取引だ
今回も!もう言いますがートリス編です。
それで良ければどうぞ。
「……ねぇ、取引しようよ」
私がそう言った瞬間、トリスの表情がピクリと揺れた。嘲るでもなく、怒るでもなく
――ほんの一瞬だけ、考えるみたいにまばたきした。ほら、食いついた〜。
裏トリスの中で、本物のトリスが何かを叫んでる気がした。
やめろとかやるなとか、そんな声。
でも、それを押し殺すみたいに、表のトリスはゆっくり口角を上げた。
「……取引、ねぇ?五回目の再会でいきなり。大胆だこと」
「だって、あなた苦しいでしょ?本物の方が」
言った瞬間、トリスの瞳孔がわずかに縮む。
図星。ここを突かれるのが一番嫌って顔。
裏の声がざわめき、
本物のトリスの嘆きが、ほんの少しだけ表情に滲む。
一瞬、本当に一瞬だけ、助けを求めるような目がのぞく。
……やっぱり、まだ残ってる
私は一歩踏み込み、トリスが後ろへ引く前に距離を詰める。
「ねぇ、乗り気なんでしょ?あんたが欲しいものと、私が欲しいもの。ねぇ?お互い、得するよ?」
トリスは片眉を上げ、余裕ぶった声で返すけど、
喉の奥だけは微かに震えている。
「……へぇ?その得するものってのを、まず聞かせてもらおうか」
私は微笑む。
「簡単だよ――あなたの知りたいもの、欲しいもの。
その代わり、私はあなたの中の“本物”に会わせてもらう」
トリスの呼吸が止まった。
本物の叫びも、裏のざわめきも、全部一瞬で静まる。
さぁ、どう出る?
トリスが薄く笑う。
「……本物に会わせろ? ずいぶん無茶を言うじゃない」
「無茶じゃないよ。できるでしょ、あなたなら」
わざとそう言うと、トリスの肩がわずかに揺れた。
図星をつかれたというより
――見透かされたことへの苛立ち。
よし、効いてる。
トリスは強がってるけど、
ルナティナがどこまで知ってるかを確かめたがってる。
その焦りが混じってる。
私はゆっくり近づき、わざと視線を合わせたまま笑う。
「ねぇ、あなたが本当に欲しいのって……身体?」
トリスの目が細くなる。けれど怒りじゃない。
否定するのが遅れた一瞬の沈黙――それが答え。
ほらービンゴ!私はあえて話を続ける。
「それとも、外に出る方法?本物のトリスを完全に消す方法?」
どれも図星に聞こえるから、どれも否定できない。
トリスは冷笑を浮かべた。
「随分と想像力が豊かじゃないか。で、答えは?」
「教えるわけないじゃん?」
私が即答すると、裏トリスの眉がぴくっと跳ねた。
「……は?」
「取引でしょ?」
私は微笑む。
「君が本物に会わせてくれたら、その後で教えるって言ってるの。順番は、私が決めるの」
トリスの表情が一瞬だけ固まった。
裏も本物も、その両方が驚いたみたいに。
はい、主導権全部こっち!先手必勝。
裏トリスが笑う。
「……お前、なかなか悪い女だな」
「よく言われるね?」
嘘だ。でも、こういう時は言い切ったもん勝ち。
裏トリスは、興味と警戒が半々の目で私を見る。
完全には信じていない。
でも――乗りたいのも隠しきれてない。
魚がよく釣れたな。
私はとどめを刺すように、囁く。
「ねぇ、会いたいんじゃない?本物のあなたに」
その瞬間、
裏トリスの中で本物が震えるように反応した気がした。
「さぁ、早く、取引しよう?」
ルナティナが手を差し出した瞬間、
空気がふっと冷える。
「良いでしょう。あなたの願いと、私の望み
――交換といきましょうか」
彼が指を鳴らした瞬間、
地面に薄い鏡のような魔法陣が広がる。
淡く紫の光。ゆらめく影。重なる光と影。
その奥には、かすかに別世界が覗く。
なんかさ……雰囲気凄いんだけど。
「ここに――契約を。
器を差し出す者と、力を与える者。
願いを差し出し、望みを手にする……」
「はいはい、長い。簡潔でいいよ?」
「あなたは本当に、風情を解さない」
トリスは苦笑しつつも続けた。
「では――あなたの力の一部を、ここへ」
力が目的か。それならば。
私はゆっくりと指先に魔力を集める。淡い光。
でも――本物よりずっと、ずっと薄い偽物の輝き。
バレないように、でも、釣られるくらいの光を。
魔力はふわっと広がり、鏡の魔法陣に吸い込まれる。
裏トリスの目が細く輝く。
「なんと、美しい。
あなたの力、やはり特別ですねぇ」
「でしょ?」
余裕ぶって返した瞬間、
トリスの影がルナティナの足元へ伸び――
「契約、成立。では、本物を少しだけ――返しましょう」
影がほどけ、鏡が揺れた。
その奥で――
沈んでいた本物の意識が、ゆっくり浮かび上がる。
……ル……ナ……ティ……ナ……
かすかな声。掠れた息。
まるで水中から必死に伸ばした手みたい。
裏トリスはニヤリと笑う。
「さぁ、お互いの望みは満たされました。
ここからは……あなたの出方次第ですね」
――儀式は終わった。
でも、ここからが本番。
ルナティナは、微笑む。
偽物の力を渡し、本物のトリスを引き戻し、
裏トリスを欺く第一段階は成功。
契約の光が静かに消えると、トリスは満足げに息を吐いた。
「……素晴らしい。これほど澄んだ魔力、久方ぶりですよ。さて――試してみますかね?」
指先を軽く鳴らす。
影がゆらりと広がり、空中で黒い渦を描く。
力の発動……のはずだった。
だが――
「……はい?」
裏トリスの眉がほんの少し動く。
違和感。
影の渦は広がるが、深みがない。力が芯まで届かない。
まるで、水で浸した筆に絵の具をつけ、絵を描いているみたいに形が定まらない。
「……おやぁ?これは……?」
その時だった。――ルナティナ。
突然、頭の奥で声が響いた。
ノイズ混じりだった囁きが、急にはっきりと人の声になる。
……それ……オレの体じゃ……使えねぇ……!
「トリス?」
無意識に呼ぶと、また声が返る。
……お前……騙したのか……すげぇな……!
……今の力……殻だけだ……中身、ほとんど空だ……!
本物のトリスが笑ってるのが分かる。
必死なのに、嬉しそうに。かわいいな!
裏トリスはまだ気づいていない。
渦が安定せず、苛立ったように指をひねる。
「どういう?こんなはずでは、あなたの力、もっと……」
その時、声がさらに強く響く。
ルナティナ!聞け!
オレが体を取り戻す方法
――今なら……教えられる……!
息を飲む。
核を外に引きずり出してくれ……!
あいつの本体は……胸の奥に……
そこで急に声が震える。
……やべぇ……また……意識が……
ルナティ……タ……た……頼む……ッ
途切れそう。
でも、はっきり聞こえた。
トリスの本体は影だけじゃない。
胸の奥にある核――そこを引きずり出せば体を取り戻せる。
トリスが、苛立った声で呟く。
「おやおや……おかしいですねぇ……!
これは……まさか……まさか、偽物――?」
その瞬間、影の渦がぱちんと弾けた。
トリスの目が細く鋭い光を宿す。
「……ルナティナさん。
あなた……一体、何をしたんです?」
問い詰める声が低くなる。でも、私は一歩も引かない。
トリスの声が、最後に痛み混じりに響く。
私は静かに息を吸った。
――さぁ、ここから奪い返す。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
ルナティナかっこよ!
トリス編が終わったら、魔法について話しますかね。
ここまで読んでくださりありがとうございました。




