4「大人な年下」
夫の友人関係の集まりにはそれからも時たま顔を出し、その度に新田夫婦のことは避けつつ、私は岩本夫婦と一緒にいることがほとんどだった。
ある平日の夕方、産婦人科帰りの碧と商業施設でばったり会った私は、彼女の身体を労わりつつ喫茶店に誘った。
その喫茶店は商業施設内にあるチェーン店でコーヒーが美味しいことで有名だった。子供がうるさいフードコートよりはゆっくり話せると思い私が選んだ。お気に入りのコーヒーがあるというのも大きい。彼女は「こういう店久しぶりです」と笑っていた。
メニューに一通り目を通してから私はやっぱりコーヒーを、碧はメロンソーダを頼んだ。この時間はあまり混んでいないようで、飲み物はわりとすぐに運ばれてきた。
テーブルに並んだ可愛らしい容器に入ったメロンソーダを見て、私は「可愛い飲み物やね。若いなー」と何気なく言った。
本気でそう思って言った。本当に、それだけだった。
だが、その一言が何のトリガーになったのか、対面の席に座った碧は冷たい視線をこちらに投げて言った。
「妊娠中なんで大好きなコーヒー我慢してるんです。智夏やったらこんな店、絶対選ばんと思いますけど、伊織さんって……ちょっとズレてますよね?」
「えっ?」
突然のことに言葉を失っている私をよそに、彼女の言葉は止まらない。
「私が言い返さんからって絡んでくるんやめてくれません? 私達、仲良くもないですよね? 優利さんは私にとっても大事な友人ですけど、伊織さんは正直……友人でもないですよね?」
「なん、で……そんなん言うん? 碧ちゃん」
「なんで? ならわかりやすいように言いますけど、まず第一に、私らが年下やからって理由で初っ端からずっとタメ口なん、ええ年して恥ずかしいですよ? 優利さんが兄貴分やからって、自分も偉いとか思っちゃってません? 初対面の人間に対して敬語で話すんなんて、新卒でもわかることですよ?」
「え……でも、私の方が年上やし……」
「年齢が上なら尊敬もできん人間でも偉いんですか? それって凄い狭い視野でしか世の中を見てませんよ。そんな恥ずかしい考えの人のこと、尊敬もできんから、私はとても敬語では話せません。それでも私や、みんなが伊織さんに敬語で接するのは、優利さんの顔を立ててるからですよ。智夏や拓真があなたに対してあんなに大人しいの、なんでかわかります? 頭に血が上って手を出さないように、自分から遠巻きにしてるんですよ?」
「そん、な」
そんなこと、なんで言われなきゃいけない? なんでこんな年下の、社会に出てからようやくオシャレをしだしたような女に――同類だと思っていたような年下に、そんなことを言われなければならないのか。
智夏や拓真のようには馴染んでいないように見える茶髪を振って、碧は更に続ける。
「あの二人にとって、優利さんは本当に、本当に大切な親友です。それこそ、ぽっと出の結婚相手なんかよりよっぽど。それでも、あの喧嘩っ早い三人組が何も言わないなら、私ももう、これ以上は言いません。私だってどうせ毎回集まる仲間なら、仲良く集まりたいですし。だから……お願いだから、これ以上波風立てないでもらえませんか? 智夏はあなたに何もしてないですよね!?」
何もしてない? いったいこの娘は何を言っている? あのクソ女はいつもいつも、人の夫に色目を使って擦り寄っているではないか。
だから……だから……私の夫は私といる時よりもよっぽど、心からの笑顔をあの集まりでは見せていて……
……そうか。
だから、嫌いなのか……
「……じゃあ、どうしたら良いの……?」
絞り出すような声が、自分の口から勝手に出ていた。
今まで気づきそうになる度に、あれやこれやと言い訳をして、蓋をして、彼女を理由に、逃げていた。
己の精神的な幼さから来る自信のなさを、他者を理由に、逃げていた。
年齢的には年下なのに、碧の言葉は真っすぐで、内容としてはしっかりと注意を受けているというのに、心からの善意での忠告故か、妙にストンと私の心にそれは染み渡った。
突然理解できたことにすら困惑する私に、碧は先程の問い掛けの答えをくれる。
「私も……最初は嫉妬ばっかりだったんです。でも、結婚したのは私だしって開き直ることにしました。それに、智夏って、本当に優利さんとはなんにもないですよ?」
「……なんで碧ちゃんがそんなことわかるの?」
「だって智夏、結婚する前まで私と付き合ってましたもん」