未来
『貴女に似た子ならば、さぞ美しい女性になるだろうな』
私にそう言って優しく声をかけてくださった貴方。日に日に膨らんでいくお腹を見て、私はもうすぐ母になるのだと実感する。
木漏れ日の、優しい光が私を包み込む。椅子にもたれかかり、お腹をいたわるように外を見ていれば背後から声がかかった。
「早いものですね、貴女様が子を身ごもるとは…」
「あらどういう意味?私だって、魔女である以前に女性ですもの。そのうちお前にもこの幸せが訪れることを祈ってやまないわ、アネッサ」
黒髪の艶やかな髪と、少し釣り目の漆黒銀の瞳は相変わらず年不相応の妖艶さ。この子は将来どんな風になるのかしらね。
「リアン様…あの、触れても?」
「勿論よ、触って。きっとこの子も喜ぶわ」
静かに、恐る恐る私のおなかにさわるアネッサ。アネッサが触れた途端、お腹の子が反応した。大地の魔女の包まれるような魔力をこの子は無意識に感じ取っている。
「わっ、動いた」
ぱっと手を離しお腹と自分の手を交互に見るアネッサを見て、まだまだ子供なのだと思った。そんな彼女の、綺麗な髪を撫でながら私は未来に憂いた。
「またアネッサったら、リアン姉さまのところに来て。今は大事な時期なのだからあまりリアン姉さまに無理をかけてはだめよ?」
「ヴェルカ、いいのよ」
「もう、そうやって甘いんだから。まあアネッサがいるからここ一帯は多くの自然が伸び伸びと生きて清浄な空気で満ちているのだけれどね」
東の魔女、そう呼ばれる同胞。ダルマスタ・ヴェルカ。その後ろから、覗き込むようにして現れたのはアネッサよりも幼い真っ赤な髪をした少女と、琥珀色のキラキラした瞳をした少女がいた。
「―――ルーゼ、ユシュカ、お前も来てくれたのね。」
私が声をかければヴェルカの背後から飛び出して笑顔で挨拶を返してきた。
穏やかな気持ちのまま、視線を四人に向ける。今日は、彼女たちと会える最後の日になるのだから…
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「みんな、忙しいのに来てくれて本当にありがとう。今日はね、皆にお別れと、魔女として最後の仕事をするために呼んだのよ。なんて、もうわかり切っている事だろうけどね」
つとめて笑顔で、そう言えば年の一番近いヴェルカは眉を下げて困ったように笑ったのだ。
「リアン姉さまも、遂に…か。あとは年長者の私に任せて、そう言いたいんだけれどね、実は―――私もよ」
ヴェルカの突然の報告に、私をはじめほかの三人も驚く。あれ、だってあれ?貴女お腹そんなに膨らんでいないじゃない!というかその気配すら見せなかったって…そうか、だからここ数日姿を見せなかったのね。
「体系は水魔法で、ね。私の場合は既に臨月を迎えているからきっとリアン姉さまより先になるでしょうね。意外と早くリアン姉さまがみんなを集めるんですもの、私が先のはずなのにどうしようと焦って、結局便乗して報告になってしまったわ」
「一気に二人の魔女が代替わりするなんて…」
不安に顔を歪ませたアネッサを見て、そうだ。これからはこの子が次の世代の年長者となるのだ。そう感じた。
「ヴェルカ、大切なことはもっと早く報告しなきゃ。で、何時頃?」
「もうすぐ…かな。でもリアン姉さまがいるわ。私の子が生まれて、そのあとになるだろうから大丈夫よ。」
なるべく貴方たちと一緒にいたかったから、そう呟いたヴェルカにこれ以上は何も言えなかった。
「リアン姉さまは、どうしてヴェルカ姉さまより早くに辞するの?」
ユシュカが純粋な感情のまま、思ったことを口にした。まだ知識が完全に追いついていないから、この状況にうまくついていけないのだろう。
「私はね、皆より少しだけ魔力が大きいの。だから、とても安静にしていないと私もこの子も大変なことになってしまう。世界の均衡を保つためにも魔女は決してかけてはいけないわ。だから、大事をとって辞するのよ」
詳しいことはきっとこの子の護り人である者から教わるでしょうし、これ以上の答えは不要と視線を再び全員へ向けた。
「私は、これから先の未来に憂いているわ。だから、今後起こるであろう最悪の事態、その結末をよりスムーズに。そして再び希望ある世界にするために皆を呼んだの」
私の能力、それは時を支配する能力。あまりに強力で、人知を遥かに超えた創造主たる魔女の能力には相応しい力。
だから、能力を使うにも私だけ代償を支払わなければならない。それは、記憶。私が力を使うとき、記憶を代償とする。だからこそ、力を使ったとき何のためにその力を行使したのかという原因が分かることはない。
(私は、何のために未来へ行ったのか…それはもうわからない)
しかしあの未来を変えたいと思ったに違いないと、私は次の世代に語り継ぐのだ。
「これから先、私たち魔女はつらく苦しい選択を強いられるの。だから、どうすればいいか本当に迷ったときは、私の言葉を信じて動いてほしい」
そして代償はもう一つ。見たことを正確に第三者に伝えられないこと。遠まわしにしか伝えられないもどかしさ、でもどうにか伝わってほしい。
「アネッサ、お前は次の世代の年長者として他の魔女の先頭に立たなければいけないわ。だからこそ、理性ある行動をしてほしい」
「理性ある、行動」
自分の手のひらを見つめ、静かに彼女は頷いた。
「ルーゼ、その優しさを大切にしてほしいわ。誰かを護れる、強い炎を身に宿してほしい」
「護るよ!大切なもの全部!」
即答する彼女に、何も心配はしない。これから先彼女が太陽のように輝いてくれることを祈る。
「ユシュカ、貴女は強くありなさい。強さは真っ向から受け止めるだけではないわ、時には身を潜め、そして自分にできる最大の事をやり遂げなさい」
「うん、頑張るよ私」
頼りなさげに笑う少女に、私は鬼なことを言うと思いながらも、それに異論を述べることもなく頷く姿を見て私も笑った。
「ヴェルカ…いいえ、そののち生まれる貴女には、かける言葉はないわね」
「ちょ!リアン姉さま!もう少し私の子に優しくしてくださいよ!」
「ふふ、違うわヴェルカ。貴女から生まれてくる子供には、私からの言葉など不要なはずよ。きっとほかの三人を見て、そしてその子は貴女の記憶をしっかりと受け継いで生きるはずだから。ほかの三人も安心なさい、来世でもヴェルカに会えるわ」
前世の記憶、というのは誰しも魔女にはある。けれどもヴェルカの子供は、ヴェルカの記憶を根こそぎ吸収して生まれてくる。だから何も心配はしない。
「辛いことがあっても、世界の均衡をまもらなければいけない。この子も、運命に翻弄されるでしょうね。でも、きっと大丈夫。――――だからいい?この名前を聞いたら、ちゃんと思い出して、今言ったことを。」
「「「「名前?」」」」
まさか、私が原因の一部となるとは思いもしなかった。気づいた時には既に遅かった。もう少し早く気が付いていれば次の世代のこの子たちに苦しい選択を強いることはなかったのに。
だから、お願い。
こんなつらい世界に貴女を置いていくことを許してほしい、愛しい我が子。
ごめんなさいね、私は貴方を助けることはできないようです。だからせめて、貴方が本当に命を投げ出したいと思ったとき少しでも力になれるよう残酷な魔法を置いていきます。
そして―――
この子たちの未来を奪うであろう、その人に。私は次世代の魔女に伝えます、貴女のその名を。
「――――アマンダ・ルゼット」
厄災を運びし者よ。その穢れは我々が清めよう。リアン・レティシェフォードが宣言するわ。時の秩序を護るために…
その名を告げた、数日後。ヴェルカは、新たな魔女を生んだ。名を、リヴァナウロという。そしてその数か月後、季節は静寂が当たりを包む寒い冬のこと――――愛しい我が子を、みることがないままこの世を去る。
産声を聞き、膨大な記憶がよみがえってきた。死の間際、次世代の時の魔女がもたらした最初の奇跡。
(――――そうか、私は…成長した貴女を見たいと思って、能力を使ったのね。愛しい子ミアン。ふふ、私に似て、美しい銀髪ですよ。レイモンド・アルファジュール様)
最愛の人よ、今再び会いに…
ということで、最終章OPはミアンの母でした。魔女たちが、最後にアマンダの手にかかるシーンを予見したリアンは四人の魔女に選択を迫られた場合の行動を伝えた、という流れです。6章最終話の話と少しリンクしています。
新しく出てきました、実はミアンの父ですレイモンドさん。その名の通り、アルファジュール帝国の王位継承権、持ってますよ。しかし、この世代の王はハロルドゲイルさんです。レイモンドさんはハゲのお兄さんです。しかし魔力が少なく武に長けているわけではなかったので継承権を破棄、4歳下のハゲに継承権が回ってきたという逸話がございます。
そのほか、気になること、ご指摘等々ございましたらいつでもお待ちしております。ここまで読んでくださってありがとうございました。