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愛サレ妻  作者: けい
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1「私の現実」


 私――『八谷ヤタニ 伊織イオリ』は、今年三十二歳になる主婦だ。専業ではなく昼間だけパート勤務をしているが、べつに生活が苦しいからというわけではない。子供のいない今の間くらいは気分転換にも軽くパートでもしておいたら良いだろう、と自分の母親からの勧めもあってパートを始めた。結婚前まで続けていた事務の仕事は正社員での採用だったが、寿退社という形となって気分が良かった。その後、それまでの生活の中で心の中では下に見ていたスーパーでのレジ打ちの仕事をパートですることになっても、その気持ちに変化はなかった。

 ひとつ年上の夫――『優利ユウリ』は精力的に仕事に打ち込む営業マンで、努めている企業が有名な大手ということもあり、毎日夜遅くまで働き、尚且つ仕事関係の人間と頻繁に飲みに行くため、夫婦の時間というものは帰宅してからの夜も遅くなってからか、あとは休日だけ。でも営業職らしく休日出勤や付き合いの多い夫なので、会社カレンダーでは週休二日でも現実は隔週以下のことも多い。

 夫婦二人の休日は、私が夢に描いた通りの素敵なものだ。

 独身時代からスポーツカーに乗っている夫は、自慢の愛車で私をいつもドライブに連れ出してくれる。いったいいつ洗車しているのか知らないが、夫の愛車はいつもピカピカに磨かれていて、車検の範囲内で手を加えられた改造部分がとってもオシャレでかっこいい。

 私は昔、オープンカーで走っているカップルか夫婦かわからない関係性の男女を見て『デートでオープンカーは恥ずかしいな』と思ったことがあったのだが、夫の愛車はちゃんと屋根があるので、そんな恥ずかしい車ではない。名前を言ったらわかる高級車というわけではないが、職場の上司や若い男性社員に言うと伝わる有名な車種らしく、『大事に乗られていて車も本望だと思う』とか『ロータリーは車好きとしては憧れっすよ』と言われるのは、同性から単純な言葉で羨ましがられるよりなんだか特別感があって嬉しかった。

 夫の愛車は、普通より維持費の掛かる車らしい。そろそろ旧車と呼ばれる世代のおじいちゃんカーらしく、休日や仕事帰りに夫がちょくちょく友人達とガレージにこもっていることも知っている。冷暖房のないガレージは暇を潰すものもないし、そもそも夫の車趣味に首を突っ込むつもりも理由もないので、私はその時は家でお留守番をするのが日課だった。

 手先の器用な……というよりは、『なんでもできる完璧な男』である夫は、趣味にしているだけあり愛車の修理や改造も自分でほとんど行っている。そのおかげなのかはわからないが、我が家の財政は多分、世の平均よりは潤っていると言えるだろう。消費以上の額を稼いでくる夫のおかげで、私は毎月、生活費プラスアルファ(私が自由に使って良いお金だ)とパート代を自由に使うことができる。職場の主婦友にこの話をしたら『なんで自由に使って良いお金が二個もあんの!?』と驚かれた。そこでやっぱり、と私は気付くのだ。

 私の夫はハイスぺなのだ、と。

 何度思い至っただろう。何度気分が良くなっただろう。

 学生時代、大人しくて(今風の言い方で言えば陰キャというやつだ)ゲーム好きだった私が憧れた、眩しさすら覚えるカースト上位勢。一生、縁がないと思っていた。そんな陽の当たる場所の住人は、学生時代から一回り年齢を重ねたにも関わらず、それでも相も変わらず引っ込み思案の人見知りであった私になんの躊躇もなく声を掛け、その半年後にはプロポーズまでしてのけた。

 男前で高収入。みんなの兄貴分。眩しいくらいの陽キャ。職場でもどこでもリーダー格。

 挙げればキリのない、人を惹きつける要素満載な夫は、私の両親にももちろん気に入られ、友人達に紹介しても大絶賛だった。当たり前だ。夫は結婚前の段階でスペックだけでなく内面までも完璧な存在だったのだから。

 初対面の私の親の前でも臆することなくハキハキと話すその姿には惚れ直したし、彼が話すたびにキャッキャと騒ぐ友人達とのお披露目会では鼻が高かった。妻の女友達と会うことを嫌がる男性が多いという話をよく聞くのに、夫はそんなこと気にもしていないようで、そんなところからも彼の自信が伝わってくるようで誇らしい気持ちになるのだった。

 営業職をしているだけあり、夫はとても話が上手い。話題自体ももちろん豊富だし、アウトドアだけでなくインドアな趣味にも偏見なく付き合ってくれるから、会話の得意でない私が相手でも話のネタが尽きることはない。会話の途切れない幸せなリビングを、夫は常に与えてくれていた。

 結婚を夢見る女性の理想そのもの。結婚後のマウント合戦にも優位に立てる。こんな理想的な案件、実在なんてしないだろう。

 だが、夫は実在した。私の夫となったのだ。

 私の夫は、この男。

 それが、私の現実。



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