少女の名
ルーゼ姉さんが消えた後、神子が再び目を覚ました。若干の疲れが見て取れるが、少女はにこりと笑うだけだった。
「私は、今までどのような存在なのか正直理解しておりませんでした。が、本日こうして貴女様との出会いを経て、漸く確信致しました。私はコルデロ・ルゼラ様の分血で、名をリリンと申します」
ふわりと笑って、少女リリンはそう言った。曰く、リリンは隔世遺伝というものらしい。私もこのことは初めて知ったと言っていい。分血をそんなに作ったことがないから、というより分血という存在にあまり興味がなかったからその辺をよく理解していなかった。
「この人は、ここに来てからよく私の話し相手をしてくれたんです。たぶん孫とでも思ったのかもしれません。家族から引き離されてから主だった外出は控えるよう陛下から言われていましたし、だからこの部屋でのみの私の生活にこの人は酷く同情してくださいました」
リリンは、ソレイユさんを仰向けにし、両の手を組ませおなかの上にのせた。そっと一輪、紅い華、リュヴァーの羽を添えて・・・
「この華、私が持っているときは綺麗な華にになるんですが、一度手を離れるとリュヴァーの羽に戻るんです。生まれた時に持っていてそれ以降ずっと枯れることなく咲き続けていた華でもあるんです。でも―――」
リリンが添えたリュヴァーの羽に視線を落とすと、その羽は静かに色褪せしなやかに瑞々しさを失っていった
「この華、リュヴァーの羽はきっと貴女様とルゼラ様を会わせるための力の媒介の一つに過ぎなかったのです。漸く本来の役目を終え、散るようです」
ソレイユさんに小さく別れの言葉を述べたリリンは、何かを決心したかのような表情で私を見てきた。
「既に、私に先見の能力はほぼありません。しかし、こんな私でもルゼラ様が貴女様の役に立つかもしれないと仰いました。無能な私であれど、貴女様が許す限り御傍にあり続けたい―――どうか、私に居場所をください」
そう言って少女リリンは私に深く頭を下げてきた。正直に言おう、この少女を連れて行っても守れる自信がない。何かあったときノヴァの能力を使って一時的には逃がしてあげられるかもしれない。けれど、この少女は私と常にあり続けたいと言っている、逃がしてもきっと再び私の元へ来るのだろう
しかし、だ。年端もいかない少女に居場所をくださいと言われた。それもこの状況で・・・リリンの旋毛が私の視線の先にある。言葉を発するまできっとこの少女は頭を下げ続けるだろう。
「・・・はぁ。頭を挙げて頂戴、病み上がりの子にこんなことさせてるなんて北の魔女に叱られるわ。」
「で、では!?よろしいのですか!?」
思い切り頭を振り上げて、それはもう嬉しそうに笑顔を見せるリリン。これはいつか見た、ノヴァにそっくりだと思う。この少女をしょい込むことでリスクは格段に上がる、正直連れていきたくない。でも、ここで放っておいたらきっと再び現世へ戻った四人の魔女、特にアネッサ姉さまにはこっぴどく怒られそう・・・それに、先見のルーゼ姉さんが言ったのだから、きっと何かあるはず。
「いいわ、でもどうするの?私は帝国の使者、リリン貴女は南国の神子なのよ?どうやって私についてくるというの」
「それならば―――ああ、ちょうど良いタイミングで。申し訳ありませんが何か姿を消せるような魔法はご習得されていますか?あるのならば使用していただきたいのです。もう近くに来ていますから、ほら」
リリンが指をさした方を目で追えば、そこには先程私が入ってきた大きな扉が。まさか―――バンッ!!
大きな音を立てて、その扉が一気に開け放たれた。そしてぞろぞろと、浅黒い肌が特徴のオズウェル率いる騎士隊が入ってきた。
「ソレイユ様!神子様はご無事で・・・なんだ、この状況は」
オズウェル達の目の前には、倒れたと聞いたはずの神子が元気な姿で私と向かい合っている事、そして駆け付けたはずのソレイユさんが既にこと切れているという状況だった。
≪ごめん、咄嗟に僕の能力使っちゃったけど…よかったかなぁ≫
『―――本当に、こういう時の素早さは目を見張るものがあるわ。おかげで助かったけれど、ありがとノーちゃん』
オズウェル達に私の姿は見えない。だから実際には神子がソレイユさんの前に立っている状況にしか見えないのだ
「ソ、ソレイユは・・・私を助けるために、その命を燃やしてくださったのです」
リリンはそっと涙を流した。偽りではないだろう、本心からリリンは涙を流していた。今から何が始まるのかはわからないけれど決してリリンは浅はかなことはしないとなんとなくそう思った。
「―――しかしこれは、一大事にございます。おい!ソレイユ様が亡くなられたと陛下に報告を!神子様、詳しくお話願えますか」
一気に慌ただしい雰囲気に包まれる一室。ソレイユさんに、数名の医師のような人が近づき安否を確認したり、命令された通り陛下の元へ走る騎士、ある意味無防備となったこの一室に厳戒態勢を取る騎士でごった返した。
「私には、呪いがかけられていました。その呪いで永遠の眠りにつく寸前でした。ソレイユは前代護り人です。その類稀なる能力をもって私の呪いに気が付き、解術を施してくださった、その命を引き替えに・・・」
「呪いとは・・・我々はそのようなことはお聞きしてはいなかったが」
「西国と南国の国境が騒がしい今、私のことでさらに不安を煽りたくはなかったのです。それに、ニーナさんの御令兄様の体調が芳しくない今皆様を煩わせるわけにはいかないと思って」
リリンの言葉に出てきた、ニーナ嬢の御令兄とは・・・東王に毒を盛られたニーナ嬢の実兄だろう。なぜ東王が、と思ったが。いや今でも理解はできないがどうやって仕込んだかはわかった。
水の分身が、なぜかこの国の騎士になって、しかも護り人の騎士としているのだからチャンスなどいくらでもあるだろう。
「神子様・・・」
リリンの内容に、憐みの目を向ける騎士たち。それはオズウェルも例外ではないらしく、困ったような表情をしていた
「ですが私は、ソレイユのおかげで命を救われました。しかし代償はソレイユの命だけではなく私の先見としての能力も奪ってしまったようです。もはや私にこの国の神子、いいえこの国にいる資格などございません。」
(―――そう来たか)
あまり呪いの内容に触れることなく、そして不可抗力でこの国を出るのだという理由、その理由の内容が濃いだけに騎士たちも一様に口を噤む。
「後程陛下の元へ向かい直接お話をしてまいります。―――最後まで不出来な神子でごめんなさい。皆様のご健勝を遠くより祈っております」
―――――――――――
―――――
「これで、貴女様のそばにいることができますね。後処理をしてからなので、すぐにとはいきませんが…」
あの後、リリンは深く頭を下げた。何も言えないような状況の中、ソレイユさんを診ていた医師たちがそっと、ご遺体を棺の間へ・・・と言ったことではっとしたように各々が動き出した。
流石に、遺体に表立った損傷はなくソレイユさん自身穏やかな表情をしていたのだから殺されたとはだれも思わなかったらしい。手のひらの握りしめた傷も、呪いを解くため血を用いたというのは一般的なので誰も気には留めなかった。
オズウェルも、この話は保留だと考えたのか神子に対して
「この部屋では居づらいでしょう・・・違うお部屋で、今は疲れた心身を癒してください。神子様の心も体もきっと、休息を欲しています」
マッドナイト、イカれた騎士の名はどこへ行ったのか、王道の王道。さながらの騎士のようにオズウェルは振る舞った
リリンが退室するとき私もさりげなくついていく。ノヴァの闇の力は思ったより強いようで気配すら察知されることなく部屋へ行くことができた。リリンと部屋にいる手前、そろそろリリーの元へ戻らないと時間がぎりぎりな気がする。ティウォールも満足したのか、今ではすっかり大人しくなって引っ込んでいる。
「リリン、年はいくつなの?」
「はい、今年で8になりました。」
――――――は、八歳
流石に私の子供では通用しない。はなから通用しないのはわかっているけれど…いや以外にシド団長なら信じてしまいそうだ、それはそれで嫌だが。
「私は、まだやらなければいけないことがある。それはあなたもそうよねリリン。この後どうするつもりなの」
私は、ソレイユさんとの約束がある。それ以前に陛下にも会って今後の動きを知る必要がある。今みたいにノヴァの能力で傍にいることは難しくなるだろう
「はい、私も陛下の元へ行かなければなりません。ですから――――」
少女リリンは、笑顔で言葉を述べた
――――――――――
――――
「30分、正確には30分と59秒ですわ魔女様。あと一秒遅ければこの扉蹴り飛ばして貴女を戻そうと考えておりました」
リリーを怖いという少年の気持ちがほんの少しわかった気がした。出た時と同じように姿を消したままで中へ入り、ノヴァの能力を解くと、目前にリリーが真顔で足を振り上げる様子があった。
私が現れたことに一瞬驚くも、その後笑顔になり、そしてその足を戻すことなく振り上げたまま、あのセリフを言ってのけたのだから
(しかも、細かい)
「きちんと、帰ってきたわ。いろいろあったけれど、たぶんもうすぐ誰かがそのことを言いにくるに違いない。―――大人しく、大人しくまってよう?」
「そういたしましょう」
漸く、その足が戻される。そして最初と同じように座った。
きっとこれから、騎士が来てソレイユさんが亡くなったことを私たちに伝えるのだろう。たぶん、今回の交友会もここまでだ。お引き取り願われる、それでいい。
少女の、リリンの言葉が私を不安にさせる。
「――――ですから、全てが終わったら貴女様の元へ私が伺います。その間に貴女様はなすべきことをなさってください。」
成すべきこと、か。
私は、リリンをその時が来るまで守れるように力を取り戻さなければならない
コンコン
扉をたたく音がする、そして扉は思いのほかゆっくりと開かれた
リリンが、ソレイユの死を利用しているような話の内容ですが、決してソレイユの死を冒涜しているのではなく、仕方がないと割り切ってリリンは理由の一つに織り交ぜたのです。そして本日も、急展開!話が早すぎて背景描写がないと、思うかもしれません。皆様の想像を膨らませてください←
ここまで読んでくださってありがとうございました