4話試作
私、月崎桜子はお婆ちゃんっ子だったと思う。
父の海外赴任にお母さんが同行することになって、
私はお婆ちゃんの家に預けられることになった。
それからは、学校から帰るたび、「おかえり」と迎えてくれるのは、いつもお婆ちゃんだった。
亡くなる前のお婆ちゃんは私にいろいろなこの地域に伝わる昔話をしてくれた。
たとえば、「森で迷ってると出口を教えてくれるオバケの話」、
「迷ってるとき、勇気をくれる神様の話」、
……でも、一番印象に残っているのは、
この地域に伝わるいわゆる羽衣伝説——「天女と青年が出会う話」だった。
※※※
昔々ね――
ある日、空から天女が舞い降りてきたんだよ。
ふわりと、風にのってね。
その天女は、ひとりの青年と出会ったの。
二人はすぐに惹かれあって、しばらくのあいだ――
ほんの短いあいだだったけれど、
まるで家族のように、あたたかく暮らしたんだよ。
でもね、天女にはね、もともと帰るべき場所があったの。
ある日、その迎えが空から来てしまったの。
別れのとき、天女は青年にひとつの包みを手渡したの。
それはね、「私の時がしまってあるもの」なんだって。
「どうか、開けないで」、そう言ったの。
でもね、天女は続けてこうも言ったんだよ。
「でも、もしあなたが本当に望むのなら、開けてもいいの。
その中を知ることは、あなたの自由だから」って。
……青年はね、迷って、悩んで、でも結局――開けてしまったんだって。
そしたら、天女のことがぜんぶ、分かってしまったの。
どこから来たのか、なぜ来たのか、本当は何者なのか――
そして、彼女がこの世界に長くは留まれない理由も。
そうして、青年は悟ってしまったの。
「自分は、もう天女とは一緒にいられない」って。
……天女は、風にとけるように、空へと帰っていったの。
でもね、天女はひとつだけ残していったの。
それはね――ふたりの子ども。
天女は、愛した人のもとに、自分の大切な命を残していったんだよ。
※※※
今思えば、お婆ちゃんの話してくれたその話は子供にも解りやすく噛み砕いたものだったの。
地域に伝わる話はもっとシンプルにこう……。
※※※
ある日、村はずれに一人の天女が降り立った
そこで一人の青年と出会い、
ふたりは、つかのまの家族の時を過ごした
ほどなく、天女には迎えが来た
天女は青年にひとつのモノを渡した
それは、天女の“時”が秘められたものだという
「私は、あなたにソレを知ってほしくはないのです。」
そう天女は青年に告げた。
「けれど、あなたが本当に望むなら――ソレを知る権利が、あなたにはあるのです」とも。
青年は、天女の時を知ることを望んだ。
そして、その中に秘められたものを知ったとき、
青年は、もはや天女と共にいられぬことを悟った。
天女には、向こうに残してきたものがあった。
それを、彼女はけして捨てられないのだ。
天女は、静かにその場を去っていった。
――そうして、天女は我が子を独り残していった
※※※
大まかな内容は変わらない……結末も。
でもだからこそ考えてしまう
――どうして、天女は子どもを置いていったんだろう。
……なんで、連れていってくれなかったんだろう……って。
お婆ちゃんが亡くなったあと、
遺言で、私に1冊の古い和本が託された。
「この本には、神さまが宿っているんだよ」
そう言って、お婆ちゃんが大事にしていた家宝――
それが、このとき、私のものになった。