素晴らしいこと
今回も続きです。それで良ければどうぞ。
廊下は薄暗く、夜の静けさが屋敷を満たしている。
廊下を歩きながら、ルナティナはエドガーの背中を見つめていた。まっすぐ。無駄な揺れもない。
怒っているときほど、彼の歩き方は整いすぎている。
小さく息をのみながら、ルナティナは口を開く。
「……エドガー、その……」
「お嬢様。まずは部屋にて伺います」
ルナティナは横目で彼を見る。
……やばい。これは本気のやつ。
屋敷の一室――執務室に入ると、エドガーはゆっくり扉を閉めた。その音が、妙に重い。
緊張感が“執事としての職務”そのものだった。
その表情は穏やかだが、瞳だけが真剣そのもの。
「そこにお座りくださいませ」
促され、ルナティナは椅子に腰を下ろす。
エドガーは机越しではなく、あえて真正面に立った。
――逃がさない距離。
「……お嬢様」
「は、はい」
「本日は、お嬢様の行動について……僭越ながら申し上げたいことがございます」
丁寧な言葉なのに、逃げ場がない。
エドガーは一歩近づく。
その動きだけで、背筋が伸びてしまう圧がある。
「まず。お屋敷を離れられた際のご報告がなかった点」
「……」
淡々と、しかし厳しく。
「次にトリス様を、あの状態でお一人にしていかれた点」
ルナティナの肩がびくりと揺れる。
「あ、あれは……!」
「お気持ちは理解しております」
エドガーは声を張らない。
張らないのに、胸の奥に刺さる。
「お嬢様は、誰かを助けたいと思えば即座に行動なさる。それは素晴らしいことでございます」
一呼吸。
「ですが……“守られる側”が、お嬢様を失う恐怖を抱くことを、どうか忘れないでくださいませ」
ルナティナはぐっと言葉をつまらせた。
静かな声だった。言葉に詰まった。
「でも……ミレイナを送っただけで……」
「では、お嬢様。ひとつ伺います」
エドガーの瞳は、いつもより冷たかった。
「お嬢様は、ご自分が“誰かにとって光である”ということを、理解しておいでですか?」
胸がドキリと跳ねた。
「……光?」
「あのトリス様も、ミレイナ嬢も、そして私も。
お嬢様がいなければ、道を見失っていた方々ばかりです」
淡々と告げる。
「その“光”が、理由も伝えずふらりと姿を消したら……残された者がどうなるか、想像なさいましたか?」
ルナティナの指がぎゅっと握られた。
「だって……心配させるつもりじゃ……」
「意図の問題ではございません」
エドガーの声は、少しだけ鋭かった。
「お嬢様は、多くを救ってこられました。
その結果――“お嬢様がいれば大丈夫”と信じる者が増えました」
彼は歩み寄り、ルナティナの前に膝まづく。
その姿勢は従者のようで、しかし言葉は鋭く刺す。
「ですがお嬢様。誰かを救えば救うほど、“お嬢様が倒れたときの重さ”は増すのです」
――心臓が痛いほど、静かな声だった。
ルナティナは言い返せなかった。
「お嬢様の無自覚こそが、もっとも危険なのです」
エドガーは、まっすぐに見つめてくる。
「ご自分が誰にとって、どれほどの存在なのか。
時に、それを自覚していただかねばなりません」
沈黙。重い。
そして――彼はほんの少しだけ、目を伏せた。
「私は……お嬢様を守りたいのです。
ですが、守るべきご本人が危機に無自覚では……どうしようもございません」
淡々としているのに、確かな痛みが含まれていた。
ルナティナの胸を、きゅっとつかまれるような感覚が走る。
「……ごめん、エドガー」
小さく絞り出すと、エドガーはゆっくり立ち上がり、深く頭を下げた。
「おわかりいただければ結構です。
お嬢様を叱るのは……決して、気持ちが良いものではございません」
その言い方が、逆に刺さった。
本気で心配して、叱っている。
“叱りたいんじゃなくて、守りたいから言っている”のが痛いほど伝わる。
ルナティナは視線を落とし、息を吸う。
「……わかった。次からは……勝手なことはしない」
「ええ。お約束くださいませ」
エドガーの声が、ようやく少しだけ柔らかくなった。
沈黙のあと、ルナティナはふっと気を抜く。
「……でも今日、ずっと怒ってた?」
「怒ってはおりません。
ただ、お嬢様が無事だったことを確認した瞬間……全身の力が抜けただけでございます」
「……怒ってるじゃん」
「怒っております」
即答だった。
ルナティナは思わず笑ってしまい、エドガーは小さくため息をつく。
エドガーは続ける。
「……お嬢様が無事に戻られたこと、自体は……心より安堵いたしております」
「ですが、お嬢様がどれほど強くとも、無傷で帰ってこられる保証はございません。“無事に帰る”という約束は……誰にとっても、何よりの救いなのです」
エドガーは深々と頭を下げた。
「そっか……ありがとう」
「いえ。私は、お嬢様の執事でございますので」
「どうか……どうか、無茶をなさらぬよう。
私は、お嬢様を失いたくないのです」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
ルナティナは静かに頷いた。
少し笑って、エドガーは扉を開いた。
「……本当に、手のかかるお嬢様です」
ルナティナはそっと微笑み、執務室を出た。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
ギャグ回書きたい!なんでこんなに重いんだ!
皆さんお久しぶりです。投稿するの躊躇ってたら、こんな日に投稿になりました。ゆっくり出来ませんでした。
私が皆さんを待たせてるのが申し訳ないです。そろそろ冬休みなので、頑張りはします。
作者の我儘に付き合ってもらおうかな?
次、冬らしいことがありそう〜ですね。




