故人
6章OPは、ある人物の過去と今、そして最期の話。今回は一人称です。
お待たせいたしました、どうぞ
「魔女は皆国を捨てて死んだんだろ?」
――――幼いあなたに、そう言われどれほど悲しくなったか…小さな小さな私の主。どうか、どうか我等が母を、寛大なる魔女様を愛してください。あなたのその、純粋な色は必ずや魔女様の癒しとなるでしょう。きっと魔女様の支えになってくださることでしょう。孤独な、誰よりも孤独な小さき魔女様を…どうか、愛してください。
「賢い帝王様…いつまでも幸せに」
―――――――――
――――
「随分と、懐かしい気配がしたと思ったら…嬉しいなぁ、私の気配に気づく者がまだ居たんだね。会えて嬉しい。本当だよ、私の同胞」
それは、突然だった。
主がまた性懲りもなく自由奔放ぶりを発揮して城から抜け出し、それを探している最中…人が溢れかえる城下の街で惹きつけられるような何かを感じた。それは何の変哲もない少女から発せられているもので、なんとなくその少女の跡をつけていった。
そして、その少女は山の麓の村を通り越し…恐ろしいと噂の森へ迷うことなく入っていく。足取りは軽く、だがしかし、その森は少女以外の者を排除しようと霧が濃く立ち込める。普通の人間では途方に暮れる状況下、だが私も迷うことなくその少女の跡をつけていった。
きっと少女は、普通の人間ではないだろう。私の勘がそう伝えてる。私だって、きっと傍から見れば普通の人間ではないのだから…
ひたすらに歩き、そして少女が歩みを止めた気配がした。漸く追いついた…そう思った瞬間、濃い霧が一瞬にして周囲から消えさった。目の前に広がる大自然、そして体を満たす純度の高い魔力、目の前にいる――――蒼銀の、少女
「――――何故、この様な場所に…いいえ、いいえ違うのです!そんな事は今は関係ないのです!嗚呼、よく、よくご無事で!ずっとお会いしたかった!」
驚き、感動、喜びが混ざり合い足元がふらつく。みっともない話ではあるが、その場に崩れるようにしゃがみこんでしまった。そんな私を労わるように、近寄り肩にそっと少女は触れた
小さく笑い、やさしい声で私に、言ってくれた―――同胞、と。
唐突な展開だと、思いながらも…そう言えば彼女たちとの関係性も唐突だったのだと祖母の、それまた祖母の―――初代の頃から語り継がれていた。
「この場で、名乗ることをお許しください。お初に御目文字仕ります…西の護り人コヴェルカ家が五代目継承者、フローラ・ネーヴェ・コヴェルカと申します。貴きコークス・ユシュカ様を護る一族の筆頭としてご挨拶申し上げます。―――気高き時の魔女様」
「名が、三つ…ネーヴェ、雪ね。氷雪系の魔法を得意としたユシュカ姉さんの護り人なら付けそうな名前だけれど、西は確か名は二つだったはず…」
少女なんて烏滸がましい、時の魔女様は考えるようなそぶりをして、しかし鋭い視線を私に向けていた。確かにそうだ、名が三つなのはこの世界では一つの国しかない、それは西国ではなく、北。
「もとは、フローラ・コヴェルカでしたが、北にて生涯の伴侶と出会い名を改めたのでございます。事情により相手の家名ではなく私の家名を名乗っているのです。」
「そう、それはおめでとう。それにしてもここは西でもなければ、北でもない…またどうしてこんな縁も所縁もない中央へ?」
(侮れない)
一瞬、そんなことを考えてしまった。なんて失礼なことだろうと急いでその考えを頭から消し去る。だが私がそう考えても無理はないと思いたい、年端もいかない少女と呼べる魔女様。見た目に反して圧倒される気配はあるものの、物腰の柔らかい声と表情からは想像もできない鋭い考察。300年を生きているだけの思考、精神、洞察力、読唇…歴代の魔女を凌ぐ魔女なだけあると、そう思った。
「本来なら、私はコヴェルカの姓を、辞する考えでした。幸い私には姉がおりましたので、北へ嫁ぐ際もなんら障害はございませんでした。しかし―――」
嫁いで、北国のヴィンセント国王にも祝いの言葉をいただいた。幸せだった、夫は北国では王族の血縁者で名のある貴族だった。優しく、聡明な夫との間にできた愛の結晶。三人での暮らしは初めてのことだらけで大変だったけれど、とても幸せで、家族が四人に増えた時は毎日がお祭りのように慌ただしく賑やかで…
「あんなことさえなければ、今でも…幸せでした」
夫に着せられた、濡れ衣。突然だった。私たちが守る領地の民から反乱者が出た。重税に苦しみ飢える民が起こしたのだそうだ。しかし、夫はそのような、横領や着服といったことは一切しない本当に誠実な男だった。なぜ、どうして…幸せな生活は一転した。
話を聞けば聞くほど、おかしな点ばかり。夫は税を取り立てに町まで下りて行ったそうだが、その日は国王からの勅命で東の国へ行っていた。お土産だと東の国の魔力が込められたピアスをもらった。きちんと会談もしてきていると、あちらの国の宰相に確認もした。夫は責め立てる口調で民を脅したそうだ。しかし夫は私が出会って今まで声を荒げたことはない、それは城に住む者から国王まで知っている。夫は反抗する民に炎の魔法を使い重度のやけどを負わせたが、夫の魔法は光系統であり主に癒し、やけどを癒すことはあっても負わせることはできない
なのに何故
〈ティクス家の侯爵様でしたぞ、確かに取り立て来た人物はティクス家の家紋が入った書類を見せてきた!〉
―――妖精の姿の紋様が入ったティクス家の紋章。その判子の場所は夫しか知らない。ティクス家当主のみが持つことを許される当主の証。
〈ええ、侯爵様ですとも!確かに普段声を荒げるような気の荒い方ではありませんでしたが、ここ最近ティクス家に足繁く通う商人が毎度口を揃えて気迫の勢いで怒鳴られたと言っていましたし人が変わったようだと噂になっていたところでした。さらに侯爵様は怒ることはなくてもいらだった様子の時は瞳が渦を巻くのを我々は知っている〉
――――ここ最近、我が家に商人は訪れていないの。それどろこか誰も商人を読んでいない。でも、どうして。確かに夫は不機嫌になると魔力が高まり瞳が渦を巻く。それは幼いころの変な癖だと言っていた。
〈娘のやけど!確かに侯爵様がつけたのです、あまりにひどすぎる!私は見ました、侯爵様がその手に光を集め青い炎を出したところを!〉
―――――ブルーライト、夫の癒しの魔法。青い光で傷口に触れれば柔らかな暖かさとともに傷を癒す。光が具現化し揺れるので炎のようにも見える独特の魔法。夫にしか出せない色だった。
濡れ衣だった
けれど、夫にしかない特徴を挙げたいくつもの証拠は、夫を罪人へと誘う
『無実を証明しましょう!』
涙ながらに、鉄格子の向かいにいる夫に訴えた。しかし、夫は堅い口をあけ、たった一言…祖国へ逃げるんだ、そう言った
普段、夫は私にお願いをすることはあれど、命令をすることはなかった。だから嫌だと、一緒に無実を証明すると言った。そうしたら、夫の諦めと屈辱と慈愛がうつる瞳が私を鋭く見てきた
『行け。この事件の裏には大きなモノが存在している。五つの力を前にしている。これは私とお前だけの問題ではない、娘の命を守るためだ。侯爵夫人としての役目はすでに終わりだ、母としての役目を果たせ!』
涙を流す夫を見たのは、今も昔もこれっきり…だから、理解した。足掻くことすらできない状況であると、夫を…見捨てなければいけないということを。
『愛しておりました、永遠に愛しております。どうか、どうかご自愛くださいませ。次は日の下でお会いしましょう…ふふ、覚えておいでですか?東の国の花畑、今度は―――っ、家族で…って、どうしましょう…なにも、なにも悲しいことなど、永遠の――別れ、でもないのに、寂しくてたまらない!おかしいでしょう!?涙が止まらないのです!またお会いしましょう?必ずです!愛しています!愛しています!どうか――――生きてっ、また私を抱きしめてください…ネーヴェル様ぁ」
涙腺が崩壊したかのように、涙が止まらない。
わかっていた、もう会えなくなると。これが永遠の別れであると。夫も、私も。
鉄格子の奥、錆びれた冷たい地面の上で、涙を流しながら私を見て愛してると叫び、己の親指に噛んで傷をつけ、溢れた血で魔方陣を書いていた。鉄格子には魔法が発動されないよう仕組まれているはずだが、夫が書いたのは古代文字を使った魔方陣。転送の魔法は生命力を削り危険な禁忌の古代魔法。この城の防衛をかいくぐったその策で、私は娘二人がいる別邸に飛ばされた
最期に聞いた夫の声
『愛している、みんな、愛している!俺なら大丈夫!直ぐにみんなのもとへ向かうからそれまで幸せに暮らしていてくれ!家を空けてしまう不甲斐ない夫を、父を許してくれ。――――!』
いつものやさしい笑顔だった。だがそれは確かに私の耳にしっかり届いた。私は光に包まれ、夫の暖かな魔力で魔法が発動した瞬間、聞こえてしまった
―――に…――――れ
夫の、最後の弱音だった
――――――――――
―――――
それから私はすぐさま行動に移った。夫の願いをかなえるため、そして娘を守るために。長女はもともと私の本家で養子として保護されていたので問題はありませんでしたが、次女はまだ幼く世間に疎い。どうしようかと考えていると、北国特有の黒、しかも大層なお方から声をかけていただいた。彼もまた不穏な気配を身に感じ、供を連れて国を出るのだという。どこに行くのかと尋ねれば、それは供の考えだとまるで供の方が彼を引っ張るような物言いをしていた。
一緒に来るか、私の国は安全ですよと供の方に誘われ便乗してついていった。
「その場所が、中央の国だったのです」
そこで、私の話は終わった
時の魔女様は静かに、私の話を聞いてくださった
そして―――
「そう、ならばあなたの娘に私から加護を。末の娘に、何者からも干渉されない心の結界を。引き離された上の娘には…そうね、この先の未来その娘が生を全うした暁には、我が会いに行こう。最後の願いを聞き届けると未来に約束する。時の流れを今と未来で繋げた。上の娘の、最後の願いをかなえると」
(嗚呼、なんと暖かい)
銀の長髪、蒼銀の瞳。その姿を目にしたものは300年前の民と王のみ。民の前には一度きり、あとは一握りの王に許されたもののみが目にすることを許された存在。
「ありがたき、幸せにございます」
そう言って私は三度涙を流す。もうずいぶんと年を取ったはずなのに、はしたない。でもそれ以上に幸せだった。左耳に輝く夫からもらったピアスが少し光った気がした。
不意に、夫との会話で疑問だった点。あの時は感情的になっていて気にも留めなかったけれど…
「時の魔女様、お聞きしたいことがございます。」
「ん?」
「五つの力とは、なんでしょう」
「ああ、それは隠語だな。我等魔女は護り人と護る国の王、そして同胞の純血の魔女にしか真名を言わない代わりにそれぞれ仮の名があるだろう。我なら時の魔女と。五つの力というのも仮の名だ。その意味は―――――」
瞬間、風がやみ…やけに静かだった
「わかったか…って、ずいぶん顔色が悪いがどうかしたか」
「――――なんと、いうこと。時の魔女様、その方とお会いしたいのですがどうすれば?」
(真実が、目の前にある)
心がざわめく。夫の死を、言葉を無駄にするなと叫ぶ
すがる思いで、魔女様に問い詰めるように言う
魔女様は私の申し出に、苦笑しながらも、召喚士で護り人ならできるか…と会う方法を教えてくださった。
そして、別れを告げる
「時の魔女様、どうかご自愛ください。お会いできて光栄です」
私は、あなたを守るために真実と戦います
「なんだ、折角の同胞なのに…もう合いには来てくれないのか」
嗚呼、この方は孤独なのだ。誰よりも、愛に飢えている
「私は少し長い旅へ出るので、それが終わればいつでも会いに来ます。しかし、それまでは今仕えている主が来るのをお待ちください。きっと貴女様を愛してくださいます」
愛とは偉大だと、私は思う
切なく笑う、時の魔女様の「待っている」の言葉はとても安心した
――――――――――
―――――
ここに、私のすべてを記録します。これを読んでいる、あなたはきっと真相に気が付いたのでしょう。真実と、それに対抗しうるであろう方法を書き留めておきます。それを知ったうえで、その後の行動はあなたにまかせるとしましょう。300年前の、真相とこれからの未来を…
――――――――――
――――
ヒュー
ヒュー
鉄の錆びたような、血の匂いが充満している
血が溢れまともに息もできない
精霊が、動揺している
目の前にいる、300年前の犯人と…夫の敵。どうやら私では役不足だったようだ
「ゲホッ」
息をしようと血を吐き出す
もう長くはない、ならばせめて…殺せずとも一矢報いたい
「―――ゴホッ…、エンペルニオ・ネーヴェ!」
私の血を凍らせて、剣に変えよう。氷で覆われた私の血は、ソレに向かっていくつもの針となり飛んでゆく―――――が、渾身の一撃は届くことは、なかった
≪なんと、まだ生きておったか。忌々しい穢れた血が≫
その呪いにもにた声が、私の最期の…記憶
自由奔放な、王子様。孤独な時の魔女様をどうか愛し、癒してください。
時の魔女様、約束を破ってしまいました。当分貴女様に会には行けないようです
――――嗚呼、でも…夫に漸く会えるようです。
夫が零した最期の弱音
『――――独りに、しないでくれ』
―――――大丈夫です、私が今…会いにゆきますから
大変長くなりました、いろいろ伏線を回収しました。
まず、長女は北国編のフィアナです。彼女に与えられた加護は、ミアンが彼女を迎えに行き願いをかなえるというもの。彼女の最期の願いはオルダンテに声を届けること。しっかり届いていましたね。
次女はなんとレイム。実は彼女はフィアナの妹でした。彼女がなぜ干渉の呪いを受けなかったのか、それはミアンの加護があったから。そして、アレン陛下とミアンが感じた黒猫の視線は、フィアナの残った意志がレイムを守ろうとし、無意識にレイムとかかわりのあるものを見ていたということになります。
双方ともにミアンが気づかなかったのは、加護を与えてもその存在を、つまり二人を認識していなかったからです。
ミアンが1章で、出会った女官は、フローラです。なぜこんなに自己紹介をされたのに東の魔女の分血と思ったのかは、このときミアンもだいぶ魔力ともに不安定だったのと、夫からもらったピアスのせい。あのピアスには東の国の魔力が込められていてミアンとリーナの魔力が共鳴したためです。
どうでしょう?へたくそなので全然意味が伝わっていなかったらすいません。わからないところ、疑問点はお応えできる範囲でお返事します。
この章からどんどんネタバレしていきます。
既にこのOPにもバンバンネタバレ要素入っています(;´Д`)
なんにせよ、本当にここまで読んでくださってありがとうございました