04
雨粒が敷地内のすべてを濡らしていた。
暗がりに灯された四筋のヘッドライト。
モーターズのボルトとマックは人知れず、ジャンクヤードの中でV8の救出を画策していた。
「クソ! ガレキが邪魔でV8の姿が見えない!」
崩れたスクラップの隙間をヘッドライトで照らしながら、ボルトはいまいましげにつぶやく。
二台はミカ・ローストとその眷属がこのあたりから完全に気配を消すまでの間、エンジンを停止して他の廃車に紛れ込んでいた。
【死んだふり】で、難を逃れていたのだ。
「あんまり、乱暴に動くなよ。もう一度、山
が崩れたら今度はお前がペチャンコだぜ」
相方に背を向けた状態でマックが注意をうながす。荷台の下からはウインチに繋がれたチェーンが長く延び、その先端のフックはボルトのフロント側ボンネットカバーに続いていた。
「うおおおおおおっ!」
突如、驚いたようにボルトが叫び声を上げる。
「どうした?」
「ゾ、ゾンビの手が目の前で動いている……。あっ! み、見つけた! これ、V8の足だ!」
ボルトの視界に映る機械のようなブーツ。雨に濡れ、ライトの光に照らされた金属が艶めかしく輝いている。
「本当か! じゃあ、どこでもいいからフックを掛けてくれ。あとは自分が引っ張り出す」
相手の声にマックがすかさず指示を飛ばした。
「よ、よいしょっと……。オーケー! 両足に絡めてから、くるぶしの隙間に引っ掛けたぞ」
「よくやった! あとは任せろ。いくぞぉぉっ! オーエス! オーエス!」
気合の掛け声と同時に直列三気筒DOHC六六〇CCの発動機が唸りを上げる。低トルクで生み出されたパワーは4WDの足回りへ確実に伝わり、四つのタイヤはしっかりと大地をつかむ。ワイヤーロープのテンションが
強く張り詰め、ゆっくりと確実にタイヤが回り始めた。
「あと少しだ! がんばれ、マック!」
じりじりと引きずり出されてくるV8の本体。
「ぬおおおおおっ!」
気合一閃。限界を超えてアクセルを噴かすと、ガラクタの山の中から一気に少女の肢体が飛び出す。同時にスクラップの塊が大きな音を立てて潰れていった。
「やった! やったぞ!」
崩落に巻き込まれないようタイミングを合わせて後方に難を逃れたボルト。
すぐにV8の脇へ車体を近づけ、彼女の様子を確かめる。少し遅れてマックもやってきた。
雨に濡れた髪。血の滲んだドレス。
それでもまだ擬人化姫は生きていた。息は荒く、苦悶に表情は歪んでいる。
「……良かった。まだ、生きてる」
少女の容態に安堵するマック。
それとは対象的にヘッドライトに浮かぶまぶたを閉じ、悲しげな様子のボルトが絞り出すように声を発した。
「ごめん……ごめんよ、V8。君がひとりで戦っている間、おれは何もできなかった……」
その言葉は懺悔であるのか、あるいは後悔なのだろうか。
ライトの表面を流れる雨はまるで彼の流した涙のようだった。
降りしきる雨の中、路上に浮かぶ二組のライト。路面に溜まった雨水を跳ね上げながらどこかへ急いでいる。
マックは軽トラの荷台に傷ついたV8を乗せ、街のウエストサイドへつながるバイパスを疾走していた。その隣ではボルトが慎重な面持ちで並走している。両者の間に会話はなかった。
ほどなく、二台は目的の場所に到着した。
レンガ造りの高い壁に囲まれ、鉄格子で作られた両開きの門扉。固く閉ざされた入口の手前で停車し、ボルトがまずはクラクションを鳴らす。
「ハニービー! ぼくだよ! すぐに診てもらいたい仲間がいるんだ。ここを開けて!」
よく通る声で開門を要求する。間もなく、だれが力を加えるわけでもなく、自動で重い鉄格子が開いていった。
広い敷地の奥に向かって発進する二台。
タイヤ痕だけが残る敷地の入口。門のファサードには建物の名前を刻んだ銘板が掲げられていた。書かれていた文字は『Radiation Autumn』。