02
戦いは、まるで衆人環視の只中で行われるコロッセオの剣闘士試合を思わせた。
もっとも、周囲を円で取り囲むのは死人ばかり。この状況は、ある意味でホラーかもしれない。
「うそ……。パワーであたしが圧倒できない?」
幾度の打ち合いを繰り返したあと、ミカ・ローストがとまどうように、つい声を漏らした。
【力】にはふたつの意味合いがある。ひとつは瞬間的な最大出力、要するにピークパワーである。もうひとつはそれを維持しつづける継続性。ようするにフルスロットルをどこまで踏み続けることができるかだ。機械であろうと肉体であろうと限界を超えれば機能は停止する。人間で言えば負傷で、マシンなら故障。V8が最後に敗れ去ったのは、自身のパワーに機構が耐えきれず、出力を途中から大幅に落としたせいだ。その最大の理由はエンジンが焼き付けを起こし、燃焼不良を頻発するようになってしまったから。
「この環境でここまで動くの……?」
繰り返し刃を交えながら、ミカが相手の途切れぬ集中力に感嘆した。
照りつける陽光。つづく緊張。紙一重の攻防はいやでも互いの神経をすり減らす。
人ではない擬人化姫とて、【人形】を模している以上、その長所と短所は似たようなものになる。
動けば熱を発し、計器や判断を狂わせてエラーを起こす。そこに隙が生じる。
「狩りの中で獣たちは何時間でも、たった一度のチャンスをじっと待つことができる。それはあたしも同じ……。疲れた隙を突こうとしているのなら残念だけど無意味よ」
なおも黒い刃の穂先でミカを牽制しながら、少女は眼光鋭く敵を睨めつける。その瞬間、柄の反対側に装着されている象牙が光り輝いた。医療神アスクレピオスの力を宿した、癒やしの力を持つ【ホワイトスネイク】。光はルッキオーネの身体から熱と疲れを吸収し、英気を養う。
「こいつ……。自動回復持ちなの? そんなのずるいじゃない」
得物の効果を目ざとく見咎め、死者の女王は思わず悪態をついた。
といっても、こいつはこいつで自身の神である冥府神の効果により、極限まで肉体の疲労を低減し、限界を超えた可動域で非現実的なパワーを発揮できているのだ。どちらがチートかと問われれば、どっちもどっちとしか言いようがない。
「ああ、もう面倒くさい! さっさとあたしに倒されちゃってよ!」
癇癪を起こしたようにミカが大きくチェーンソーを振り上げ、突撃を開始する。
相手の様子を冷静にうかがい、槍を構えて応戦の手筈を整えるルッキオーネ。だが、嫌な予感。違和感が心をざわつかせた。気づいたときには、体のほうが自然と反応している。
手にした槍を縦から横に持ち替え、とっさに防御態勢を構えた。不審に思ったのは、ミカが持ち上げたチェーンソーの回転がこの瞬間には静止していたからだ。
なぜか。別に不思議なことはなかろう。
相手がアクセルトリガーから指を離したからだ。どうして? ここが重要。敵の真意はすぐに判明する。勢いをつけてチェーンソーを振り下ろした褐色の肌の少女。だが、目測を誤ったのか、刃の先端は相手のはるか手前で深く地面に突き刺さった。
「くそっ……!」
歯噛みをして悪態をつくミカ・ロースト。
だが、その態度は欺瞞に満ちている。少なくともルッキオーネは、これ幸いと相手のミスに乗じて攻勢をしかけるほど迂闊ではない。
「なんてね!」
思ったとおりに冥府神の擬人化姫は怪しげな笑みを表情に浮かべ、真の狙いを発動させる。
突き立てたチェーンソーを軸に身を浮かせ、その勢いを載せたまま足を大きく伸ばした。狙いはひとつ。相手の胴体を蹴り飛ばそうとしていたのだ。大型の医療機器すら一撃で弾き飛ばす彼女である。比較して、小柄な部類に入るルッキオーネなど、抵抗する暇もないはず……だった。
「なんだと?」
ビーチサンダルを履いたミカの脚を長槍の柄で受け止めたルッキオーネ。だが、それだけではさすがに衝撃を吸収しきれず、身体が後方へと浮く。うしろにはゾンビたちが立ちはだかるようにふたりを囲っていた。
ミカ・ローストの目論見はここでハッキリした。
V8のときと同様に搦手で敵を捕縛し、動きを封じてからとどめの一撃をくわえようとしていたのだ。
「ま、無駄なあがき……え?」
勝利を確信しかけた瞬間、女の子の顔色がにわかに曇る。
ルッキオーネの浮いた身体。だが、彼女は手にした長槍の先をとっさに大地へ突き立てた。柄を支点にして、体勢を宙で入れ替える。勢いを落とすことなく、うしろで待ち構えていたゾンビの顔面に飛び蹴りをお見舞いした。その威力に亡者が周囲を巻き込み、まとめて吹っ飛んだ。
鮮やかな体術で着地を決めるルッキオーネ。同時に長槍で周囲を一度、薙ぎ払い、みずからの掣圏を無言に示す。
スッと立ち上がり、ふたたび相手に向かって穂先を向けた。ミカの狡猾さに対し、決して折れない戦意。敵のやり方を同じように利用して、窮地を脱する機転の良さ。あまつさえ不退転の決意を示し、煌々とした眼差しで前を向く。
「やってくれるわね。目がいいだけじゃなく、反応もケタ違いってわけ……」
どす黒い感情をそのまま表情に浮かべ、ミカ・ローストが憤怒を孕んだ声を漏らす。両者の激闘はまだここからがようやく佳境。
視線の先には亡者の群れ。
その中心にポッカリと空いた円形の空間。
囲みの中ではふたりの擬人化姫がしのぎを削って覇を争う。
戦場を見下ろす高い位置。そこにひとりの少女がいた。
明るい陽の光のもとできらめく栗毛色のクセひとつない長い髪。袖口が大きく広がった白いドレスに身を包み、衣装には金の縁取りが全体に装飾されている。
女の子は眼下に広がる光景を沈痛な面持ちで見ていた。怒りではなく、悲しみの目。密集するゾンビたちのせいで大地は汚れ、草原は腐食されていく。
「あなたたちは……なぜ、そうまでしてこの星を汚すの?」
彼女の疑問に答える声はどこにもなかった。