「婚約者なんて忘れて俺の物になれよ」とおっしゃる前に、まずは陰からすごい形相で睨みつけている王子に許可を取ってください
※本作は―「私の方が婚約者に相応しい!」と怒鳴られましても、それを決めるのは陰で聞き耳を立てている王子ですので……―と同じ世界線のお話です。本作単体でも問題なく読めますが、気になる方は前作も見ていただけると嬉しいです!
私の朝は、学園の庭園での水やりから始まる。
早朝、まだ人が居ないこの時間。普段人に揉まれる日々の中では得られない、ゆったりとした充足感が、私はとても好きなのだ。
……ですけど今日は先客がいたようで。
「朝から美ボディの為に走っている俺、最高に格好いい!さすがは俺様。俺の輝きに周りのバラが嫉妬して棘をつけている。あぁ、そんなに自分を僻むなよ。バラ君もそこそこ格好いいよ?――俺には負けるけどね!」
うわぁ、絶対変な人だ。バラ園のど真ん中で、上裸で、あんなに大きな独り言。ただ者ではない事は確かだ。
見なかったことにしよう。そうしよう。こういう奴は関わるとろくな事にはならない。抜き足差し足だ。
パキッ
――最悪。なんでこんな所に乾いた小枝が落ちてるのよ……
「むっ!そこにいるお嬢ちゃん。もしかして俺のファンかい?隠れて覗き見とは良い趣味しているね。俺の事が気になるのは分かるが、それならもっと堂々としなよ。ほら、今回ばかりはお嬢ちゃんのやる気に免じてサイン書いてあげるから、こっちにおいで――そんなに恥ずかしがらないで。しょうがない。俺から行ってやろう!俺はファンを大切にするタイプだからね!」
やばい。何か知らないけど、どんどん近づいてくる。
私は一言も発してないのに、勝手に話が進んでいく。恐ろしい男だ。ポジティブ思考もここまでくれば芸術の域。多分、全ての人間が彼のような思考回路をしていたら、世界平和が成し遂げられるに違いない。――文明の発達も遅れるに違いない。
「あの、結構です……」
「そう言うな!我慢は体に毒だぞ!」
草木をかき分け、あっという間に私の前にやってきた上裸の男が、豪快に笑いながらそう言った。
いやあなた、かき分けてきた植物、なんだと思ってるの――バラよバラ!棘が上半身に突き刺さってるわよ!体、血まみれよ!
「さて、どこにサインを書いてあげようか?服かな?手の甲かな?それとも顔かな?」
血まみれの変態が、顔をずいっと近づけてくる。私は一歩後ずさる。
近くで見ると、確かに変態は鍛え上げられた良い体をしていた。顔も整っているほうだろう。案外、ファンがいるというのもあり得ない話ではないのかも知れない。
……口を開かなければの話だけれど。
「――って、お嬢ちゃん!よく見るとかなり可愛いじゃないか!そうかそうか、こんなに可愛い子がファンになる時代がとうとうやってきたか!――しょうがない。とりあえず付き合ってあげるとしよう!」
「え、結構です」
「そう遠慮するな!俺ほどの男と付き合えるなんて、喜ばない者がいないわけないだろう!女性どころか男性ですら喜ぶに決まっている!」
「ものすごい自信ですけど……私、婚約者がいるので」
「婚約者なんて忘れて俺の物になれ!君も本心ではそうなりたいのだろう?自分の心に逆らうなよ!」
またしても血だらけの不審者が距離を縮めてくる。私は一歩後ろに上がろうとしたが、後ろのバラの生け垣が邪魔して下がれない。
逃げられない私の右肩に、不審者が無言で手を置く。私は瞬時にたたき落とそうとするが、無駄に筋骨隆々なせいで、がっちり捕まれた手は外れることがなかった。
「離してください!」
「全く、聞き分けの悪い子猫ちゃんだ。こうなったら仕方がない。――俺のキスで目覚めさせてあげよう」
男が私の左肩にも手を置き、がっちり固定する。身をよじっても離れない。男の顔が眼前に迫る。
……こうなったら仕方がない。淑女の風上にも置けないですけど、金的を思いっきり蹴って踏みにじるしかないわ!
ドバシンッ!ドゴッ!
私が金的を蹴り上げようとした瞬間、不思議なことに、目の前の男の体が宙に飛ばされた。私の頭上には、不審者を殴り飛ばした一本の腕。後ろのバラの生け垣から突き出している。
バラの生け垣がブチブチと音を立てる。もう一本の腕がぬっと現れ、男が一人飛び出してくる。――私の婚約者のグルファンだった。
「おいてめぇ!何しやがんだドベシッ!」
グルファンは、立ち上がった男の右頬を殴る。またしても若干吹き飛ぶ不審者。続いて顎、みぞおちに流れるように二発、いや三発。地面に伏した男に対して、さらに蹴り。顔面にめり込む靴。
「なんて美しい、こう、げ、き」
バタンと倒れ込む変態。男は泡を吹いたまま、ピクリとも動かなくなった。
「大丈夫かアリア!!怪我は!どこか痛むところは!」
先ほどまで鬼の形相をして男を打ちのめしていた人とは思えない、なよなよとした狼狽えぶり。
いつものグルファンに、なんだかホッとして、私は少し笑ってしまう。
「フフッ。大丈夫ですわ。後ろから愛しのボディーガードがやっつけてくれましたもの」
私の発言に、グルファンが顔を赤くする。
あんな事があった後なのに、やっぱりなんだか心が温かくなって、私は思わず大きな声で笑った。グルファンは始めそんな私をジッと見ていたが、やがて一緒に笑い始めた。
心が柔らかくなったような、そんな気がした。
「――そういえば、なんで駆けつけることが出来たのですか?結構朝早いですけれど?」
「……たまたまだよ。うん、たまたま散歩したい気分だったんだ」
グルファンは目をそらしてそう言った。
いつも都合良く現れすぎなような。公務で忙しいはずなのに、よく偶然で会うし……行動も似てきたなんて、グルファンと気が合うってことなのかしら。
――だとしたら、少し嬉しいわね。
最後まで読んでいただきありがとうございます!少しでも面白いと思ってくださったら、ブックマークと下の☆で評価をしてくださると嬉しいです!
応援宜しくお願いいたします!




