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愛サレ妻  作者: けい
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5「考えもしなかったマイノリティ」


 世間ではそういう人達がいることは知っていた。ボーイズラブの作品は好んで見ているくらいだし、テレビで出てくるオカマタレントにだって嫌悪感もない。

 でも、現実は違うじゃないか。自分の手の届く範囲に出現するのは違う。怖い。本当に怖い。だって、今まで私のことを、いったいどんな目で見ていたっていうの?

「碧ちゃんは……レズってこと?」

 自分で聞きながら矛盾に気付いた。

 女が好きなら男の拓真とは結婚しないはずだ。そうだ。だって彼女はたった今自分で言ったじゃないか。『智夏は私と付き合っていたから優利とはなにもない』と。

 女にしか興味がないから、私の夫には手を出していないということなら……あれ? それだとやっぱり、おかしいんじゃ……?

 だめだ。頭が混乱し過ぎている。

「その言い方、間違ってます。正しい言い方はレズビアンですけど、私の場合は夫のことも愛しているのでバイになります。もちろん、夫とは恋愛結婚ですよ。相思相愛の。男性との結婚を考えなければならないことがあって、智夏とは、お互いの未来のために円満に別れました。だから後悔も憎しみも何もありません。智夏にはたくさん幸せにしてもらって、本当に感謝してます。だから、そんな智夏のことを誤解されて、私はこんなに腹が立ったんです」

 碧から突き付けられたその言葉には、深い愛情と信頼が籠っていて。私はこれまで付き合って別れた相手に対して、こんな気持ちは抱いたことがないというのに、本当に、この娘は年下なのにこんなにも……こんなにも、なんでこんなにも私と違うのだろうか。

 自分自身への自信? いや、この娘は私と同じ、同類だ。私側の人間だ。だから違う。

 智夏や拓真というカースト上位勢に愛されているから? 違う。それなら私だってそうなのだから。優利という太陽のような存在と結婚している。

 わからない。なんでこんなに自信があるの。それともあるように見えるだけ? 私が私に、いつまで経っても自信が持てないから?

「だから、本当はこんなことまで言うつもりなかったんです。智夏には内緒ですよ? 私がこれから言うこと」

「え?」

「“私達”はみんな、愛が欲しくて結婚したんじゃないんです。歪み過ぎて一人じゃ立てなくなったから、支え合うために結婚したんです。漢字の“人”の字みたいに。伊織さんだって、そうですよね? 完璧な夫像である優利さんに、“足りないもの”を与えて欲しくて、結婚したんじゃないんですか?」



 ■■



「なんで結婚したん? 好きでもなんでもないんやろ?」

 年末年始の集まりも終盤になり、私達が帰り支度をするために部屋に戻ろうとしたタイミングで、昌也にそう問われた。

 この年、八谷家の実家に帰省をしていたのは私達夫婦とこの弟だけで、他の親族はこんな時に限っていなかった。

 義両親はちょうど私達に持たせるためのお米を取りに行ったところで、やや古さが目立つこの居間には、私と隣に夫、そしてその前――テーブルを挟んで夫の弟の三人だけだ。

 逃げ場はない。射貫かれるようなその瞳に、誤魔化しは通用しないと悟っている。

 真っすぐにこちらに向けられた挑むような瞳は、夫との血の縁を強く感じさせた。

 実の弟からの問い掛けに、夫はなにも答えない。柱に掛かった鳩の出なくなった時計が、やけにその音を響かせている。その沈黙こそがなによりの答えだと、私は――気付いてしまった。

 この結婚に――愛は、なかったのだと悟った私は、すぐさまその考えに蓋をした。


 結婚はギャンブルだと誰か有名人が言っていたという記事を見た時、私は本当にその通りだと思った。

 ごく普通の一般家庭に産まれた私は、裕福でもないが貧困でもない家庭環境で、それでも一人っ子ということが幸いしてそれなりに不自由はなく育った。

 親の言う通りに習い事をして、それほど興味もないが勧められるがままに大学も卒業した。そのまま親が喜んだ地元の企業に事務員として入社し――二十五の誕生日を迎えた頃に、親からお見合いの話が出た。

 親の知り合いの年上の係長さんだというその男は、本当に冴えなくて、写真を見せられただけでこんな陰キャ無理だと考えてしまった。

 その場はなんとか言い逃れをして回避したが、それ以降親の追求が年々厳しくなっていき、それに拍車をかけるように同級生達の結婚ラッシュが訪れた。

 焦る心とは裏腹に、現実で私に訪れる出会いは絶望的で、ある日の会社帰り、半ばヤケになって道端で大声で叫んでしまったところ、営業先からの帰りにそれを見た優利が大笑いしながら声を掛けてきたのだ。

『なんか切羽詰まってるみたいやけど、実は俺も切羽詰まってんねん。良かったらこの後飯でも行かん? 話してみたら案外、俺らの悩みは共通かもやで?」

 きっと優利は、私の嗚咽に近い叫びの内容を聞き取っていたのだろう。彼にとっても私にとっても、その食事は渡りに船で、そのままとんとん拍子に交際に発展、そしてそのまま私は優利と結婚した。

 彼が欲しかったのは結婚相手と子供。私は結婚相手。子供はべつに、どうでも良かった。

 だって、私に足りない要素を全部、優利は与えてくれたのだから。

 だから、気分の良い結婚生活だった。数少ない疎遠になりがちな友人達から羨ましがられて、素敵な夫と共に過ごす日々。本当に、気分が良かった。

 それだけ、だったのだ。

 私は……いや、私“も”優利のことを好きではなかった。

 ただ、結婚相手として理想的だから、だから結婚をしたのだ。

『なんで結婚したん? 好きでもなんでもないんやろ?』

 昌也の目は私だけを見て問うていた。何も言わずに席を立つ優利のことを、私はその時、追えなかった。

 私もその言葉に、答えることができなかったから。




 ■■




「“私達”は歪んでます。そのことはちゃんと自覚してる。だから優利さんも、ちゃんと愛情のある相手だったら巻き込まなかったと思います。でも、あなたは私達とは違った形で歪んでいた。だから、結婚したんだと思います」

「……もしかして、碧ちゃんが智夏ちゃんと別れた理由って……」

「はい。子供が、欲しかったからです。代理なんとか、じゃなくて自分達の血を継いだ子供が。だから、男性と結婚しました。でも、偽装の夫婦とか言うわけじゃないですよ? ちゃんと恋愛関係の段階も踏んで入籍してます。だから、“情”にもいろんな種類があることを知ってます。伊織さんにもありませんか? 愛情とは呼べなくても、お互いに与えられるなんらかの“情”が。お互いに与えられる、なんらかのものが」

「与えられるもの……」

 碧の言葉に、考える。

 優利にはたくさんの、自慢できるスペックを与えられた。

 理想的な夫、理想的な結婚生活。私が夢見た理想的なものを、彼は全て与えてくれた。

 そこに愛がないのは、当然だ。そもそも私の考える理想に、相手からの愛は含まれていなかったのだから。

 そんな彼に私が与えられるもの。

 そんなもの、考えるまでもない。


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