白燐花の旗の下に―ヨハンナ・アピュセル伝 ―
英雄は、いかにして生まれるのか。そして、如何にして消えるのか。
――異界暦1412年編纂。第三史料庫所蔵『異界物語編纂録』より抜粋。
序
彼女は、少しだけ語りすぎたのだ。
後世に編まれた叙事詩は、決まって同じことを語る。
ヨハンナ・アピュセルを戦場へと駆り立てたのは、「神の声」だった、と。
救国の使命。天啓の記憶。神意を直接受け取った選ばれし者。
そうした言葉は、確かに彼女自身の初期の言行録にも記されている。
後の神学者たちはそれを「聖別された神託」「高位存在の直接介入」と分類し、彼女を神話の側へと押し上げた。
そして、その現象が実在したこと自体は、当時の複数の一次資料によっても否定されていない。
彼女は、確かに神の声を聴いた。
この点に関してだけは、記録は驚くほど一致している。
――だが。
彼女自身の言葉は、少し違っていた。
「私は、命令に従っただけです」
そこにあったのは、陶酔でも、甘美な幻視でもない。
彼女が受け取ったのは、具体的で、冷たく、役割を明確に割り振る“指示”だった。
そして何より、それは――拒否することもできた「命令」だった。
戦場に立ち会った者たちは、皆、知っている。
神が彼女に剣を握らせたのだとしても、その剣を振るい、敵の命を断ったのは、他でもない彼女自身の腕と意志だったことを。
奇跡は、常に彼女の背後にあった。
だが、彼女の視線の先にあったのは、血と悲鳴と、取り返しのつかない現実だけだった。
剣を握り、返り血を浴び、泥に倒れた兵士たちの名を――彼女は、最期まで忘れなかった。
神に選ばれた特異点であると同時に、ヨハンナ・アピュセルは、最後の瞬間まで、一人の泥臭い戦士であり続けた。
それこそが、後世の神話が必死に覆い隠そうとした、彼女という英雄の、剥き出しの本質である。
ーーー
第一節 声に導かれて
彼女の名は、ヨハンナ・アピュセル。
フランディア王国西部――地脈の流れが弱く、魔力の恵みもほとんど届かない辺境の農村。
彼女は、そこで生まれ育った。
公的な教育を受けた記録はない。
文字の読み書きもできなかったとされている。
だが、それにもかかわらず、幼い頃から彼女は周囲に、奇妙なことを語っていた。
――神に、呼ばれている気がする。
最初にその証言を書き留めたのは、村に駐在していた巡回祈録官
――エソテリック・オブザーバーだった。
「昨晩、白銀の剣を賜る夢を見ました」
「光の中で、私の名を呼ばれました」
「王都へ向かえ、と告げられたのです」
断片的で、取り留めのない言葉。
だが、それらは当時の王立宗教体系における「典型的な神託のプロトコル」と、不思議なほど一致していた。
祈録官はこの現象を『低位顕現』と分類する。
神意が、個人へとわずかに漏れ出した、稀な事例――そう報告書には記されている。
ただし、重要なのはここからだ。
神の声は、決して親切ではなかった。
予言は与えられず、未来も語られない。
彼女が受け取った言葉は、いつも短く、冷たく、そして重かった。
「行け」
「剣を執れ」
「遅れるな」
理由は示されない。成功の保証もない。その選択が何をもたらすのか――考える責任だけが、常に彼女一人に委ねられていた。
後世の物語は語る。
ヨハンナ・アピュセルは、天啓に導かれ、迷いなく村を捨てたのだと。
聖なる狂信に身を委ねた、選ばれし少女だったのだと。
だが、実際の記録は、まるで違う。
彼女は何度も祈り、何度も立ち止まり、そして、深い葛藤の中で答えを探し続けていた。
離郷を決意したのは、十五歳の春。
その年、フランディア王国は西方の星骸帝国
――アストラル・エンパイアとの全面衝突に突入していた。
戦火は辺境にまで及び、魔力資源は徴発され、成人男性は「契約動員」によって戦場へと送られていく。
村という共同体は、もはや限界に近づいていた。
彼女は、祈った。けれど、神はそれ以上、何も語らなかった。
だから――彼女は、行動を選んだ。
村を救うために。ただ、その方法が、あまりにも異例だっただけだ。
ある夜、ヨハンナは家族に向かって、静かに言ったという。
「私が行きます」
「王都へ辿り着けば……何かが、変わるかもしれない」
それは、神の命令ではなかった。
奇跡でも、天啓でもない。
――彼女自身の「意志」が、確かに生まれた瞬間だった。
ーーー
第二節 旗の下の戦士
王都へと迎え入れられたヨハンナ・アピュセルに対し、中央政府と軍上層部が下した評価は、三つに分かれていた。
――政治的シンボルとしての利用価値。
――異端に触れぬ、神学的な安全性。
――そして、既存の指揮系統に組み込むには、あまりにも危うい実体。
それが、当時の中央府が残した、率直すぎる公式見解だった。
たとえ神託を受けた者であろうと、彼女は門閥貴族ではない。正規の軍教育も受けていない。
聖教会もまた、彼女を正式な聖使徒とは認めず、公的記録上では「聴声者」――
法的権利すら曖昧な、宙ぶらりんな立場に据え置いた。
彼女に与えられた装備は、実に簡素なものだった。
ありふれた鉄剣が一本。
そして、白燐花を象った一枚の軍旗。
それは、徴募兵であれば誰もが受け取る、最低限の支給品にすぎない。
だが、ヨハンナはそれを侮辱とは受け取らなかった。
彼女は黙って剣を握り、旗を背に負い、自ら最前線へと歩み出た。
ヨハンナ・アピュセルの戦い方は、後世の伝説が語るほど派手でも、奇抜でもない。
魔法は使わない。
高価な魔導具にも頼らない。
ただ、鍛え抜かれた体と、研ぎ澄まされた剣技だけ。
敵兵にとって彼女は、聖女でも英雄でもなかった。
ただ――異様なまでに倒れない、
「異常に強靭な一個体」でしかなかった。
だが。
同じ泥を踏み、同じ死線に立つ味方の兵たちにとって、彼女の姿は、まったく違って映っていた。
ヨハンナは、一度として退かなかった。戦況が崩れても、命令が途絶えても、彼女は必ず、前線の起点に立ち続けた。
その名を一躍、全土に知らしめたのが、戦略的要衝――「希望の都市オル=レアンテ」の攻防戦である。
オル=レアンテの陥落は、フランディア王国西方防衛線の崩壊を意味し、星骸帝国による王都侵攻を現実のものとする――
まさに、分水嶺だった。
当時、その都市を守っていたのは、消耗しきった辺境の混成小隊。
そして、その実質的な現場指揮を担っていたのが、ヨハンナ・アピュセルだった。
開戦直後、駐屯していた上級騎士たちの多くは、籠城を主張した。生き残る確率を上げるために。
だが、彼女はその判断に、静かに、しかし明確に異を唱えた。
「民を守るために、剣を隠してどうするのですか」
それは、兵法の定石から見れば、無謀とも言える正論だった。
彼女は制止を振り切り、わずか数百の寡兵を率いて、包囲する敵陣の正面へと打って出た。
結果、包囲は崩れ、オル=レアンテは守られた。
返り血に染まった白燐花の旗の下、彼女は歓喜に沸く市民たちの、怒濤のような歓声に迎えられたという。
正規の援軍が到着する前に、たった一個小隊が帝国軍を退けた――
その事実は、全軍に戦慄に近い衝撃を走らせた。
当時の報告書は、彼女の戦闘を「魔法に匹敵する奇跡」と記している。
だが、それは誤読だ。
彼女は、ただ剣を振るい、物理的に敵を斬っただけだ。
誰もが目を疑うような超常現象は、どこにも存在しない。
しかし――
彼女が戦場にもたらした「精神的な作用」は、いかなる大規模破壊魔法よりも、はるかに強力だった。
ヨハンナ・アピュセルは、兵たちの魂の根底を、真正面から掴み取った。
彼女の行動原理は、極限まで単純だった。
――敗北すれば、すべてが終わる。
ただ、それだけ。
奇跡に縋らず、甘い希望も語らない。
勝つために必要な一手を選び、最期まで、その場を動かない。
その岩のような一貫性が、死を恐れる兵たちの胸に、消えることのない火を灯したのである。
ーーー
第三節 王への道
オル=レアンテ奪還という転換点の直後、ヨハンナ・アピュセルは、周囲の予測を裏切る提言を行った。
――全軍、即時進軍。
それは王命ではない。参謀本部が描いていた既定路線でもなかった。純然たる、彼女自身の戦術的判断だった。
当時のフランディア王国軍上層部は、慎重論一色だった。戦線は膠着し、補給線は限界まで伸び切っている。加えて、王家内部では熾烈な権力闘争がくすぶり続けていた。
今は守りを固めるべきだ――それが、理性的な判断だった。
だが、ヨハンナは退かなかった。
「王は、戦いの中でこそ戴冠されなければならない」
この言葉が、彼女自身の直観だったのか。
あるいは、再び神の声が降りた結果だったのか。
今となっては、誰にも断じることはできない。
教会の公式記録はこう記す。
――神託が、再び彼女に与えられた。
一方、前線の将帥たちが残した私信には、まったく違う言葉が並んでいる。
――彼女は、抗いがたい意志の力で会議を制圧した。
いずれにせよ、彼女は独断で暴走したわけではなかった。
既存の戦略枠組みを逆手に取り、数字と理屈で裏打ちされた進軍計画を提示し、最終的に、軍そのものを動かしたのである。
その後の進軍は、過酷を極めた。
星骸帝国軍との泥沼の連戦。
枯渇する物資。
飢餓と疲弊が、兵たちの足を絡め取る。
それでも彼女は進んだ。
帝国の心臓部――ヴィガントリエを目指して。
白燐花の旗は、各地の激戦区に翻った。
それはもはや、抽象的な神意の象徴ではない。
最前線において、「ここは崩れない」と示す、実利的な座標として認識されるようになっていた。
この頃から、ヨハンナ・アピュセルの名は、正規の軍令文書にも頻繁に記載されるようになる。
にもかかわらず――
彼女に、騎士爵も、正式な階位も与えられなかった。
彼女は将ではない。
貴族でもない。
ただ、「最前線に在る者」として、組織の内部に存在し続ける異物だった。
編纂者が注視すべきは、もう一つの変化である。
この時期を境に、彼女が「神の声」に言及する頻度が、著しく減少している。
初期の彼女は、あらゆる行動の根拠を神に求めていた。
だが、オル=レアンテ以降、彼女の口から語られるのは、徹底して現実的な言葉ばかりだった。
――兵站の最適化。
――布陣のタイミング。
――機動力の確保。
それらはすべて、「人」の次元に属する判断だった。
神が沈黙したのか。
それとも、彼女が神を必要としなくなったのか。
現存する史料は、この問いに答えを与えていない。
ただ一つ、確かな事実がある。
神の声という支柱を失った(あるいは捨てた)後も、
彼女は、勝ち続けた。
いくつかの戦闘詳報には、彼女が戦列に加わるだけで、兵士たちの生理的恐怖が抑制され、部隊運用が安定したと記されている。
指揮系統が断絶した極限状態でも、白燐花の旗が揺らがない限り、戦線は決して瓦解しなかった。
これは奇跡ではない。
繰り返された勝利と、常に死線に留まり続ける彼女の姿が積み重ねた、狂信に近い「信頼」の集積だ。
だが、皮肉なことに――
彼女が人間的な判断に徹するほど、周囲は彼女を神格化していった。
「白燐花の旗の下では、致命傷も塞がる」
「彼女の陣には、死神さえ近づけない」
根拠のない流言は、戦場から王都へ、そして全土へと広がっていく。
彼女自身は、それらを冷静に否定し続けた。
「神は、勝敗を決定しません」
「勝機を掴むか否かは、私たち自身の行動次第です」
だが、その真摯な言葉すら、英雄譚を欲する大衆にとっては、「謙虚な聖女」という偶像を補強する材料にすぎなかった。
勝利を重ねるほど、彼女の生身の言葉は、熱狂の渦の中で、届かなくなっていった。
この時期、ある激戦の直後に、彼女が古びた祈祷所を訪れたという記録が残っている。
夜を徹して、跪いていたという。
だが、その祈りの内容は、どこにも記されていない。
ただ、神殿書記官の手による、短い書き付けだけが残されている。
――「声は、応えなかった」
それでも翌朝、彼女は何事もなかったかのように、再び戦列へと戻った。
神の沈黙は、彼女にとって戦線を離れる理由にはならなかったからだ。
彼女は剣を執り続けた。
神の恩寵のためではない。
この終わらない戦いという現実を、終わらせるために。
節の末尾には、後世の編纂者による一文が添えられている。
神が沈黙した後も、彼女は戦い続けた。
ゆえに人々は、彼女を「神の使徒」ではなく、「勝利そのもの」という名の呪いとして呼ぶようになったのである。
ーーー
第四節 王の傍らに立つもの
星骸帝国の首都ヴィガントリエが陥落したことで、大陸の覇権は、疑いようもなくフランディア王国へと戻った。
だが、その軍事的勝利は、同時に封じ込められていた猛毒を、再び表舞台へと引きずり出す。
――王権の正統性。
当時の王都には、複数の王位継承候補が割拠していた。
血で血を洗う内訌は水面下で続き、「誰の勝利なのか」という問いこそが、次なる戦場となっていたのである。
その天秤の中央に、本人の意思とは無関係に据えられたのが、ヨハンナ・アピュセルだった。
彼女は王家の血を引かない。
門閥貴族でもなく、教会の位階も持たない。
それでも――
白燐花の旗の下で帝国を打ち砕いたという事実が、彼女を「王を選び得る唯一の媒介者」という、あまりにも危険な地位へと押し上げていた。
王都評議会は紛糾した。
保守的な貴族たちは言う。
「彼女を神の代弁者として公認すべきだ」
「王を導く、聖なる指針とするべきである」
だが、法と現実を重んじる官僚たちは、冷ややかに反論した。
「制御不能な神託を王の傍らに置くことは、法による統治を形骸化させ、王権そのものを危うくする」
議論の果てに選ばれたのは、あまりにも冷徹で、あまりにも巧妙な折衷案だった。
ヨハンナ・アピュセルは、新王の傍らに立つことを許された。
だがそれは、「権能」としてではない。
徹底して――
「象徴」として、である。
官職は与えられない。
領地も、爵位もない。
彼女はただ、戦場を終わらせた装置として、戴冠式の列に組み込まれた。
この儀式は、後に歴史家たちによって「戦場戴冠」と呼ばれることになる。
新王が玉座に就いたとき、その背後には、確かに白燐花の旗が翻っていた。
この不可解な配置について、後世の史家たちは、今なお議論を止めていない。
それは神意の可視化だったのか。それとも、民衆の熱狂を王権に接続するための、計算され尽くした政治的演出にすぎなかったのか。
当時の一次史料は、この問いに対して、奇妙なほど沈黙している。
戴冠の日、王都は異様な空気に包まれていた。冷たい静謐と、爆発寸前の熱狂が、同時に存在していた。
戦乱の終焉が宣言され、新たな秩序の主が誕生する。
ヨハンナ・アピュセルは、確かにその場にいた。
王の正面ではない。
諸侯に囲まれた華やかな壇上でもない。
参列者の列の、最端。
公式記録官の視界から、意図的に外されたかのような、影の濃い場所に。
戴冠の儀は、澱みなく進んだ。
祝詞が唱えられ、黄金の冠が掲げられ、
新王の名が、世界に布告される。
その瞬間――
彼女は、静かに跪いた。
それが神への最後の祈りだったのか。
あるいは、自らが背負わされていた役割の終焉を、噛み締めていたのか。
残された記録は、彼女の内面までは語らない。
ただ、確かなことが一つだけある。
王が冠を戴き、一つの時代が完成した、その刹那。
ヨハンナ・アピュセルという名の英雄は、確かに、そこに居合わせていた。
そして――
儀式が終わり、万雷の歓声が王都を揺らしたとき。
白燐花の旗だけを遺して、彼女の姿は、その場から掻き消えていた。
ーーー
第五節 去りゆく戦士
戴冠の翌日。
王都は、まだ祝宴の余韻に浮かされていた。
目抜き通りには無数の旗がはためき、そのほとんどに、白燐花の紋章が描かれている。
かつて彼女が戦場で掲げたその旗は、今や勝利と平和の象徴として、都中に溢れていた。
人々は笑い、歌い、新たな王の治世に疑いを抱くことはなかった。
戦争は終わったのだと――誰もが信じていた。
その熱狂の中で、ヨハンナ・アピュセルの名もまた、幾度となく称えられていた。
だが。
彼女が今どこにいるのかを、正確に答えられる者は、王宮の奥深くにすら存在しなかった。
王城の公文書には、こう記されている。
戴冠式の翌日、彼女は新王への公式謁見を要請されていた。
救国の英雄にふさわしい勲章と、永世に渡る地位が与えられる予定だった、と。
しかし――
定められた時刻になっても、玉座の前に彼女が現れることはなかった。
代わりに残されたのは、一人の門番による、あまりにも簡素な報告だけだった。
「白燐花の旗が、西の城門に立て掛けられていました」
それだけだ。
誰と共にいたのか。何を持ち、どこへ向かったのか。そのすべては、記録されることなく、歴史の闇へと溶けていった。
地方の年代記には、修道院に入ったと記すものもある。辺境の村へ帰ったのだという話もある。
名を隠し、再び戦場を巡って弱き者を救い続けた――そんな英雄譚めいた噂さえ残っている。
だが、それらはいずれも確証を欠いた、希望混じりの推測に過ぎない。
確かな事実は、ただ一つ。
戴冠という「政治的な終着点」を境に、ヨハンナ・アピュセルは、歴史という名の物語から完全に姿を消した。
王国はその後も存続した。
新王は内外の問題を鎮め、国は安定した繁栄を手に入れる。
白燐花の旗は、やがて王国そのものを象徴する国章となり、揺るぎない権威を得た。
だが――
その旗を最初に掲げ、泥にまみれて戦った者の名は、皮肉にも、時と共に薄れていった。
物語の中の彼女は、「神の使徒」として飾られ、神学の世界では「奇跡の具現」として祀り上げられ、時には、その戦果のあまりの非現実さゆえに、最初から存在しなかった幻とまで扱われた。
後世の編纂者は、ここで静かに筆を止めている。
――彼女は王を生み出したが、自ら王座に就くことはなかった。
――国を救ったが、その国に居場所を求めることはなかった。
それ以上の評価は、書かれていない。
戦い続けた戦士にとって、戦いが終わった世界は、もはや留まる場所ではなかったのだろう。
神の声が、再び彼女に届いたのか。
それとも、あの日を最後に、永遠に沈黙したのか。
それを知る者はいない。
ただ、断片的な記録を繋ぎ合わせる限り――
彼女は最後まで、自らの足で歩き、自らの意志で、歴史の舞台から立ち去っている。
ヨハンナ・アピュセルは、完成された英雄として終わることを拒んだ。
ただ一人の戦士として、その役割を果たしきり、そして、物語の外へと去ったのだ。
――『異界物語編纂録』抄「戦い続けた戦士 ― ヨハンナ・アピュセル伝 ―」了




