3「私が彼女を嫌いな理由」
夫には親友がたくさんいる。
私が知っている範囲内だけでも三人はいて、そのうちの一人は信じられないことに女性だった。
交友関係の広い夫の言う『親友』の定義は、私が思い描いていた『親友』という存在とそう変わらなくて、『なんでも言える関係』で『お互いの思っていることは言葉にせずとも理解して』いて、それでいて『お互いの幸せを応援し合える』ような、一言で言えば『理想的な関係』の友人枠であり、そんな親密な関係性の女性がいることを、私はずっと危険視していた。
結婚前、それこそ私と知り合う前からの関係だというその女は、夫の三歳下の年下女で、女なのに営業職に就いているような派手な雰囲気の女だった。
夫とは趣味の車の関係で知り合ったらしく、女なのに自分で買った車を改造して乗り回していると夫から聞いた時には、絶対に『危険だ』と本能的に察知していた。絶対にそんな女、危ないだろうと。
そして、こうも思った。
『住む世界が違う相手だ』と。
その女とは、入籍後のお披露目会で初めて会った。
私達夫婦の入籍を祝うという名目で集まった、私達を含めて男女六人でのディナーの席だ。私達夫婦の他には、夫の親友である男『岩本 拓真』とその妻『碧』、問題の女である『新田 智夏』とその夫『焔』の四人が参加していて、私達夫婦と新田夫婦が六人掛けの席に対面するように並んで座るのに対して、岩本夫婦が気を利かせて残りの席に分かれて座った。
三組の夫婦の中で、私達が一番遅くに入籍したことと、年齢が一番上というのが考慮されたのかもしれない。
とにかく、その席では私達が祝われる立場であり、年下(拓真と智夏、そして焔の三人は同い年ということだった。碧はその三人より更に四歳も下らしい)の四人が常に場を盛り上げ盛大に祝ってくれた。
祝われている間は楽しかった。
夫である優利と同じく拓真も営業職をしていてとにかく話が上手い。鍛えられた身体の頼りがいのある兄貴分といった印象の優利と異なり、拓真はどちらかというと色気が先に立つようなすらりとした体型をしていて、軽い調子の口調も合わさりとてつもなく難破な雰囲気を持っている男なのだが、こうやって話してみると、実際のところは嫁である碧のことをとても大切にしているのが伝わって来て、人は見かけによらないのだなと考えを改めることができた。
拓真から常に甘い愛の言葉や気遣いのこもったスキンシップを浴びるように受ける碧もとても幸せそうで、まだ二十代の娘らしい愛らしさが微笑ましかった。私が話しかける度に彼女なりに気を遣ってくれているのが伝わって、きっと素敵なご両親の元で育ったのだと思えて安心する。
それは良い。それは良いのだ。
拓真が優利の隣に座っているので、碧は彼の真正面に座っている。そしてそんな彼女の隣には、問題の女である智夏が座っていた。
自分の夫の隣を女にしないようにしているくせに、人の夫の真正面に座る神経が理解できない。
彼女の夫である焔はそんなことは気にも留めていないようで、斜め前に座る優利と程々に談笑しつつ、ゆっくりと会話を聞く、そんな空気感を楽しんでいるようだった。優利と同じくかなり強面の印象なのに、内向的な性格なのかもしれない。そう言えば彼の職業だけは夫にも聞いていなかった。営業という感じには見えないので、もしかしたら工場勤務や肉体労働系なのかもしれない。拓真や碧にはほとんど話を振っていないところを見ると、人付き合い自体に問題があるのかもしれなかった。
だから――自分の嫁がちょっとおかしいことに気付かないのかもしれない。
私以外のこの場にいる全員が、連絡先を知っていて尚且つ普段から連絡を取り合える状態になっている。どうしてそれを知っているかと言うと、私もこの時それに誘われたからだ。
グループトークに誘われた私は、そういうのは苦手だからと断った。家族ぐるみの付き合いなんて数える程度だと思っていたのと、日程を決める連絡なんて夫達男連中がやると思っていたからだ。
これは余談だが後日、個別の連絡先だけは交換していた焔に『智夏さんって本当に、優利と仲良しなんですね』と探りを入れてみたら、『あいつは誰に対してもあんな感じなんで、伊織さんも仲良くしてやってください』とすっとぼけた返事が送られて来た。なんで私があんな女と仲良くしないといけないのだ。それからは何度連絡しても返事すらなくなって、やっぱり焔は人付き合いのできないコミュ障なんだと確信した。
智夏は、正直に言ってしまえば、嫌いで、苦手だ。
はっきりとした意見を好み、その言動は下品でガサツ。見た目こそ小柄でロングに近い髪を緩く巻いた美人だが、明るい髪色と同じくまさしく陽キャと言える性格をしていた。
今この場だって拓真や優利に混じって智夏が会話に加わると、途端にその話題は三人のペースに持っていかれる。関西人らしいテンポの良いノリの良さに私はついていけなくて(これは昔からだった)、同じく笑うだけに抑えている碧にすらも並べているか不安だった。おまけにそこにちょっとした下ネタも混ざるのだから有り得ない。私といる間は絶対に言わないようなセクハラ発言が優利の口から飛び出して、私は軽く眩暈すら覚えた。
「優利くんもそろそろー?」
下品な笑みすら浮かべて、智夏がそう優利に向かって言った。
料理が運ばれてくる前に知ったことだが、なんと碧が現在妊娠中らしく、それに続くのかという問いだ。本当に信じられない。なんでよりにもよって女の智夏が、私ではなく優利に向かって尋ねるのか。そういうことは普通、女同士だけになった時に、どうしても聞きたい時に聞くものではないのか。他の男がいる席でそんなことを聞く智夏の神経を疑う。
「こればっかりは授かりもんやからなー。ま、俺らならすぐやと思うけど?」
ギャハハと笑って答える優利に愕然として、思わず彼の顔を凝視してしまう。こんな場所でいったい何を言っているのか。そんなあからさまに性生活のことを想像させるようなことを言って、自分の妻が友人達に性的な目で見られたらどうするのだ。
「うっわこりゃ負けてられへんで。私らも頑張らな」
同じくギャハハと笑った智夏がそう言って焔の肩をバシバシ叩いたが、私は恥ずかしくて彼の顔を見ることができなかった。
「智夏はいっつもそうやん。伊織さん引いてるからやめときってー」
親友同士腹を抱えて笑っている拓真の正面で、碧だけがそう言って元凶に注意をしてくれた。私からしたらだいぶ優しい物言いだったが、年下に言われたらさすがの彼女もやめるだろう。
「あー、ごめんごめん……いや、すみません。伊織さん。それで? 伊織さんはドライブとか好き?」
素直に謝るように見せかけて、自分は他の女と違うということを強調してくる。
私は、この女のことが大嫌いだった。