小噺 生贄の儀②
――儀式当日。
「椿様、とてもお綺麗ですよ」
純白の衣装に身を包んだ椿。
「ありがとう!」
まるでテレビで見るお嫁さんのような姿。
まさか自分がこんなにかわいい姿になれるとは。
祭りの内容は教えて貰えていなかったが、それでもこのような恰好ができるのであれば満更でもない。
そして一番その姿を見て欲しい友達の姿を探す。
「(レイくん……どこだろぅ……)」
村中の人間がこの場所に集まっている。
人ごみの中に紛れて見えないのだろうか。
「さ、始まりますよ」
「……はぁぃ」
残念な気持ちになりながら、促されるままに歩を進める。
「座りなさい」
「はい」
連れて来られたのは、女性の像が祀られている場所。
そこにいた自身の父の指示に従う。
「この地を統べる、我らが真に奉る偉大なる御方――」
「(おとうさんもいつもとちがうおようふく……だけどなんだかこわい……)」
神主の格好をした村長が御幣を振りながら口上を述べ始めた。
「――尊き御力によりもたらされる安寧と繁栄に感謝し――」
「(なにをいってるんだろう……)」
「――御前に捧げ申し奉る――」
「(……レイくんみててくれてるかな……)」
……。
……。
……。
「――未来永劫、安寧と繁栄の祝福を賜わんことを謹んで祈り奉る」
「(……おわった?)」
口上の終わりを感じ、椿が顔を上げる。
同時に数名の男たちが現れ、神棚を動かし始めた。
「え……?」
「さぁ、これを持って御方の元へ」
ろうそくを渡され、現れた階段を進むように指示される。
会場からはすすり泣く声も聞こえてくる。
「え? え?」
「さぁ」
「や、やぁ……こわいよぉ……」
「さぁ! 行くのです!」
有無を言わさぬ父の強い言葉に、椿は足を進めた。
「なんでこんな……レイくん……」
明かりはろうそくの火のみ。
唯一の心の拠り所を呼びながら、必死に歩みを進める。
早くこんなことを終わらせて……また玲と一緒に遊ぶんだ、と。
「……ようやく来たか」
「ヒィッ!?」
そんな淡い期待を吹き飛ばしたのは、心臓を鷲掴みにするようなしわがれた声だった。
「アッ……アァッ……」
声だけではない。
巨大な蛇の姿。そしてそこから放たれる神にも匹敵する圧。
「ふむ。今年も美味そうじゃあないか。ほれ、こちらに来るといい」
椿は動けなかった。
声にならない声を出すことしかできなかった。
「……どうした? 早く来ぬか」
「ヤ……アァ……」
必死の抵抗。
しかし。
「……煩わしい。こちらに来い」
「――へっ!? いやっ! いやぁぁぁぁ!?」
椿の体が勝手に蛇の方へと動き出した。
「イヤッ! たすけてっ! いやぁぁぁ!」
「くっくっく。 いい声で鳴くじゃあないか」
そして――。
「(助けて……助けてレイくん!)」
蛇が大口を開けたその時。
「つばきちゃんをいじめるなぁぁぁああああ!!!」
全力で駆けて来た玲。
手に持った何かで蛇の口をその勢いのまま殴りつける。
「……」
「れ、レイぐんんん~!」
蛇に向き合ったままのレイは背に庇った椿に向かって叫ぶ。
「にげて! うえでおじさんがまってるから!」
「お、おじさん?」
「うん! けいさつのおじさん! まもってくれるから!」
先日玲に話しかけてきた男は警察だった。
定期的に幼い子どもが行方不明になるこの村を不審に思い、何十年にもわたって捜査をしていたのだった。
誰も協力しようとせず、それどころか上層部からは何度も捜査をやめるよう圧力をかけられた。
そしてようやく、新たなに村へ移住してきた者を通じて真実にたどり着いたのだった。
「うん、うん! レイくん!」
かつて経験したことのない恐怖。
それを救ってくれたのは世界で一番大好きな友達。
「さっ! いまのうちににげよう!」
「うんっ!」
2人は手を取り合い――。
「……動くな」
「――っ!?」
「きゃっ!?」
そのまま動けなくなった。
「……食うに値せぬ。小僧、今すぐ去ね」
「――カハッ!?」
先ほど椿を襲った物とは比べ物にならない圧を放つ蛇神。
息をすることすらできない玲はそれでも叫ぶ。
「――い、やだっ!」
「……今すぐ去るなら貴様の命は奪わないでおいてやる」
「――いやっ! つばきちゃ、いっしょ……だ!」
「……」
椿を無理やり歩かせたように、今度は玲を帰らせるために神通力を使う。
「グギッ!?」
神の力が、玲を振り向かせ――。
「勘違いするなよ。ここを贄の血以外で汚したくないだけ――ぬ?」
「グギギギギィッ!」
「レイくん!」
大切な友達を守るため、必死に耐える。
「……ふん」
「ガハァッ!? ゴベェッ!?」
さらに力を強める蛇神。
「ヒュー……ヒュー……」
「レイくん! レイくん! もう……もういいよ……逃げて……」
鼻から、口から、目から血を噴出させ……悲惨な姿に、椿が諦めの声を上げる。
それでも――。
「い、や……だっ……」
「……なぜだっ! なぜ――」
「いやだっ!」
「なぜ人間の子どもが抗える!」
血の涙を流しながら、それでも強い決意は揺るがなかった。
「いっしょ……! つばきちゃ――」
「――くっ!」
「レイくん……!」
いよいよ蛇神の力を振りほどき、再び正面を向く。
「ずっといっしょにいるってやくそくしたからっ!!!」
お読みくださりありがとうございます!
御幣というのは、神道における祭祀で使われる捧げ物で、神様を祀る際に依り代として用いられる道具です。棒の先に白い紙が垂れてるアレです。
もう1つ小説を投稿しています。異世界転生モノです。
そちらもよかったらぜひお願いします!