。この数分で、世界の秩序が大きく乱れるほど基盤は脆くない。私にかかる代償も、そこまでではないわ」
≪そうそう、時間も惜しいんだ。さっさと帰れ≫
フゥ君が座った眼でロードさんをみる。あまりフゥ君と相性がいいわけではないのかもしれない。なんせあのティウォールと共に過ごしたことがある彼なのだからフゥ君と反発してしまうのも無理はないのかもしれないが。
フゥ君の物言いに、不満げな表情のロードさん。
「新緑の精霊、ですか。――――そうですね、状況はまだ飲み込めてはいませんが粗方理解はしました。今は、なすべきことをすべきという魔女の判断に私は従いましょう」
「物わかりのいい人で、よかった。確認しなくても、わかるとは思うけれどこの場であったことは私が表に出るまでは、決して他言しないこと。」
「はい」
素直に頷く彼に、ニンマリと笑う。そんなに簡単に、いくら魔女だからといって了承するものではないと少しは警戒をしてほしいところだけれど。
「今、貴方は了承したと頷いた。つまり魔女との契約が正式に取り交わされたこととなる。他言した場合、契約不履行となり呪いが降りかかることを忘れるな」
私のその言葉に、漸く自分が迂闊に返事をしたことに気づいたロードさん。少し青ざめながらも、すぐに元に戻り是と強くうなずいた。
魔女とは簡単に契約を取り交わしてはいけないな、と小さくぼやく東王。彼もまたつい先刻私と契約を取り交わしていたと思い出した。彼の約束も果たさねばならない。もっとも、水の流れ云々は私ではなくあの人にお願いするつもりだが…
よし、と軽く気合を入れて立ち上がる。それに続いてロードさんも立ちあがった。すると東王とボルドーさんもこちらに近寄ってくる。どこか楽しそうに、わくわくしているかのように。
けれども下手に近寄られて邪魔されては困る。いや、故意的に邪魔はしないだろうがそれでも慎重に行わなければいけない魔法だ。と、三人の精霊をそれとなく見れば、彼らもまた私の意思が伝わっていたのか二人に立ちはだかる形で私を囲んでくれた。それを見て私はロードさんの足元に手を向け詠唱を始めた。
「『――時を歪ませ求める時間を表せ、事象を覆し望む時の流れをここに示せ』』
言葉と共に掌から魔力が放出される。転移魔法の時と同じように魔方陣が浮かび上がる、だがアレよりも複雑で繊細な模様はその場にいる誰もを魅了した。
魔方陣の複雑な文字が青白く光り始める。時折バチバチと空気中に漂う精霊と摩擦しあい音を上げた。それでもかまわず魔法は続く。
(彼が居た場所、いた時間、寸分の狂いもなく、送り届ける)
はっきりと意思を込め願えば、魔方陣は一気に光を放ち、目を開けていられぬほどの光を放った瞬間――――小さく小さく擦れるような音がしてその場から彼が消えた。
≪っつと、大丈夫か≫
彼が消えたのを確認した途端全身から力が抜けて足から崩れるように倒れそうになった。それを支えたのは近くにいたフゥ君。彼の変わらない体温に安堵して息をこぼす。どうやら無事成功したようだ。よかったと心からそう思った。そして―――
「―――あれ、彼は?」
先程まで、一緒にいたロードさんがいない。今さっき、転移魔法で帰ってきたばかりだというのに。まさか本当にあの森に置いてきてしまったのだろうか。なんてことだ、彼は強いがまだあの場所に呼ばれた理由を知らない、いくら彼でも動転しているだろう。
それだというのに、他のみんなは訝しげな表情で私を見てる。そんな中、ボルドーさんが一歩前に出て口を開いた。躊躇うような、それでいて何かを確認するような…。
「彼とは、誰でしょう?」
「―――知らない訳ないでしょう?仮にも隣国の、それも彼は宰相ですよ。ロード・ランウェイです。私の護り人の血筋です。先程まであの森で一緒だったではないですか。もうお忘れですか?」
私の答えに、ボルドーさんだけでなく東王、そして三人の精霊が驚いていた。アッシュの子孫だということがそんなにも驚くべきないようだっただろうか。それ以前にこの精霊たちまでが驚くとは意外だ。
≪これが、代償≫
「えっ?」
ノヴァが目を伏せ、急に悲しそうな声でつぶやいた。―――代償、それは私の力を行使するときに支払うものを指しているに違いない。
そこで、今度は私が冷静になって考えた。そもそも転移魔法くらいでこんなにも力が抜け脱力感が残るはずがない。そしてボルドーさんの確認するような問いとノヴァが言った代償という言葉。それにつながることは一つ。
(―――私は既に時の魔法を行使した、ということね)
フゥ君に支えてもらいながらノヴァの闇色の毛並みを撫でる。すると手に押し付けるようにすり寄ってくる彼を愛おしいと感じながら、小さく笑った。
「いいえ、忘れたのはどうやら私のようだ。力を使ったのね、どんな魔法を使うって、私は言っていた?」
≪時間を戻す魔法、おチビを元いた時間、場所へと記憶を消すことなく戻す魔法を行使されましたよ≫
ティウォールの説明に、納得。時間を戻す魔法なら、魔力だけでなく代償を支払うのも理解した。どうやら私は、彼を戻したらしい。最善の策だろう、転移魔法では色々と厄介なことが多すぎるから。
「魔女の扱う魔法は強大ゆえに、その代償がつくのか…他者の時間を弄る代わりに己の時間を差し出すとは、慈悲深過ぎるだろう。」
「―――秩序はそうして保たれている、と考えてほしいものね。さて、と。私は私の望みをかなえた。だから今度は貴方の願いを叶えるばん。」
東王が眉間にしわを寄せ、私のことを考えてくれるのは嬉しいけれど、契約は契約だ。時間も惜しいから早めに終わらせてしまいたい。
「疲れているのなら、別に後日で構わない。今は少し休むべきじゃないか」
労わる言葉に、そういえば彼は最初こそかしこまってはいたものの魔女に対して随分と肝が据わっていると思った。
「ことは一刻を争う事態。それにこの問題を解決するのは私ではないわ」
東王の表情ががらりと変わるのが分かった。まるで、話が違うではないか、と。
「約束は守る、貴方の考えている変な方向へは進まないから安心なさい。私では役不足だから、水のことならその専門の人にお願いしようと思っただけ。―――いるでしょう?水を司る存在が」
「――――まさか!?」
「そのまさか。私が力を取り戻したら真っ先にしなければいけないこと、それは他の魔女、彼女たちに魔力を注ぎ御霊を実体へと戻し、本来の姿にすること。今の私では本来の姿にすることはできても魔力の回復までは望めない。けれどそこは私より長く生きた姉さま方が自分のことは自分でしてくれるでしょうから…」
もたもたして、封印がとけてしまってから姉さま方を戻すのでは遅すぎる。目覚めても魔力が回復していないから再び御霊へと変えられてしまうかもしれない。ならば今、魔力を回復させるとまではいかなくとも本来の姿へと戻してやれば後は彼女たちがどうにかしてくれる。
(問題は、私が支払う代償がどれだけ大きいかという事)
四人の魔女にありったけの魔力と、そして時間を渡すのだ。さっきの比じゃないことが私の身に降りかかる。
静かに、三人の精霊を見る。私の意思は変わらない、それが最善の策だから。そのことが分かっているのだろう、浮かない表情だがしっかりと見つめ返してくれている。大丈夫、この三人の精霊が居れば私も安心できる。
「東王、約束は必ず果たす。四日後、全ては解決する。だから、四日だけ、待ってはくれないか」
四人の魔女の御霊に触れ、魔力と時間を注ぐ。それには最低でも四日、時間が欲しい。そしてできればリーナ姉さまのところへは最後に行きたい。まずはアネッサ姉さまを起こした方が安心だし、帝国に魔女の味方なしに近づくのは危険すぎる。
「―――構いません。全ては、時の魔女。貴女の思うがままに」
恭しく傅く東王。同じようにボルドーさんも首を垂れた。約束は果たす。彼らの先祖ソルジェ・ダンジュールが望んだままに。彼らと視線を合わさぬまま無言で頷いて、そして彼らに背を向ける。
「では、しばし待て」
その言葉と共に私は転移魔法を使う。目的の場所は、北の塔。大地の魔女が眠るその場所へ。
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―――
「行ってしまわれましたな。」
「…ああ、そうだな。魔女の代償か、そんなものがあるとは知らなかった」
彼女たちが消えた後、彼らは夕暮れの空を見て静かに言った。窓から差し込む夕日は赤く、遠くの空では星が瞬き始めていた。その表情は、酷く寂しげだった。
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―――
時の魔女、世界の時間の流れを監視する。世界の秩序をただす存在。彼女の持つ魔力は強大で、魔女の中の魔女と呼ばれる。故に、その代償は大きく。また、代償は皆同じではない。
リアン・レティシェフォードが支払う代償は二つ。一つは、その魔法を行使したときに何故その魔法を使おうとしたか、その時間を奪われる代償、そして代償を支払い得た情報を明確に伝えることができない代償。
その娘、ミアン・レティシェフォードの支払う代償は一つ。魔法を行使した分だけ、己の時間を奪われる。神羅万象、全てを覆すほどの力を持つ彼女は、故に支払う代償が誰よりも重く、負担となる。
時の魔法を、使えば使うほど、彼女の生きた時間は…
―――――全て無となる