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小噺 生贄の儀③

「グゥゥゥ……ッ! キシャァアアアア!!!」


 年端もいかない人間の子どもに、一瞬怯んだ蛇神。

 憤慨した蛇神が咆哮を上げ、本気の神通力を叩きつけた。


「――ッ!? アッ……」

「レイくん!? レイくーんっ!!!」


 それだけで、今まで必死に耐えていた玲の魂は呆気なく粉々に砕け散ってしまった。


「ハァハァ……くっ……」

「レイくん……? おきて……おきてよぉ~……」


 玲の元へと駆け寄り、体を揺さぶる椿。

 しかし玲の体はまるで眠っているかのように動かなかった。


「う……うぇぇええええ~! うぇぇぇええええ!」


 最早泣くことしかできない椿。


「……くくく」


 ようやく邪魔者が消えたと安堵した蛇神の――。


「くく……はぐぇえぇっ!?」

「うぇぇぇ……うぇ?」


 頭のすぐ下から、剣が生えていた。


「『禍断天剣(まがたちのあまつるぎ)』。油断したの」

「なっ!? きさっ!? 神薙剣巫(かみなぎのつるぎみこ)!!!」


 そこには、表の神棚の傍にあった像に似た巫女がいた。


「幾星霜のごとく思はるほど……待ちわびしぞっ!」

「グギャァァッ!? ヤメロッ!!!」


 巫女の周囲に何本もの剣――玲が蛇神に殴りかかったものと同じものが浮いており、それが独りでに蛇神を貫いていく。


「ギャアァァッ!」

「死ねっ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!! 八百万の肉片に分かたれ滅びよぉぉぉっ!」


 巫女の言葉通り、まるで長年の恨みを晴らすかのように何度も何度も――。


「キシャアアアアアアア!?」

「破ァッ!!!」


 最後に、巫女の放った眩しい光の奔流が蛇を飲み込み――。


「……いなく、なった……?」


 跡形もなく消し去った。




「ふぅ……これで妾の使命もやうやう――」

「……レイくん……! レイくん! おきて! いっしょにかえろっ! もうこわいへびいないよっ!」


 かつて請け負った蛇神討伐の願い。

 それを果たせず、それどころか逆に自身を封じられその神力を利用されることとなろうとは。

 しかしそれもようやく終わりを迎える。


 そう巫女神が感慨にふける……間もなく、少女の泣き声が響く。


「いやだっ! レイくんっ! うわぁぁぁぁあああん!」

「……其の坊の魂は――」


 ――砕かれている。


 あまりにも酷なその言葉を紡いでいいのだろうか。

 自分にその資格はあるのか。

 この少年のおかげで、何百年にも及ぶ蛇神の封印が緩み、使命を果たすことができたのに。


 巫女神が選んだ答えは――。


「泣くな。妾がいかにかして砕けし魂を(つくろ)はん」


 きっと、この少女を守るために命懸けで頑張ったのだろう。

 何百年経とうが、人が人を守る強さは変わらない。


「うわぁぁぁーーーん!!!」

「だから! 妾が治すから! 静かにせいっ!」

「ぐすぅ……なおす……? レイくん、なおる……?」


 きょとんとした少女の顔。

 徐々に期待が顔に現れる。


「おねがい……おねがいします!」

「うむ、うむ」


 期待、希望、切望……。


「無垢なる願ひはいづれの世にも麗しく、命を賭すに寸毫の逡巡もなし。幸いにも、児の魂は定まらざるが故、修復の術を施すこと叶うなり」

「……? う、うん……」


 何百年も経つと言葉も伝わりにくくなるんだなぁ。

 巫女神は寂しさを感じた。


「砕けし魂を……妾のそれで補い……されど未だ足りぬか」


 何百年の封印、それは神の魂をも蝕み……既に巫女神自身も消滅寸前だった。

 先の攻撃は最期の力を振り絞ったものだったのだ。


 その搾りかすををも注ぎ、まだ足りない。


「が、がんばって! おねえさん!」

「……ふふっ」


 かつては神と崇められた自分に対し、おねえさん、とは。


「お姉に任すべし」

「う、うん……!」


 他に使えるものがあるとすれば、同様に砕け切って消滅寸前の蛇神の魂。


「……賭けとならんや、されど坊たちを信ずるべしや……否、このまま別れむこそ猶苦しかるべけれ」

「……おねえさんってがいこくじん?」


 人ではないが、ゴリゴリの日本生まれ日本育ちである。


「ふふ。坊のこと、頼むぞ。十八に成らば、必ずや魂は繕はれ給ふべし」

「うんっ! まかせて!」

「……あれじゃぞ、18歳になったら治るってことじゃぞ!」

「18さい……? わかったよ!」


 自身最期のファインプレーは、このことをしっかり伝えたことだと巫女神は自負した。

 同時に、悲しいすれ違いが発生するのだが……それは彼女の責任ではない。


「ありがとね、おねえさん!」


 これだ。

 このような笑顔のために自分は――。


 それも、もう終わり。


「我が生涯、麗かにして殊勝なるものなりけり! まことよきかな、よきかな!」


 満足げな笑いを最後に巫女神の姿も消失し、残されたのは不思議な光を放つ球体――玲の魂。


「おねえさん……レイくん……」




 ▼▼▼




 かくして、蛇原村は邪神の加護を失う事となった。


 椿は警察の男に保護され、この地を去ることを決めた七原家が彼女を養子としたい旨を主張する。

 生贄の任を全うできなかった娘をそのまま家に迎える気もなかった村長はこれを認めた。


 そして――。




「レイくん。かならずむかえにくるから、まっててね」


 椿を乗せた車が、遠い新天地へと向かって走り出したのだった。

お読みくださりありがとうございます!

巫女さんが何を言ってるかわからない? 私もです……。




もう1つ小説を投稿しています。異世界転生モノです。

そちらもよかったらぜひお願いします!

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