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陛下の専属様  作者: 月詠 桔梗鑾
第6章
140/151

一つの結末

はい、終わります。

目の前にあるのは大きな扉。南国の王宮の中で最も贅を尽くした一室。この部屋に、陛下は今いる。



小さくのノックをするまでもなく、扉に触れた途端に開く。数歩進み、完全に扉を跨いだと思えば、勢いよくその扉はしまった。



「粗相の無いように。陛下は奥にいらっしゃる」


「ありがとうございます」



シド団長が、何時もの定位置である扉の横に待機していた。礼を言い、そのまた奥にある部屋へと足を進めた。



――――――――

――――


「で、何用だ。国に戻ってからでもいいものを、何故早急に話す必要がある」



「―――単刀直入に申し上げます。陛下の、その身に流れる血潮の一滴を頂きたく存じます。理由は、聞かないでください」


奥の部屋、陛下が待っていたその部屋は先の部屋よりだいぶ落ち着いていて、しかし大きなベッドがあった。寝室なのだろう。その横、大きな窓の淵に手をついてこちらを見る陛下。


唐突に出した内容にもかかわらず、眉を少し動かすだけでそれ以上の反応は見せなかった。



(何故?血を欲しているのよ?もう少し動揺なり表情が動くと思ったのに)



不自然なほど、陛下は普段と変わらない様子で私を見てきた。そして小さく笑って、つぶやいた…そういう事か、と。



「―――どういう?」


「いや、こちらの話だ。気にするな。それで、お前は俺の血を欲しいと言うことだな?しかも、帰ってからではなく今必要だと」



途端、その眼差しが強くなる。



「理由を問うな、と。血はその者の持つ魔力の三大要素に比例する。俺の魔力は自他共に認めるほど強力だ。―――この血を扱うことができるとでも?」



知っている。陛下の魔力がそれこそ人間離れしているということくらい。だからこそ、その血が今ほしいのだ。ニーナ嬢を救うためには一番手っ取り早いのだ。



「悪用は致しません。全ては陛下のために」


「ほう、俺の為か。まあいい、そら受け取れ」


ゆっくりと放物線を描いて事前に入れていたのだろう血の入った小瓶が私に投げ渡された。それを受取ろうとするが、こちらへ飛んでくる血瓶を見ながら思う。



――――どうして、既に血瓶が用意されてある?おかしいだろう、なぜ何も追求しない。その余裕の笑みは…なんだ。



パリンッ


「―――え?」


私の両の手に届く寸前で、その血瓶は割れた。思わず声が出てしまう。私の足元に咲き乱れるように飛び散らかした血が、私の手のひらには少量の血と、飛び散った瓶の破片が。




「言った通りでしたでしょう、陛下」


そして、私の耳に最近嫌というほど聞いた…声が。ニーナ嬢が、陛下にもたれかかるようにしてそこにあった。



(どうやら、諮られたらしい)


ニーナ嬢、いやその後ろにいる者は相当に切れ者らしい。自身の魔術を解術する方法をすべて消していくつもりらしい。



「お前がいつからか他人の血を集めているとの情報が耳に入った。さて、今回お前に話があると呼び出されたときまさかとは思って用意はしていたが…本当だったようだ。――――何をしようとしている?」



キチッ

首筋に鈍色の鋭い剣が突きつけられる。あら、陛下の腰にいつもついていた剣、お飾りかと思えば案外使い込まれているらしい。



≪ヒメサマ、危ない。目の前の男より、その隣にいる女の人。ヒメサマを本気で殺そうとしてくる。――――勝手を許して。≫


『――ノヴァッ!?』


一気にあたりが闇に包まれる。それは私を中心に部屋一帯を暗黒の世界へと変える。視界から陛下が消える、その寸前陛下が何故か安堵の様な表情を浮かべたような気がした。グッと勢いよく突風が吹き荒れる。フゥ君が私を風に乗せてどこかへ飛ばそうとしているのだ。



ゴォオ!!

闇の間から、無数の炎の塊が乱雑に飛んできた。ニーナ嬢の魔法だ。見えないからといってとりあえず闇雲に魔法を放っているのだ。


≪ここは任せて≫


『ティウォール』



私の内から、ティウォールが魔力を放出した。そのことによって、私は水の膜で覆われ、塊が飛んできても傷一つできない。



ガッシャーン!!

大きな音を立てて、私たちは部屋から外へと飛び出した。その音に、大きな足音が部屋に近づいたのが分かった。シド団長が、異変に気が付いてこの部屋に入ってくるのだろう。



闇に覆われた、陛下とニーナ嬢がいる一室を横目に私たちは抜け出した。



――――――――――

――



(してやられた!これではソレイユさんとの約束どころか、私は陛下に不信感を抱かせてしまった。これでは面倒だ。)



≪あの状況で、出しゃばるということがヒメサマにとってどれだけ悪影響であるか、其れを分かっての行動です。しかしあのままではヒメサマはその真名をあの女に聞かれてしまうところでした≫


「ノヴァ…どういう意味?」


フゥ君の風に抱かれ、ノヴァの闇に包まれながら会話は続く。


≪ヒメサマとあの男は、契約を交わしております。いざとなれば、あの男は理由を聞き出す為に真名を使い真実を吐かせることも可能です。ヒメサマの中でずっとあの男のことは見ておりましたから、きっと真名を口にするともったのです。≫


そういえば、陛下は私の真名を知っている。一番最初の契約で、あの名を陛下は口にしたのだ。それに、確かに私の真名をニーナ嬢、その後ろで操る存在には聞かれたくはない。


見たところ、陛下は分血にもその真名が通用するといいように勘違いしてくれている。純血の魔女の真名は、その分血である魔女にも効果がある。そう思っているらしい。



その状態で迂闊に私の真名を言ったとして、ニーナ嬢は私を分血だと思っている。もし、もしニーナ嬢の背後にいる存在が―――だったとしたら、私がその真名に反応して従う姿を見て、本物の純血の魔女だと気づかれてしまう。



真名、その仕組みについて知っているのは極限られた者だけだ。最悪の可能性がぬぐえない今、慎重に行動しなくてはいけない。


≪だが、それにしてはあの男は真名を口にするどころか剣で脅してきたぞ≫


『――そういえば、そうよね』


陛下にしては珍しく軽率な行動だわ。フゥ君の言うことに私も頷けばノヴァが口を開いた。



≪そうなんです。あの男が取る次の行動はヒメサマの真名を口にして従わせるはずだったのです。しかし、彼はヒメサマに脅しをかけた。従わせてしまえば逃げる隙を与えることもないのに、あえて脅すという行為を取った。≫


≪それは、彼が剣にも自信があったからでは?≫


ティウォールが現れた。あれ、もう顕現できるほど魔力を回復したの?ふよふよと浮きながら私の首筋に触れた。ひんやりとした冷たい手、突きつけられたときにかすかに切っていたらしい。それを優しく、ほんのり冷たい水で包んで治した。


『ありがとう、もう平気?』


≪ええ、大事有りません≫


≪確かに、剣に自信があったからなのかもしれません。ですが、あの男の行動はやはり何かを企んでいるようです。ヒメサマのポケット、何かが入っています。≫


ノヴァが私の右ポケットを見た。促され、静かに手を入れる…と、何かが触れた。


『――――血瓶』



私の手の中に、あの時割れた血瓶がある。これは、どういうことなのか。たぶんそれは、あの暗闇の中一瞬で私のポケットに入れたのだろう。ニーナ嬢に見られることなく、私に手渡した。


≪あの男は随分と聡い。ニーナ嬢の異変にも若干感づいている節がありました。あの男はあえて隙を我々に見せたのです。それに、ヒメサマがあの部屋に入ってすぐ結界を張られていました。その結界は音すら通さぬ結界。本当にヒメサマを疑っているのならば、むしろその内容をいつも傍にいる男二人に伝えていてもおかしくはない。≫



(私は、私の仕事をしろ…ということなのだろうか。いや、それ以前にノヴァ、この子は随分と陛下の肩を持つようね。)



≪ひとまずは、この状況を打開する術を考えなければいけないですね≫


ティウォールが、そう言って下を指した。それを目で追っていけば、そこには…知った人物が。



このまま陛下の元へ戻っても、ニーナ嬢がいるに違いない。この世界、純血の魔女と精霊王以外に強い魔力を持つものと言ったら陛下やロードさん。北国のジル国王、アンナさん、東王のカザエル王、ルーゼ姉さんの分血であるリリンだ。ロードさんと陛下以外既に干渉といった類の呪いは弾けるらしい。となれば陛下やロードさんといった強いものの傍にいることが何よりの安全につながる。



魔力がなければ、何もできはしない。折角の機会なのだ。実際陛下が一体何を考えているかなどわかったものではないけれど。ノヴァが陛下を随分と信用しているようだから今回はそれに身を任せるのもいいかもしれない。



丁度、私たちの下には…魔力を奪った元凶の子孫がいるのだから。


「最悪の状況と、それに伴い訪れる最悪の結果…それを回避するためには魔女としての力が必要だ。―――力を貸してくれるね?フレイン、ティウォール、ノヴァ」



≪当たり前だ≫


一陣の風を熾し、力強く返事を返すフレイン。風を操る精霊は、新緑の髪を靡かせた。



≪勿論ですよ≫


静かに、しかし流水の如く澄んだ藍色の瞳が私を見つめ頷いた。



≪僕でよければ≫


勇ましい姿の狼が、自信なさげに口を開くが、大きな口からこぼれる鋭い牙が一層鈍く光った。



下にいる、あの男について行けばきっと本体の東王に会えるだろう。徐々に下へ降りていく。



仮にノヴァが言った通り私に隙を与えて逃がすように計らったのだとしたら、しばし私のやりたいようにさせてもらう。もし仮に陛下の単なるミスだったとしたら私は真名を使われ強制的に戻される、もしくは見つけられるだろう。


この血瓶がなぜポケットに入っていたのか。私は陛下を信じることなど、王族の血筋の者を信じることなどできはしないが…このチャンスを生かさないわけにはいかない。



血瓶を握りしめ、思う。

魔力を取り戻し、ニーナ嬢を解放しよう。そうすればきっとその後ろにいる人物が誰であろうと恐ろしくはない。



新緑の精霊、風のフレイン

流水の精霊、水のティウォール

暗黒の精霊、闇のノヴァ



そして――――


北の魔女アネッサ姉さまが残した最強の盾

南の魔女ルーゼ姉さんが残した業火の魔石

西の魔女ユシュカ姉さんが残した鋼の鎧

東の魔女リーナ姉さまが残した竜の剣


きっとこれらが、これから先の本当の闘いで必要となってくる。彼ら精霊に更なる力を与えるためには私の魔力が必要。ほかの魔女の残してくれた力を使うにも、私の相応の魔力が必要。



護り人の子孫である、彼の本能を呼び起こすにも私の魔力がきっと必要。


300年経った

もうそろそろ、動き出してもいい頃かもしれない。



――――――――――――――

―――――


「…彼女が、裏切った、と?」


「私、その瞬間陛下と一緒でした!ミアさんは、私たちをっ」


私が駆け付けた時には既にこの状況だ。なぜか至る所燃えて灰となっている一室で、陛下とニーナ嬢がいた。そしてこの状況に陥った大まかな説明を受けた。


「―――陛下、それは真ですか」


ニーナ嬢にはあえて問うことはしなかった。混乱している様子が見て取れたからだ。陛下に視線を向ければ、静かに頷くだけだった。だがしかし、その一瞬を私は見逃さない。


――――に、が、し、た。


陛下の口が音もなく動いたのを。どうやらこの件は、陛下の考えがあるらしい。だが、そうとなればニーナ嬢は、どういうつもりなのか。


「あの娘を連れてきたのは私です。責任をもって、陛下の御前へ連れてまいりましょう、抵抗すれば殺す許可を頂きたい」


ならば、表面上は陛下のシナリオの通りに動く必要がありそうだ。だが、こちらはこちらで動くとしよう。陛下は随分と彼女に対して厳しい面がみられる。彼女が傷つくのはできれば見たくはない。


「――――いいだろう」


陛下は許可を下した。その隣で驚いた表情を見せるニーナ嬢。どういったつもりなのか。その表情に嘘は見て取れない。


「我々も、動きますか」


「準備はできています帝王よ」


陛下の影、ナギとその上司リリーさんが現れた。少し暗い表情のリリーさんと獲物を狙う狂気を目に宿した幼い殺し屋ナギが頭を下げる。


「そうだな…お前たちは―――」


陛下は静かに告げる。

それが、陛下の出した彼女への決断なのだ。


二人は静かに礼をしてその場を後にした。



シド・レーニン団長は、ただ静かに成り行きを見守っていた。


嗚呼なんだろうか。随分と、心がざわついている。


――――――――――――――

――――


南国から戻った帝国の王、アレン・アルファジュールは勅命を全国民に下した。王直属部隊、ミアを捕縛せよ…と。罪状は、殺人。多くの人間の血を欲し、南の先代護り人を殺し、陛下の血を狙ったという理由をつけられて。



これで、名実ともにミアという少女は罪人という名のもと追われる立場となる。この事実に、帝国宰相ロード・ランウェイは驚愕する。


そして公表はされていないが、陛下の隣には寄り添うようにして南の護り人ニーナ・コルデリアが存在するようになった。身を固めず、いまだ次の王をもうけていない陛下が遂に…と国民は驚いた。



更に驚くことに、今まで病弱として世間に現れていなかった東王が表舞台に出てきた。そしてその隣には、深く濃いベールを被った沈黙の女性がそばにあった。


―――――――――――――

――――――――


歴史は、再び動き始めようとしていた。

それは300年前の、あの日の再現をするかのようにゆっくりと。



この世界は、5人の魔女と精霊王によって創られた。


北の魔女は大地を司り、豊作を護った。

東の魔女は聖水を司り、恵みの雨を齎す。

南の魔女は業炎を司り、暖かな火を灯す。

西の魔女は鋼氷を司り、強さを与える。

中央の魔女は時を司り、秩序を整えた。

精霊王は命を司り、生きとし生ける生命を見守った。



300年前の悲劇。魔女を襲った、人間たちの恐ろしき行動により、4人の魔女はこの世界から姿を消した。



晩年、最も愚かだと言われたハロルドゲイル・アルファジュールは語った。


「――――この身が、再びこの世に生を受けることなど許されぬ

魂の一欠片も残らぬよう業火により焼却し、頑丈な箱にしまい、光が差し込むことのない暗い地の底に埋めよ」


それがどういった意味なのか、それを知ることはないまま真実は地の底へと眠った。


深い森の奥、その愚かな王の眠る深い深い地の底で、ゆっくりと目を開けた者がいる。300年前の全ての元凶、そして災いをもたらすその存在。


その者は、静かに地上へと這い上がり笑った。それはそれは、酷く楽しそうに…憎悪に身を寄せながら。


「――――殺す、今度こそ。必ずお前の血を絶やしてくれよう…時の魔女」



闇が、動き出した。

だがしかし、光となるその存在も…動き出していた。




「―――もう、黙ってみていられる状況じゃ…ないから」


決意をその眼に宿すのは、300年前唯一生き残った若き魔女。銀の髪、蒼銀の瞳を輝かせ、そしてその色は一瞬にしてはちみつ色の髪と茶色い瞳へと変化してしまう。


傍に仕えるは、新緑の髪を靡かせる青年。藍色の流れる瞳を持つ青年。大きな闇色の体毛を持つ狼。



こうして、300年の歴史が再び蘇る

と、いうことで6章終了←

ぶった切りましたよ、ええ。


皆さん思い思いの事があるかと思われます。しかしこのお話は今までの伏線を次の章ですべて回収し、完結へと向かいます。


とても唐突な流れできっと混乱してしまう方も多いかと思います。月詠も最後まで納得して読んで頂きたいので、皆様のご質問などはしっかりと返していくつもりです。今のうちに、これってどういう意味?等ございましたら是非聞いてくださいね。


ここまで来たのもひとえに皆様の支えがあってこそ。次章、最終章もよろしくお願いいたします。


ここまで読んでくださってありがとうございました

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