3話(試作)
――私に、憑いていた?
混乱する紅葉に向けて、継咲姫はただひとことだけ告げた。
「刀を、持っていらっしゃい。
その神社に……祭具としてあるはずよ……」
「でも、今日はもう遅いわ。明日──彼とともに、いらっしゃいな」
そう言い残し、継咲姫の姿は、まばたきの間に消えてしまった。
まるで最初から、そこにいなかったかのように。
日が傾く前に、紅葉は森を抜けていた。
なぜか、足が勝手に向かう。案内もないのに、「あの場所」が頭の中に浮かんでいた。
(……なんで、わかるの……?)
悔しいほどに、確信があった。迷いなく、神社の倉庫へと向かう。
そこに──それは、あった。
それは、身の丈ほどもある長い刀だった。
木箱に納められたそれは、見た目に反して軽い。
細く、艶やかな──まるで夜の闇を終わらせる紫天のような、深く濃い紫色の鞘。
手にした瞬間、冷気のような気配が指先から腕へと駆け抜けた。
思ってしまった……これは私の物だと……。
※※※
次の日。
紅葉はその刀を両手で抱え、再び継咲姫のもとを訪れた。
「待ってたわ」
継咲姫はそう言って、静かに刀を両の手で受け取る。
そして、まるで古い友に語りかけるように、刀に向かって声をかけた。
「──目覚めているのでしょう?」
すると、刀の中から声がした。
「…………久しいな、継咲姫」
紅葉は息を呑む。
確かに、聞こえた。それは刀の中からだった。
「我が御供、我が伴侶にして我が契約者。
我が名は、明告鳥」
「お前の中で、お前と共に生きるモノ。
だが……形代と引き離されたことで、深く眠っていたのだ」
男とも女ともつかぬ声が、刀の内からふわりと漏れ出す。
「形代とは、人の目以外に“我らが外を見るため”、そして──
“力を与えるための、ひとときの器。刹那の影”」
「お前の中こそ、我が居場所」
──我らの本性は、妖だ。
人の思いから生まれた、神になりきれぬ存在。
不完全だからこそ、人に憑き、供物と引き換えに力を与えられる。
継咲姫も静かに続ける。
「私達……この地の土地神は、ある別れ……ある悲劇から生まれた妖なの。
その別れのとき生まれた十の想い……その情念が、私達の元になった」
「――我らを生んだ、その十の情念」
継咲姫と明告鳥は、ひとつずつ言葉を紡いだ。
「“ 断絶”・“未練”・“帰属”・“追憶”・“無力”」
「“虚像”・“逡巡”・“贖罪”・“逃避”・“嫉妬”」
「我は“断絶”より生まれた。
それは断絶の痛み──“優しい夢を終わらせた出会い”と、“絶ち切られた繋がり”から生まれた妖」
「私は“未練”……。
我が子を……同じ我が子を二度にわたって捨てることになってしまった女性の未練」
「彼女は、一度目は悲嘆のうちに……
そして二度目は己の意思で、わが子を捨てた。
そんな女性の未練と後悔から、私は生まれたの」
「……祭が、途絶えて久しい……」
明告鳥が、低く呟いた。
「毎年やってるよ……夏祭りなら」
紅葉が思わず口にすると、
「それではない……それだけでは……ないのだ……」
明告鳥は即座に否定する。
「我らはその想いから生まれた故に、
ただ漠然と居場所のない……。帰る場所のないと……。そう思っていたのだ」
「だが、村の人々は違った、我らを受け入れてくれた。
村の収穫祭は、やがて“私たちを迎えいれる祭り”に変わっていった」
「……“独りにしない”と、村人たちは約束してくれた。
私たちは、想いの元となった人の結末を知らない。
けれど、私たちは、なんとなく“そこにいてはいけない”気がしていた。
居場所は、どこにもないと……そう、思っていた。
でも──村人たちは違った。
私たちを受け入れてくれた。
居場所をくれた。
だから、ただの妖に過ぎない私たちは、“神”としてふるまう。
……そう願われたのだから。
けれど、今のその祭りに──もう私たちの居場所はない」
継咲姫は静かに、紅葉へ向き直る。
「今、この世で“居場所”を得ている神は──私、一柱を含めて、四つ」
「“未練”」
「“追憶”」
「“虚像”」
「そして、――“断絶”」
紅葉は、その名を聞いて肩を震わせる。
「それに……昨日までの明告鳥のように、
契約者と形代が引き離されたまま眠っているのが一つ、それは"帰属"」
「そして……形代に封じられたまま、呼び起こされていない神が、さらに五つ」
継咲姫は、懇願するように紅葉へと告げた。
「すべてを揃えてほしい。この場へ……私たちを、契約者たちを。
でなければ、私たちは……貴女たちのすべてを、吸い尽くしてしまう――」