02
街外れにある大きなジャンクヤード。敷地内には、うず高く積まれたスクラップが危ういバランスでいくつもの山を作っている。
フェンスの外側。トラックの搬入口付近に姿を現した二台のモーターズ。宵闇に残るかすかな明かりを頼りにして、中をのぞき込んだ。
「どうだ、見つかったか?」
マックがすぐ隣りにいるボルトへ問いかける。
「……うーん。ガラクタだらけでよく見えないな」
半眼状態に瞳をこらしながらボルトがつぶやいた。その動きに意味があるのかどうかはわからないが、陰った陽の光は弱々しく、空には怪しい雲が近づきつつあった。
「ん? あれは……」
廃棄されたゴミの中に異質な存在を認めたボルト。視界に捉えたのは、真紅のドレスを身にまとったひとりの少女。スクラップの上に身体を横たえたまま、いまも眠りつづけている。
「見つけたぞ! あれがおれたちのお姫様だ!」
嬉々として擬人化姫の確認を伝えたボルト。そこにもう一台の声が被さる。
「お、おい……。何だ、あれは? ガレキの上にだれかいるぞ」
マックが自分たち以外の存在を見つけて警戒をうながす。暗がりにうごめく謎の人影。その数はひとつふたつではない。気づけば、このヤード一帯を囲むほどにその影はいたるところから顔をのぞかせていた。
「見ろ! V8が目が覚ますぞ!」
相手の動揺など意にも介さず、ボルトが叫んだ。声と同時に少女のまぶたが開き、半身を起こす。彼女は炎神アグニの擬人化姫、【プリンセス】V8。
肩口に切り揃えられた赤髪。頭には金のティアラが飾られて、ドレスには両肩から腕にかけて一本の白いラインが入っていた。
ゆっくりと、少し気だるそうな感じでV8が立ち上がった。ドレスの各所に付けられたFRP製のアーマー。両手足のグローブとブーツは人というよりは機械の身体であった。腰に巻かれたベルト。バックル部分には一本のスロットルレバーが装着されている。そして、抜きん出て少女の異様さを象徴しているのは、背中に担がれたむき出しの並列八気筒エンジン。付けられたバッチには『ROCKATANSKY』の文字。V8が立ち上がると同時に重低音でアイドリングを響かせる。
「お、おい! 何だよ、あれは!」
擬人化姫ばかりに注意を奪われているボルトへ向かい、マックがいよいよ声を大にして叫んだ。同時にヤードを取り囲んでいた照明灯が何者かによって一斉に点灯する。
光の中に浮かび上がる怪しい人影。
スクラップの山の向こうからV8を取り囲むように出てきたのは亡者の群れであった。
土気色の肌。輝きのない瞳に破れかけた衣類。乱れた頭髪。
そいつらは虚ろな目で擬人化姫をとらえると、一斉に瓦礫の山から駆け下りてきた。時折、バランスを崩して坂を転げ落ち、折れた手足をブラブラさせながら標的に迫る個体もいた。
「あれって『人間』なのか……? でも、人類なんてとっくにいなくなったんじゃないのかよ」
本物の人間を一度も見たことのないモーターズがとまどいもあらわにつぶやく。
「それがなんでV8を襲うんだよ!」
理解しがたい状況の推移に二台は焦るばかり。だが、当のV8は表情ひとつ変えるでもなく、すぐそばにあったトレーラーの残骸から銀色のバンパーを手でむしり取る。そのまま、もう片方の腕でアクセルレバーを大きく回した。アクションに背中のエンジンが激しい咆哮で答える。途端、手にした金属片が強く発光し、大きく形を変える。両手持ちの大剣。バンパー刀、『ステンレスエッジ』であった。
「危ない! V8!」
一体のゾンビが擬人化姫のすぐ近くに迫った。力なく両腕を前に伸ばし、組み付いて彼女の首筋に噛みつこうとしているようだった。
――一閃。
ステレスエッジを横に振り抜き、上半身を頭もろともに切り捨てる。
戦いが始まった。押し寄せる死者の群れを華麗な剣技で次々に屠るV8。
「すごい! すごいぞ! あれだけの数の敵に囲まれても全然、平気だなんて!」
「というか、あいつらは一体、何者なんだよ……」
ヒロインの活躍に興奮しきりのボルト。その横で至極、ごもっともな疑問をマックは口にする。
実際、亡者どもは尽きることなく次から次に現れてはV8に倒されていく。まるで、本当の目的は相手を疲弊させることで、奴らはただの捨て駒……にも見えた。
「ん? なにか聞こえるぞ」
耳ざとく反応したボルト。聞こえてきたのは、V8のエキゾーストパイプから流れてくるフォーストロークの力強いエンジン音ではない。もっと回転数の大きいツーストロークの甲高い響きだった。さらにはそこへチェーンが高速で運動する異様な金属音が混じってくる。
「ボルト、スクラップの上にだれかいる! ほかと違うぞ」
新たな人影を認めたマックが相方にそう伝えた。声にボルトの視線がガラクタの山の上へ再度、向けられる。
そこに見出した存在。現れたのは、別の擬人化姫だった。