取引完了
今回は、トリス編戻ります。
それで良ければどうぞ!
空気が一気に重くなる。裏トリスは笑っている。
でも目だけは笑っていない。獣の目になってる。
「……あなた。随分と、面白い真似をしてくれますねぇ」
影が床にぽたぽた滴る。
液体みたいに揺れて、私の足元へ伸びてくる。
――くる。ここから本気。
私は剣を抜く。
同時に背中から鳥肌が立つほどの悪寒が走った。
「返してもらうよ。トリスの身体」
「はは。返す?返すですって?」
裏トリスは肩を震わせて笑う。
「あなたのくれた殻の魔力のおかげでね……
本体の位置が少しだけ見えましたよ。胸の奥……ねぇ?」
やば。聞いていやがった。
でも、その瞬間――
頭の奥で本物のトリスが叫ぶ。おーまだ聞こえるのか。
……怯むな……!
あいつは半分しか聞いてねぇ……!
核の正確な位置は……オレしか……!
なら押し切る。
私は息を吸って、一歩踏み込む。
「へぇ、分かったつもりなんだ?さすが偽物〜!」
裏トリスの笑顔がぴたりと止まる。
「……偽物?」
「そうだよ。だって本物は――ちゃんと名前で呼んだもん」
私は胸に手を当てて微笑む。
「トリスは、私を呼んだよ。
ルナティナって。あなたじゃなく、本物がね」
裏トリスの眼がぐにゃりと波を打つ。
怒りか、それとも恐怖か。
「……黙れ」
影が一気に爆ぜる。
床から十本以上の刃が飛び出し、私を串刺しにしようとする。でも、私もバカじゃない。
スキル使うか。
「浮遊!」
身体が軽くなり、その場でひらりと舞い上がる。
影の刃がギリギリで空を切った。
裏トリスが舌打ちする。
「小癪な……!」
「今さらでしょ?」
空中から一気に降下し、剣に魔力を乗せる。
光が走る。剣先がうっすら桃色に輝く。
――偽物の魔力でも、技にする分には十分。
影の防壁に向かって剣を叩き込む。
金属じゃない。けど硬い。ぶつかり合うたびに、空気が震える。裏トリスは余裕を取り戻したように笑った。
「殻の魔力だけでそんな芸当……皮肉ですねぇ。
本物のあなたの力がどれだけか――想像するのが楽しい!」
影の壁がぶわっと破裂し、
黒い触手のような影が四方から襲いかかってくる。
多すぎ。キモイ。
考えるより早く身体が動いた。
私は右へ転がり、直後に影の槍が地面を貫いた。
――急がなきゃ。
私は剣を握り直す。裏トリスがニヤッと笑い、
指先を胸に当てた。
「狙いはここ、ですか?」
わざと――見せつけるように。
「残念ですが、そう簡単には触らせませんよ」
影が彼の胸の前に幾重にも重なり、
硬い鎧のように覆われていく。
本物の声が震える。
……あれ……が……殻だ……何重にも……固めてる……
でも……お前なら……割れる……ルナティ……ナ……頼む……!
私は深く息を吸った。
私は魔力を練り上げる。胸の奥でざわりと魔力が反転し、色が反転する。
光が吸い込まれ、代わりに影が指先からあふれた。
闇属性へのチェンジ。つまり、あいつに任せる。
「おや……あなた、その力……まさか切り替えができるとは」
「知られたくなかったんだけどね〜?チェンジ」
……核を……抜け……オレが……ッ
時間は少ない。けど、焦っても負ける。
暗い通路の向こう、黒いマントを揺らしながら歩いてくる男。茶の髪が黄緑の光をまとい、その瞳だけが静かに戦場を見据えている。
此奴は確かフィシリア。
歩幅はゆっくり。
「お前は……フィシリア」
「遅れてしまいました。主人、大丈夫ですか?」
何だこの状況は? あー?アイツが敵で、こっちは味方?敵はトリスという?面倒いからトでいいだろ。
此奴、初めて会った時よりも成長してるな。
トは舌打ちした。
「勇気あるじゃないか、小僧」
「ええ。僕は、主人の命令より強い理由でここに来ていますから」
その言葉にトが眉を上げ――
フィシリアは、ちらりとこちらに目を向け、
ふわりと微笑む。
「……心配でしたので」
こんな時に何言ってんだこの男……!
「小僧……消す」
影が渦を巻き、トリスの背後で黒い腕を作り上げる。
フィシリアは瞬きひとつせずに呟いた。
これ、出る幕もないじゃないか?
「チェンジ」
ちょっと!早くない?フィシリアもいるし!
地面から伸びた影が裏トリスの足元を絡め取る。
しかも、こちらが強い。トリスの表情が揺れる。
「……ッ、この……!」
フィシリアは静かに続ける。
「あなた、焦っていますね。
本物を押さえきれなくなっているようです」
途端、裏トリスの片目の奥で光が揺れた。
沈んでいた、本物のトリスの意識が滲む。
……ル……ナ……ッ
フィシリアは私に目線だけで促した。
「主人、行ってください。核を狙うのは主人しかできない」
息が凍る。分かってる。
私ならできる。私はすっと呼吸を整え、光の力を手に集める。
「……トリス、絶対に引っ張り出すから」
胸の奥から微かに声が返る。
……頼む……!
私は叫びのように踏み出した。
「光刃」
一直線に走る光の刃。狙うは――胸の奥、核。
裏トリスが絶叫した。
「来るなァ!!!!」
少しうるさいかも。
フィシリアが手を広げて風の壁をつくり、進路を守る。
「通ってください――主人」
全てが重なる一瞬。風と影がぶつかり、悲鳴が上がり、
その中心へ私は飛び込む。
「返すよ……!トリスの身体!!」
影が貫き――光があふれ――
裏トリスの中から黒い塊が弾き飛ばされた。
――核。トリスの顔が青ざめた。
「やめ――」
私は容赦なく叩き割る。ぱちん、と音を立てて核が壊れ、
裏トリスの身体が崩れるように揺らいだ。
影の残滓が消えていく。戦闘は、終わった。
黒い核が砕け、裏トリスの身体が崩れる。
光が、ふっと漏れた。
「……え?」
最初に気づいたのは私じゃなくて――フィシリアだった。
フィシリアが眉を細く上げ、微かに驚きの色をにじませる。
「……光、ですね。
本物の方は……光属性を、抑え込まれていたんですか」
崩れ落ちる影の残滓の奥から、ほんの一瞬だけ透明な光が漏れる。それは熱くも冷たくもない、柔らかい輝き。
――トリスの本当の力。
私は思わず息を飲む。
「トリス、あんた……光属性だったんだ」
微かな声が胸の奥から返ってきた。
……ああ……
オレは……闇なんかじゃ、ねぇ……
光だよ……ずっと……
声が震えてる。
苦しさと、安堵と、悔しさと、全部混ざったみたいに。
フィシリアが静かに視線を落とす。
「光の属性を闇に封じられれば……
人格が歪んでしまうのも無理はありませんね」
私は裏トリスが消えた場所に手を伸ばす。
そして――
一人の青年が両膝をついて姿を現した。シルエット。声。輪郭。呼吸。胸に手を当て、荒い息を吐きながら。
本物のトリス。
くしゃりと笑う。
「……お前さ、やっぱ、無茶苦茶だよ、ルナティナ……」
私は息を詰めたまま、少し笑ってしまう。
「あんたが手伝えって言ったんだよ?」
「うるせぇよ……でも……ありがとな」
トリスの胸の奥で、まだ光がちかちかしてる。
トリスは照れくさそうに目を逸らした。
「……ありがとな、二人とも……生きて……戻れたわ」
私はそっと笑った。
「当たり前でしょ?私、トリスの光嫌いじゃない」
その瞬間、トリスの耳が真っ赤になった。
「じゃあ、さ」
私はほんの少しだけ視線を上げて、トリスの顔を覗き込む。
「……屋敷、来ない?」
「は?」
トリスが素で固まる。
フィシリアは横でふわっと微笑んでいた。
私は続ける。
「あんた、放っといたら、また闇に引っ張られそうで怖いんだよ」
トリスは一瞬だけ目を伏せ、それからゆっくり顔を上げる。
「……心配してんのか?」
「当たり前でしょ。命助けるのに手間かけたんだから!」
ちょっと強気に言ってみたら、
トリスはびっくりしたように目を見開き――
頬が赤くなる。
「……お前……拾うつもりかよ?」
「うん。決まり」
「即答……!」
フィシリアが穏やかに補足する。
「トリスさん。屋敷は多分安全ですし、回復にも最適ですよ。主人は普段こういう方ですので、諦めてください」
「おい!」
トリスは深くため息をついたあと、少しだけ笑う。
「……はぁ。分かったよ。行くよ。今日は助かったしな」
「帰ろ?三人で」
光属性を取り戻したトリスは、まだふらつきながらも、確かに自分の足で前を向いて歩き出した。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
また、始まった!拾い癖のルナティナ。いつも通りですよね?トリス編何話かかったかな?ほんとに!手間かかってるんだぞ!
そんなことはさておき、皆さんに補足します。
1、なぜトリスは闇に包まれていたの?
トリスは取引をした結果、自分自身が――?
今回のトリスの状態はある人物(裏トリス)との取引の代償の所為です。
2、「演出ですけど?」について
闇の殻や核の描写は、トリスの中にあるものを視覚化した演出です。読者さんのイメージしやすさ優先で、今回は少し派手めにしました。
3、ルナティナたちが強い理由
これまでの戦いとかで沢山の経験を積んできた結果です。フィシリアもルナティナも、過去にいろんな出来事をくぐってきて、今の強さに至っています。
もちろん、まだ成長の余地はたっぷり。
まだ、私が気づいていないだけで、沢山気になることがあると思います。解答がくるまで待ってくださると嬉しいです。
ここまで読んでくださりありがとうございました。




