護り人その1
久々に、書いている最中に消してしまうアクシデント…心が折れる。画面の向こうで大号泣(ノД`)・゜・。
魔力を取り戻し、本来の私へ。―――やはり貴方は常に私の傍にある。貴方は無意識に呼び出された、それが私と貴方との契約と定め。
「時の、魔女」
珍しく動揺した姿と普段は絶対に見せないであろう間抜けな姿を晒しながらもしっかりと私を見据えるその眼。ゆっくりと近寄って、手を差し伸べる。
「この姿で出会うのは初めてね」
木漏れ日が差し込むこの森で、私は五日の再会を果たす。君は覚えていないし知らないことかもしれないけれど、君の記憶のずっと奥には私が心から信頼できる貴方が眠っている。
(だから、君はここへ来た)
私の差し伸べた手を、困惑の表情で握り返そうとした…その時≪ちょっとまて≫。まさかのフゥ君が口を挟んできた。そしてなぜか彼を思い切り睨んでいる。
(けれども、あれれ?)
フゥ君がどこか違う、何が違うかといえば…前より成長している?落ち着きのない青年から、落ち着きのある青年へと風貌を変えている。更に少しばかり身長も伸びたようだ。
そこで、同じようになったのではないかとティウォールとノヴァを見れば吃驚。ティウォールもどこか成長しているし、それ以上に前より格段にその姿がはっきりと見えている。
ノヴァも一回り大きくなって、その眼光に鋭さが増しより深い闇を纏っていた。私が魔力を取り戻したから、彼らに流れる魔力の力も変容したのだ。
≪どうしてこいつがここにいる?後をつけられているような気配はなかった!≫
フゥ君が声を荒げた瞬間、大きな風が吹き荒れた。それは感情が高まったせいなのにいつもより威力が格段に上がっている。流石にフゥ君も自身に驚いたのか困惑の表情を浮かべていた。
「落ち着いてフレイン。その身に流れる魔力は、以前のものとは違う。扱いに気をつけろ、己の魔力だ、制御なさい、―――それと彼がいる理由だったわね、これもまた定めというものよ。それにしてもここで話を一から十までする時間もないわ、一度帰りましょう」
今度は彼の反応を待たず、その手を掴んで立たせる。勿論私だけの力では持ち上がることはない。だが彼は手を引かれて驚いたものの静かに立ち上がってくれた。
私のその言葉にいち早く反応したのは東王とその宰相ボルドーさんだった。いまだに視線が交わることはないものの既に落ち着きは取り戻しているよう。
「確かにここにいるのはあまり得策ではないな。今の光をみて誰が来るともわからん。いくらいわくつきの森だとて、な」
「陛下は立ち直りがお早い。いやはや、このおいぼれいまだに足が震えておりますぞ…流石は純血、目を合わせることなどできませぬな」
東王の言うことも最もだ。あれだけの光を放出したのだから近くの村のだれかが気づいて役人に告げているかもしれないし、近くにいた騎士がこの周辺に来るかもしれない。
そしてボルドーさん。冷静なふりをしていても、私の魔力に少し気が触れてしまったようだ。目視で分かる足の震え、まあそれが当たり前の反応よね。
「して、帰るとはどういった方法だ?先の魔法陣は、たった今効力を失った。申し訳ないが俺たちは変える手段とやらが限られているが…」
「何を言っているの?我を誰だと思っている。―――転移魔法を使うのよ」
「―――はははっ、流石は純血の魔女。恐れ入る、桁が違う。」
私の言葉に力なく笑う東王。三人の精霊は、私の目覚めに反応して各々の力の強さを理解しているようだ。
転移魔法、それは私にのみ使うことを許されている魔法の一つ。代償は膨大な魔力、有り余る魔力を開放するだけでいいのだらか私には大変便利な魔法の一つだ。
時の秩序を捻じ曲げ強制的に点と点をつなげる魔法。東国からこの森まで来たあの魔方陣については正直理解ができないけれどあの仕組みに母の力が何らかの形で残っていたとしたならば、あり得ない話ではない。
右手に魔力をためる。そしてじんわりと暖かくなるのが分かれば、宙に魔方陣を描きだした。何もないその場所に丁寧に見えない文字を描く。
≪おや、人の気配が強くなってきましたね≫
ティウォールが、遠くを見つめて口を開いた。フゥ君も風を頼りに何かを感じ取ったのだろう、私たちを風の結界で覆いはじめた。
「よし、できた。皆そこから動くことのないように。はじき出されても連れ戻しには来ないわよ」
最後の文字を描き記し皆を見る。やはり現状を理解できていないのかどこかぼーっとしている彼に、大丈夫かなと視線をやればティウォールが笑いながら彼に近づいて行った。
≪あんまりそうやって自分の世界に入るなと教えたんですがね、主の話聞いていました?おチビは背ばかり大きくなって中身はあまり変わっていないようですね≫
その言葉に、彼はゆっくりとティウォールに視線を向けた。そして…
「お、お前は!?なぜここにいる?え、は?待ってくれ、ダメだ俺は今どうにかしている」
≪はいはい、とりあえず静かにしようか。説明はすべてあちらに戻ってからするそうだからじっとしていようね≫
まるで兄弟、親子の様なやり取りにクスッと笑うところをこらえながらふと思い出した。ティウォール、お前はあの時の約束、条件を忘れることなく守り続けていたのか。なんて賢い子だろうか。そんなことを考えながら魔方陣を発動させる。
「さ、では飛ぶわよ」
(全てはあちらに戻ってから話そう)
一瞬にしてその魔方陣は巨大に広がり複雑な模様を空に浮かべ光の粒子となって私たちに降り注いだ。その光は踊る様に、舞うように広がり私たちを包み込む。近くでガシャガシャと重くぶつかり合う音がする。騎士か誰かが来ているのだ。
(ギリギリセーフね)
シュッと空気を切り裂く音がして、私たちのいた場所は次の瞬間には何もなくなっていた。
『っと…ここら辺だと思ったんだがな』
『何もないですよ、きっと鳥に光が反射しただけですって、早くここから出ましょう!』
『そうだ、な』
武装した騎士との入れ違い。数人の騎士は、その森の純度の高い魔力にあてられて気が狂うという話がある。はたまた違うどこかへ飛ばされる、と。いい大人が何をそんなことを、と思う者は誰一人としていない。
だってここは≪永久の籠≫。魔女の息吹を感じられる場所として、敬意と畏怖の念を込め皆立ち寄らぬ場所なのだから。
―――――――――
―――
「本当に、一瞬」
再び目を開ければそこはつい先ほどまでいた東国の一室。変わらぬ場所にどこか安堵の息をこぼしていた。私もまた、魔力が戻ったのだと実感した。
行く前と変わったことといえば三人の精霊の見目が変わったのと、私の力が戻ったこと、そして彼が居る事だ。
近くにあったソファや椅子に誰が何を言うこともなく座り始める。私も近くにあった長椅子に腰を沈めた。大きく息をこぼす。
そして私の正面に、今度はしっかりとした表情で座る、彼。
≪そんなに固くなる必要はないよ。いや、リラックスされても色々と気が緩むけれど…って、そんな話は今は無意味のようですね。≫
ティウォールの言葉にも今度はあまり反応していないようだ。いや、反応はしているものの何故か嫌悪している様子。あまり好かれてはいなかったのか、それともその逆か…。
「改めまして、アルファジュール帝国が宰相、ロード・ランウェイ。我は時の魔女、そなたの国の魔女だ」
「―――貴女様を見て、誰一人としてその言葉に審議を問う者はいないでしょう。私ですら貴女様と視線を交えるのに冷汗が止まりませんからね。どこからどう見ても、紛れもなく貴女様は純血の魔女だ。だからこそ、この状況を理解しようとしても脳が追いつかない。まずは話をお聞かせください」
私たちの会話に、口を挟むつもりはないのだろう東国の二人は静かに私たちを見守っている。フゥ君は私の右に、ノヴァは私の左に。そしてティウォールは背後にそれぞれ囲むようにして座っている。
「そうね、どこから話すべきか…」
≪とりあえずその姿では納得してもらえないでしょうから、一度以前の姿になれば説明も少しは楽なのでは?≫
ティウォールのアドバイスに、それもいい案だと自身に色彩の魔法を施した。一瞬にして変わる私の容姿、蜂蜜色の髪に茶色い瞳。その姿に、彼、ロードさんは目を見開いて驚いた後、静かに目を伏せて小さく笑った。
「―――それは、言いますよね。自身が純血の魔女だ、と。あの時貴女を初めて見た時感じたあの感覚に、狂いはなかったという事ですね。こんなにも近くに、求めていた者はいた」
「そう、その感覚。直観は当たっていた。本質を見抜くその眼、それは限られたものにしか与えられることはない。魔女の施した色彩の魔法を見破ったその眼はただの眼ではない。それは自身が一番よくわかっているでしょう?」
私の言葉に険しい表情になるロードさん。心当たりがあるはずだ、だって彼もまた普通の人間ではない。あの人の、アッシュの子孫ならばその血を受け継ぐ者ならば、違った能力が身に宿っていることくらい気づいている。
「――――化け物だ、内に巣食うこの力は」
≪まるで、僕みたいだろう?≫
割り込むように入ってきたのはノヴァ。優しくも悲しい瞳が彼を見つめている。そうか、ノヴァは私の闇、そして彼の写し身でもあったのか。
≪君は僕、僕は君だ。―――漸く出会えた≫
「時の魔女の精霊か、冷静になって辺りを見回した時目についた。鏡に映る私が目の前にいるのだから…その言葉の意味も理解できない。」
「できなくて当たり前、それを教えてくれる存在がいなかったのだから。貴方の生まれは北国。それも貴族の位。貴方は小さい頃からきっと特異な存在だったに違いないわ」
「―――そうですね、周囲から変な目で見られるようになった直接的な原因は、貴女様の背後にいるその精霊ですが…」
「やはりお前が関与していたのね、ティウォール」
振り返れば優しく微笑み続けるティウォール。彼は私の出した最初の条件を覚えていた。自ら私の元から去るといったときは寂しかったけれど、送り出してよかったとそう思った。
―――――お前たちはこれから沢山選択をして生きていく。その中でお前たちが決して間違う事の無いように一つの条件を出そう。
彼らが生まれたその時に、出した条件。多くを知り、そして学び成長するであろう彼らが伸び伸びと生きるために…。
『大切な人を護れるように、誰かの道筋となり導けるように生きる事。これが自由に生きるために私からお前たちに託す条件だ』
(ティウォールは私の傍を離れ、そして彼の道となるべく動いたのでしょう?その相手がまさかアッシュの子孫だったとは思わなかっただろうし、知りもしなかったでしょうけれど、これも運命なのかしらね)
「私の話の前に、これは先に解決すべきね。ティウォール、ちゃんと説明してあげなさい」
私も、一度息を整えたい。ティウォールにバトンダッチして、ゆっくりと息を吐いた。色彩の魔法も解き、元の姿へと戻した。
≪説明もなにも簡単なことですよ、あの時のおチビは今にもその大きな魔力を暴走させようとしていた。なまじ魔力があるだけに知能もその辺の幼子とは違い過ぎる。精霊が見えるのは15から?おチビは生まれた時から見えていたさ。
だから周りの大人は、おチビが少しずつ成長してもほかの子供との接触を極力避けた。そんな光景を偶然知ったから少し手を貸してあげたんですよ、その見えすぎる目を暈し普通に近づけるように≫
≪大人たちもあまり反応しなくなった子供に、漸く安心していましたね。でも不安はぬぐえない、下手に知識をつけて暴走なんてしてしまわないように部屋に閉じ込め必要な知識だけを詰め込まされていましたね。
人形のようになっていくおチビをみて、これではいけないと、そう思いました。いずれにしても知識だけ詰め込んでいては魔力が溢れてしまう。ならばいっそ、連れ出してしまおうと、そう思いました。―――少々手荒、というよりあまりいい方法ではありませんでしたがね≫
その時ティウォールが何を思っていたのか。でも、彼の起こした行動が今のロードさんを作り上げたのだとしたら、その思いは間違ってはいなかったと思う。
語られてゆく真実に、力なく俯くロードさん。その幼いながらも膨大な魔力は護り人の恩恵だけれども、小さな彼にはただのいらぬ産物だったのだ。
「結果として自らの足であの国を出たのです。最終的には己の判断で行った事ですよ。ずっと不思議な精霊だと思っていた、世話焼きでうるさくて、料理が下手で。貴族の息子が料理をするとは教えられてはいなかったが、自分で作らねば生きてはいけないと思ったくらいだからな。
偶然であり必然、か。ならばこの恐ろしい力も、必然か」
「―――その力を、否定しないで。その力はあの人が残したもの。あの人が生きた証でもある。あの時貴方のベッドを借りた時ノヴァとにた獣の匂いがしたわ。貴方はあの人、アッシュと同じ希少な獣人の血を引いているのでしょう?」
(そういえば私が倒れた時、ロードさんの部屋にって言ったのもティウォールだったわよね。こんなにも真実につながる糸は張り巡らされていたのね)
「獣人…時の魔女の護り人、その者はアッシュと文献にも記されてありました。その子孫が、私、ですか」
「信じられないのも無理はないわね、それを教えてくれる人が誰もいなかったのだから。でもそれはこの国の宰相であるボルドーさんが証明してくれるはずよ。貴方の家の分家である彼が、ね。」
ボルドーさんは突然ふられたのに、余裕の表情で笑って見せている。本来ならばうちの陛下にもこの場にいて欲しかったのだけれど、そうするともしかしたらニーナという南の護り人がくっついてくるかもしれない。
(彼女を裏で操っているものは既に分かっている。早く、なんとかしてあげなくては)
「貴方がここに来た理由、それは貴方が私の護り人の血を引いているから。私の目覚めと共に、その血が反応した。それだけのこと。きっと多くのことを知って頭の整理がつかないでしょう。でもこれだけわかってくれればいいの」
初めて、視線が交わる。
私の蒼銀の瞳が彼のどこまでも黒い瞳に映る。
「―――お帰りなさい、私の護り人」
お帰りだなんて、ロードさんにはきっと意味不明な言葉のはずなのに…私の言葉にくしゃりと笑う貴方を見て、魂は同じなんだと気づいた。
きっと意味不明な展開、でも私とアッシュの魂が分かっていればそれでいい。
『急に招集がかかったから、行ってくる。―――今日は、花畑へ連れて行ってやれなくて悪かったな。明日行こう!お弁当をもって遠くへ行くか!』
『―――太陽華、今日しか咲かないってアネッサ姉さま言ってたわ。アッシュなんて知らない、早くいけば!』
『―――ごめんな、行ってくる』
急な招集だった。ほかの姉さまの護り人は誰も召集されてなかったのに、なんでアッシュだけ。あの後いじけて姉さま方の集まる家に行けばそんな真実を知った。ちょっと変だなとは思ったけれど、それ以上に年に一度しか咲かない華を見に行くことができなくて悔しくてそんな事どうでもよかった。
次の日、アッシュのあの無残な姿を見て、後悔ばかりした。行ってらっしゃいって、言わなかった時に限って、こんなことになると思わなかった。
貴方に送った最後の言葉
『さようなら』
それでは、悲しすぎるわね。貴方はめぐりめぐって会いに来た。その変わらぬ魂を宿して。僅かな面影を残して…
「お帰りなさい」
貴方はちゃんと帰ってきた、ありがとう。ありがとう。
私の元へ、来てくれて―――
ふぅ…
ここまで読んでくださってありがとうございました