2「理想に愛は含まれない」
私は理想的な男性と結婚した。
結婚適齢期とか平均初婚年齢とかいう言葉を意識する三十路に入ってすぐ、私は滑り込むようにして入籍をした。
年齢的に『遅い』だったり『クリスマスケーキだったら腐ってる』だとか親戚に言われる年齢だったが、それはもちろんひとつ年上の夫だって同じはずだった。
なのに世間一般でいう夫の年齢は、まだまだ独身でも問題のない年齢で、おまけに婚活を謡う動画などではまだまだ売り手市場で魅力が上がる年代だとすら言われていた。
夫自身、まだまだ遊び足りないのではないかと、交際期間中幾度も不安になったのを今でも鮮明に思い出せる。夫にいくら愛の言葉を伝えられても、その当時の私は不安でいっぱいで。
そんな私のことを想って夫は、半年という短い交際期間にも関わらず私と未来の約束をしてくれたのだ。絶対に、私と結婚すると。私の“期待”を裏切らないと。強い言葉で言ってくれた。
夫にとって、『言葉』は武器だった。
それは営業職としての仕事面でもそうだし、プライベートの面でもそうだった。
夫は自分の言った言葉に責任を持っていた。だからこそ周囲からの信頼も厚く、そのことが自身の言動に説得力を生むとわかっている節もあった。
そう、夫は『自分が周囲にどう見られるか』を計算できる人間だった。
卑屈な私には真似もできない、悪魔のような所業だ。
夫は絶対に私と結婚すると誓い、実際にそうした。
大勢の前では恥ずかしいからと少しだけ招待客の数を減らした結婚式で、夫は神に誓って私にキスをした。
割れんばかりの拍手の中、私は幸せの絶頂にいた。
絶頂だった。だから後は、落ちるだけ。
「なんで結婚したん? 好きでもなんでもないんやろ?」
年末年始の集まりも終盤になり、私達が帰り支度をするために部屋に戻ろうとしたタイミングで、夫の弟――『昌也』にそう問われた。
この年、八谷家の実家に帰省をしていたのは私達夫婦とこの弟だけで、他の親族はこんな時に限っていなかった。
義両親はちょうど私達に持たせるためのお米を取りに行ったところで、やや古さが目立つこの居間には、私と隣に夫、そしてその前――テーブルを挟んで夫の弟の三人だけだ。
逃げ場はない。射貫かれるようなその瞳に、誤魔化しは通用しないと悟っている。
真っすぐにこちらに向けられた挑むような瞳は、夫との血の縁を強く感じさせた。
実の弟からの問い掛けに、夫はなにも答えない。柱に掛かった鳩の出なくなった時計が、やけにその音を響かせている。その沈黙こそがなによりの答えだと、私は――気付いてしまった。
この結婚に――愛は、なかったのだと。