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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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婚約破棄された公爵令嬢は、全てを失ったはずでしたが――隣国の皇太子に拾われた結果、元婚約者たちが地獄を見ることになりました

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/03/25

「――リシェル・フォン・アルヴェイン公爵令嬢! 貴様との婚約は、ここに破棄する!!」

 華やかな夜会の中心で、その声は高らかに響いた。

 視線が一斉に私へと向けられる。

 私はただ静かに、目の前の男――第一王子エドガー殿下を見つめた。

「理由を、お聞きしても?」

「理由だと? 決まっているだろう! お前は陰湿で傲慢、さらにはこの可憐なマリアをいじめ抜いていたのだからな!」

 王子の腕の中にいるのは、男爵令嬢マリア。涙を浮かべ、か弱く震えている。

 ――ああ、そういう筋書きなのね。

「……その証拠は?」

「証拠など必要ない! マリアが泣いている、それが全てだ!」

 会場がざわめく。

 貴族たちの視線は、次第に私を断罪するものへと変わっていく。

 だが。

(愚かね)

 私は心の中で冷静にそう呟いた。

 この程度の茶番で、公爵家の娘を断罪できると思っているのだろうか。

 けれど――

「承知いたしました、殿下」

 私はあえて、抵抗しなかった。

「婚約破棄、謹んでお受けいたします」

 その一言で、空気が凍る。

 予想外だったのだろう。エドガー殿下は一瞬、言葉を失った。

「……な、なんだと?」

「ただし」

 私は一歩前に出る。

「公爵家への侮辱として、正式な抗議はさせていただきます。後ほど、父より王家へ文書が届くでしょう」

「なっ……!」

 王子の顔が青ざめる。

 だがもう遅い。

 婚約とは、個人の感情ではなく“契約”だ。

 それを一方的に破棄すれば、当然責任が伴う。

 それを――この男は理解していなかった。

「では、ごきげんよう」

 私はスカートを翻し、その場を後にした。

 背後から聞こえるざわめきと、王子の怒鳴り声を置き去りにして。

 屋敷に戻ると、父はすでに話を聞いていた。

「……そうか」

 低い声。

 怒りを押し殺した、公爵としての声だった。

「王家は愚かな真似をしたな」

「ええ」

「リシェル、お前はどうしたい」

 私は少しだけ考え、そして答える。

「……全て、正当に取り返します」

 父はわずかに目を細めた。

「よかろう。アルヴェイン家として、全面的に動く」

 それだけで十分だった。

 だが、その夜。

 私は屋敷を出た。

 ――一人で。

 誰にも告げずに。

 理由は簡単。

 これは“私自身の復讐”でもあるからだ。

 馬車も使わず、夜道を歩く。

 冷たい風が頬を打つ。

(これで終わりじゃない)

 むしろ――ここからが始まりだ。

 そう思った、その時。

「――こんな時間に、女性が一人とは感心しないな」

 低く落ち着いた声が、背後から響いた。

 振り返ると、そこには見知らぬ男。

 黒髪に鋭い金の瞳。纏う空気は、ただ者ではない。

「あなたは?」

「通りすがりの者だ」

 嘘ね。

 その立ち居振る舞いは、明らかに上位貴族か、それ以上。

「……事情がある顔をしている」

 男は私をじっと見つめた。

「よければ、聞こうか?」

「結構ですわ」

 即答する。

 だが男は、くすりと笑った。

「強いな。だが――少し、無理をしている」

 その言葉に、ほんの一瞬だけ心が揺れた。

 見抜かれている。

「……余計なお世話です」

「そうか」

 男は肩をすくめる。

「だが、もし行き場がないなら」

 彼は一歩近づいた。

「俺のところに来るといい」

「……は?」

「安全は保証する。むしろ、退屈しない生活になると思うが」

 あまりにも突飛な提案。

 普通なら一笑に付す。

 だが。

(この人……ただ者じゃない)

 本能が告げていた。

「……あなたは何者ですの?」

 そう問うと、男は一瞬だけ沈黙し――

「名乗るほどの者ではないが」

 そして、静かに言った。

「レオンだ」

 その名を聞いた瞬間、私は息を呑んだ。

 ――レオン・ヴァルディス。

 隣国の皇太子の名。

(どうしてこんなところに……!?)

「さて、どうする?」

 レオンは微笑む。

「すべてを失った顔をしているが――まだ終わりではないだろう?」

 私は、彼を見つめた。

 そして。

「……条件があります」

「ほう?」

「私は利用されるつもりはありません。対等であるなら、考えます」

 レオンは楽しそうに笑った。

「いいだろう。むしろ、その方が面白い」

 その瞬間。

 私の運命は、大きく動き出した。

 数日後。

 王都は騒然としていた。

 アルヴェイン公爵家が正式に抗議を行い、さらに――

「隣国ヴァルディス帝国が動いた」

 王城の会議室。

 エドガーは顔面蒼白で報告を受けていた。

「な、なぜだ!?」

「不明です……ただ、皇太子自らが来訪されると……」

 その時。

 扉が開かれた。

「――失礼する」

 現れたのは、レオン。

 そして、その隣に――

「……なっ!?」

 私がいた。

「久しぶりですわね、殿下」

 にっこりと微笑む。

「リシェル……なぜ……!」

「紹介しよう」

 レオンが口を開く。

「彼女は現在、我が帝国の“特別顧問”だ」

 ざわめきが走る。

「なっ……そんな馬鹿な!」

「馬鹿かどうかは、これから分かる」

 レオンの声は冷たかった。

「さて、本題に入ろうか」

 彼はゆっくりとエドガーを見下ろす。

「我が帝国は、今回の婚約破棄を重大な外交問題と見なす」

「な、なぜ……!」

「簡単だ」

 レオンは言い放つ。

「彼女は、俺の“庇護下”にあるからだ」

 空気が凍る。

 私は静かに、元婚約者を見つめた。

(ここからよ)

 あなたたちの――地獄は。



ーーーー



「彼女は、俺の“庇護下”にある」

 その一言で、場の空気は完全に凍りついた。

 王も、大臣も、貴族たちも――誰一人として声を発せない。

「……ふ、ふざけるな!」

 最初に声を上げたのは、エドガーだった。

「ただの婚約破棄だ! それがなぜ帝国に関係する!?」

「理解できないのか?」

 レオンの声音は冷え切っていた。

「なら教えてやろう。貴様は“公爵家”を侮辱した。そして、その令嬢を俺が保護した。――それはすなわち、帝国への敵対行為と見なされる」

「そ、そんな理屈が……!」

「通るかどうかは、力で決まる」

 静かだが、絶対的な圧。

 エドガーは言葉を失った。

 その隙を逃さず、私は一歩前に出る。

「では、改めて申し上げます」

 全員の視線が、私に集まる。

「私は、王子殿下より虚偽の罪を着せられ、名誉を著しく傷つけられました」

「虚偽だと!?」

「証拠はございますわ」

 私は合図を送る。

 すると、控えていた従者が一通の書類を差し出した。

「これは、男爵令嬢マリア様の侍女による証言書です」

「な……!?」

 ざわめきが広がる。

「内容は簡単ですわ。――“いじめは存在しなかった”。むしろ、彼女が虚偽の噂を流していたと」

 マリアの顔が一瞬で青ざめた。

「う、嘘よ……そんなの……!」

「さらに」

 私はもう一枚、書類を出す。

「こちらは、殿下とマリア様の“密会記録”です」

 今度こそ、会場が騒然となる。

「なっ……なぜそれを……!」

「公爵家を甘く見ないでいただきたいですわ」

 私は冷ややかに微笑んだ。

「あなた方が裏で何をしていたか――全て、把握しております」

 エドガーの額から、汗が流れ落ちる。

「つまり」

 私は静かに言い切った。

「今回の婚約破棄は、“不貞行為の隠蔽”と“冤罪による断罪”です」

 完全な沈黙。

 誰も、反論できない。

 そして。

「……終わりですわね」

 私はそう呟いた。

「王よ」

 レオンが口を開く。

「この件、どう裁く?」

 問われた王は、苦しげに顔を歪めた。

 だが、もはや逃げ場はない。

「……エドガー第一王子の王位継承権を剥奪する」

 場がどよめく。

「さらに、男爵令嬢マリアは国外追放とする」

「ち、父上!? お待ちください!!」

「黙れ!」

 王の怒号が響く。

「この愚か者が!!」

 エドガーは膝をついた。

 全てを失った顔で。

「リシェル……頼む……」

 彼は縋るように私を見る。

「やり直そう……私は……」

「お断りします」

 即答だった。

「あなたは一度、私を“切り捨てた”のです。ならば――私も同じことをするだけ」

 その言葉に、エドガーは崩れ落ちた。

 マリアは泣き叫びながら、兵に連れて行かれる。

 ――これで終わり。

 そう思った、その時。

「まだだ」

 レオンが言った。

「……え?」

「これで満足か?」

 彼は私を見つめる。

 その瞳は、どこか優しい。

 私は少しだけ考え――首を横に振った。

「いいえ」

 まだ足りない。

「私が望むのは、ただの処罰ではありません」

「ほう?」

「“二度と立ち上がれない”ことです」

 一瞬の沈黙の後。

 レオンは、楽しそうに笑った。

「いいな、それ」

 そして。

「王よ。追加だ」

「……何だ」

「アルヴェイン公爵家への正式な謝罪と、賠償金。さらに、今後十年間の貿易優遇措置を要求する」

「なっ……!」

 王は絶句した。

「飲めないのなら――戦争だ」

 あまりにもあっさりとした一言。

 だが、その重みは計り知れない。

「……分かった」

 王は、ついに頭を下げた。

「全て受け入れる」

 その瞬間。

 この国の“敗北”が決まった。

 数日後。

 私は帝国の宮殿にいた。

「……本当に、ここまでやるとは思いませんでした」

「不満か?」

 レオンが笑う。

「いいえ」

 私は首を振った。

「むしろ、感謝しています」

「そうか」

 彼は少しだけ目を細める。

「では、そろそろ報酬をもらおうか」

「報酬?」

「お前だ」

「……は?」

 一瞬、思考が止まる。

「俺の妃になれ」

 あまりにも直球だった。

「……冗談ではありませんの?」

「本気だ」

 レオンは一歩近づく。

「お前ほど面白く、強く、美しい女は初めて見た」

 心臓が、わずかに跳ねた。

「それに」

 彼は私の手を取る。

「守る価値がある」

 その言葉に。

 初めて、胸の奥が温かくなった。

 私は少しだけ視線を逸らし――

「……条件があります」

「またそれか」

「対等であること」

「当然だ」

「そして」

 私は彼を見つめた。

「私を、絶対に裏切らないこと」

 レオンは、迷いなく頷いた。

「誓おう」

 その答えに。

 私は小さく、微笑んだ。

「……では、よろしくお願いいたしますわ」

 こうして。

 婚約破棄されたはずの公爵令嬢は――

 隣国の皇太子に溺愛される未来を手に入れた。

 そして。

 彼女を裏切った者たちは、すべてを失った。

 ――それが、当然の報いだった。




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