結末その2
塔へ近づいていくと、二つの影があった
アンナさんと....ジル殿下だ
ここ数か月の会わなかった時間を埋めるかのように抱擁を交わす二人を見て思わず足を止めてしまった
少し離れて木の傍に佇む
こうやっていると、なんだか覗き見をしているみたいでいやだけど空気を読んでの行動だ
あちらは私のことに気が付いてない様子だった
二言三言、会話を始めるところを見るとジル殿下も案外しゃんと立っていて頼もしいと思えた
≪恋の逢瀬を見ているなんて、はしたないわよミアン≫
何処からともなくアネッサ姉さまが現れた
重力を無視した、完全に幽霊のようなアネッサ姉さま
「誰が聞いているともわからぬ場で、安易にその名を口にしないでほしいわ」
今の姿形は色彩の能力によって作り変えられた完全にミアンとは別の人間
ここは外、誰がいつなんどきどこで耳にしているかわからない
そんな私の危惧をものともせず、アネッサ姉さまは優しく笑う
この笑みを私はよく知っている
その微笑は、私を褒めてくれる時にする表情だった
≪もう...300年経ったのね。こうやって同胞と会話ができるなんて、思いもしなかったわ≫
「私もよ、流石にここまで生きる気はなかった。こうやって....大切な人と言葉を交わすことができるなんて、思わなかった!」
優しく私の髪を撫でるアネッサ姉さまに、幾年ぶりに涙を流した
会いたかったんだ、ずっと
ずっと、会いたかった
ただ涙を流す私をアネッサ姉さまは抱きしめて、そして―――――
≪最後の子、私達4人の大切な宝。人一倍冷たくて、この世界中の誰より優しい子――――我らが魔女様、尊き貴女様に未来永劫の幸せと誰よりの優しさが与えられんことを≫
この言葉にどれだけたくさんの愛情が注がれているのだろう
彼女の熱の感じられない掌が私の髪を撫でる、そこから溢れる慈愛に誰が気づくだろう
(私は、こんなにもみんなを欲しているのに)
一番その場にあり続けて欲しい存在は、私からは一番遠い
この国で本当に訳の分からないことがたくさんあった
だけどそれを覆すほどの待ち望んだ出会いがあった
疑問が残るもやもやした気持ちを、すべて吹き飛ばしてくれるような暖かな愛情を貰った
この幸せな時間を、止めてしまいたい
だけど...
私は、自分の思いから断ち切るようにアネッサ姉さまから数歩離れる
そんな私の様子を驚くでもなく、まして嫌な顔をするでもなくアネッサ姉さまは全てわかっていたかのように笑って頷いた
「時間は、捻じ曲げるべき時とそうではない時がある。最後に聞きたいの...最後に、私に知恵を貸して下さい大地の魔女」
いつの間にか、フゥ君が結界を張っていてくれた
物音ひとつ通さない、それどころか私達を外から見えない様にまでしてくれている
さらに、精霊までもが協力をしてくれたらしい
私たちのところまで近づいて来れないように大地を歪め、霧で辺りを隠し、木々で覆っている
≪我に授けられる知恵があるのならば、全て託そうぞ時の魔女≫
漆黒銀の双眼が私を見つめる
ふと、あの猫を思い出した
同じように黒い瞳でも嫌悪を抱いたその目
漆黒の瞳を持つアネッサ姉さまには、それは全く感じなかった
大好きな目だ
「この件、あの黒猫は生きていると思いますか?それに貴方達がこの世から姿を消した原因が王の妃であったことについて...」
≪あの猫は、お前も感じている通り生きていて生きていない。魂がつなげられた状態の人形だ...我も詳しくは現状を把握していないが、おそらく今回の件はあの猫を始末してしまえば片はつくだろう。お主等が干渉の呪いを解いた時、さして抵抗は無かったはずだ。あまりに簡単に解けてしまうところを見る限り、本当の黒幕が接触してくる可能性は無に近い≫
結局のところ
あの黒猫を操っているとみられる黒幕は、それ以前にジル殿下の弟であるオルダンテ殿下の事も上手く精神を懐柔させ操っていたのだろう
多分、今頃彼は通常の旅が好きな王弟に戻っているはずだ
(それにしても...簡単にって、言ってくれる)
アネッサ姉さまの物言いに懐かしさを感じつつやるせない思いを陛下に募らせる
「その黒幕の正体は、わかりませんか?」
≪わからぬ、一つ言えることはいつかこの先何か嗾けてくる事だけは間違いないだろう≫
アネッサ姉さまの一言に精霊が一瞬ざわめいた
何に動揺したのかはわからないが、精霊も一抹の不安を抱えているのだろう
≪消滅に関することは...残念ながら何も覚えていないのよ。本当に一瞬のうちに私たちは力をすべて奪われた。私達が消滅する寸前、確かに彼女の魔力を感じたわ、それは確か。貴女はあの王によって幽閉されていたから―――――もしかしたら、何の偶然か貴女はあのハゲに助けられていたのかもしれないわね≫
最後の一言に耳を疑う
私があのハゲに助けられていた、だと?
あの気の狂った変態にか....それはあり得ないと思うのだけれど
半ば半目になりながらアネッサ姉さまを見つめる
私の思惑に気づいたのか、鼻で笑われた
≪まあ、それは無いわね。それに、どうせもう王妃は死んでいるのだし≫
人間が生きる最長の年数でも百数年
生前王妃は体が弱いことから、私達5人の魔女も数回しか会ったことが無い
それに、王妃はいつも顔を真っ黒なベールで隠していた
私達尊き存在にただの人間であるその顔を曝すことなどお目汚しになるといつも言っていたからだ
「誰にも私達の怒りをぶつけられないことが、悔しいわ」
≪お前は、最も魔女の血を引いている。お前は常に平等でなければならないわ...その怒りを忘れろとは言わない、私達だって遣り切れないわ。だけどその感情を罪なき人間に押し付けることは傲慢よ。もし、貴方が私達に弔う気持ちがあるのならば――――――真相を知り、断罪を下すの。それは時を操るミアンにしかできないことよ≫
そう言って私を諭す
いつも正論しか言わないから、今回だって反論できない
「力が戻ったら、いつか必ず」
私の強い決意と意思を受け取ってアネッサ姉さま
≪力強い目になった。私も次の魔女が現れるまでまた眠る...起こしてくれるな、私は眠りには五月蠅いんだ≫
次の魔女
例外によってその核に著しく傷を負った場合、その核は御霊となり幾年の時を経て癒え姿形を変えて再び戻ってくる
魔女は死なない
一定の条件を満たさない限りは、永遠に生き続ける
「私の力が戻ったら、起こしてあげるよ」
魔女同士が力を分け与えれば、その癒しにかかる時間を短縮できる
また、姿も以前のままで維持できる
≪あと何年、かかることやら...気長に、待っているよ≫
ゆっくりと消えるアネッサ姉さまの体
哀しいけれど、やはり悔しいけれど
それでも、私にはやるべきことがある
「おやすみなさい」
貴女は魔女の中で、特に挨拶を気にする人だった
礼儀に関しては本当に厳しくて、怖かった
だからちゃんと挨拶をしないと
私達がきちんとつながっているという証拠の為にも...
おはよう
いただきます
ごちそうさま
ありがとう
ごめんなさい
沢山沢山、交わす挨拶がある
でも皆眠るときは等しく言うでしょう
≪―――――ええ、お休みなさい≫
―――――――――――
――――
風が髪を撫でる
それは先程アネッサ姉さまが撫でてくれたものより暖かいけど、感触は無い
結界は解かれ、精霊も散った
目の前には変わらず二人が身を寄せ合っている
日が少し、傾いただろうか
何分ここにいたのだろう
私の足は、元来た道を戻り始める
きっとシド団長の怒りに触れる...そう思い足早に、後にする
「遅い、すぐに終わる用ではなかったのか!?急いで帰るぞ....聞いているのか」
シド団長の厳しい声が私を叱る
これが、私の進むべき道だ
「はい、申し訳ありません。急ぎましょう!」
あとはこの国の次代の王が混乱を収めてくれることを祈ろう
そう思い私達は散々他国の情勢をひっかきまわし、その場を後にした
――――あの黒猫は、いつの間にか永い眠りについたようだった
木の檻に入れられその現状があちらの黒幕にばれたようで...魂の繋がりを切られていた
結局、あの黒猫になった召喚士の死の理由は定かではない
ただ...来世では幸せに恋した相手と人生を謳歌して欲しいと思う事くらい許してほしい
沢山の謎と、運命と、因縁とが絡み合い
私達は更なる闇へと追いやられる
ただそこに唯一の光があるならば
道しるべに私たちは進むだろう
闇は、とうに足元まで来ていたというのに......
ミアン視点では最後です
ラストであと1視点入れます
沢山の方に支えられ漸く4章完結
記念すべき100話目でした←
これから(皆さん待ちに待った?)5章が始まります
大変お待たせしました
ここまで読んでくださってありがとうございました
追伸
ここまで4章を見て、感じられたこと、気が付いたこと、何となく予想する今後の展開など、感想いただけたら幸いです。(自重できず申し訳ない(・_・;))