第一話
アンス領、クロズリー邸。王都から数十キロ離れた場所に位置している。王都に比べると閑散としているが、発展度合いでは引けを取らない。自然に恵まれたこの土地では、豊富な農作物が収穫できる他、海産資源にも恵まれているため、他領からの貿易として多く取引されている。
アンス領を支配しているのは、俺の父親であるランバート・クロズリー。今からおよそ百年前、当時の魔王を討伐したとされる勇者、『デューク・クロズリー』が報酬として王から頂いた土地を代々受け継いでいる。すでにデュークは亡くなっているが、ここアンス領だけでなく、どこの領地でもクロズリーの名は勇者とその一族として周知されている。実際父もその名声に恥じないぐらい剣や魔法の扱いには長けている。
領主となってから剣を握ることはほとんどなくなったが、実力は折り紙つきだ。長男であるグレンは若くして王家直属のガルバ騎士団、その第一師団副長の座につき、長女のノエルも同じく第二師団長を任されるほどに出世している。次男のエクスは訓練学校に所属しているが、その中でも上澄みの存在という話を聞いた。きっと彼も騎士団として従事し、いつか師団長を任せられる存在になるのだろう。ちなみに第一師団団長は父と同世代でライバルでもあったルーク・レミントンで、五十を超えた今も現役で従事している。グレンも実力、名声共に名高いがその差は歴然であると言われているほどに強いんだとか。まさに歴戦の猛者。
さて、家庭内の話はこれぐらいにしておくか。俺は今、灰褐色のレンガで舗装された庭園にいる。使用人たちによって手入れされた樹木や草花は美しく花々を咲かせ、中心に配置されたこの大きな噴水は、建設されてからだいぶ時が経っているらしいが苔一つ付いていない。風が吹くと細かい粒子となった水が時折飛んできているので涼しく感じる。今日は俺と六つ上の次男、エクスと共に来ている。理由はもちろん、遊ぶためだ。
「準備はいいかい、アル?」
「兄さんこそ、ちゃんとできてんの?」
木製の剣を両手でしっかりと握り締めながら俺は言った。剣先は兄さんの首元を狙っている。対して兄さんは構えようとしない。それもそのはず、幼い頃から剣を握っているとはいえ、こちらは全くの素人だ。いや、たまに教えてもらっているから素人に毛が生えた程度と表現した方が正しいだろう。王立の騎士訓練学校に通う兄さんには、俺のことなどその辺の虫と同じだ。年も離れているので体格差もある。数ヶ月ぶりの休暇の日を使って兄が訓練という名の遊びに誘ってくれるのはいいが、一方的であることがほとんどだ。例えるなら、大人と子供のごっこ遊びみたいなものだ。子供は全力、でも大人は傷つけすぎないよう手加減してくれる。うん、これでも毎日素振りを繰り返したり、丸太を使用人に持って来させれば、木刀が折れるまで何度も何度も打ち込んでいるのだが、対人戦闘の経験を積んでいる兄にはまるで歯が立たない。どんなに全力で挑んでも片腕でいなされる。これでも転生した人間、何か特別な能力を持っているのではないかと淡い期待をしていたが、どうやらそうではないらしい。夢を見過ぎたようだ。魔王を倒してくれって言ってたのならちょっとぐらい特別な力があっても良いのにと、何度も思ったがそんなことも言ってられない。
「俺は大丈夫だから、いつでも良いよ。兄さんに実力を見せてくれ!」
挑発まがいなのか、素で言っているのか知らないけど俺の起爆剤となるには十分な言葉だ。
「……いくよ!」
足腰に力を入れ、地面を蹴り上げる。足の回転速度を上げ兄さん目掛け一直線に駆け抜ける。お互いの間合いに入った瞬間、同時に剣を振るった。木の乾いた音が庭園内に響く。
手応えはあった。最初の一撃、俺は初めて力で押し勝ったのだ。兄の剣と交わったその時、吹っ飛んだのだ、剣が。自分の剣ではない、兄の剣がだ。いつもなら手首を痛めるほど重い衝撃がくる。でも今は来ない。初めて勝ちを確信した。
だが、それが油断だった。相手は訓練生だ。体術も訓練の範囲。よく考えれば当然だ。剣がないと戦えない騎士など、どこにもいない。
そこからは一瞬だった。足を掬われ頭から地面に倒れる。花壇に思いっきり入ってしまった。頭は草木がクッションになってくれたおかげで無事だが、代わり押し潰してしまった。
「……クッソ、また負けた」
ああ、後で使用人に怒られてしまう。
「アル……」
「何?」
兄は俺の手を両手で差し伸べると体を起こしてくれた。手を握ったまま目を輝かせている。
「すごいぞ!!よく俺から剣を手放させてくれた!!今もそうだ、腕がさっきからジンジンしてる!!この前遊んだ時にはなかった!!同期の訓練生と相手しても滅多にない!!さすがだ!!!!やっぱりアルは剣の才能がある!!!!!」
「……へ?」
「いやぁ、これはもう俺の完敗だ。この歳で俺の剣を弾き返したんだ。きっと十六になる頃にはもっと、もっともっと、なんならこの国で一番強くなる!!!」
(まあ、俺は魔王を倒すために呼ばれたからな……むしろそれぐらいにならないと困るんだが……)
「嬉しい、俺は嬉しい!!嬉しいよ、アル!!」
天に仰ぐような体制を取り、ひたすらに俺の名前を連呼してきた。え、こんなにブラコンだったっけ。
「エクス様、アルヴァ様、お取り込み中申し訳ございません」
おっと、兄さんの声がうるさすぎて使用人が来たことに気づかなかった。兄さんも我に帰ったのか、一度咳払いをした。
「どうした?」
「ご主人様が玄関でお呼びです」
「父上が?」
「はい。至急向かうように伝えろと承っております」
「兄さん、向かいましょう」
「そうだな。今すぐ行こう」
庭園から玄関まで少し離れているため、軽く走った。玄関へ向かうと、王家の象徴である大きな大剣と薔薇の花が彫られた馬車が来ていた。その先には父がいる。
「父上!!」
俺たちは駆け寄った。
「エクス、アルヴァよ。すまない、王都から呼び出しがあったのだ。今から向かう。すぐには帰ってこれないだろう」
「そう……ですか」
「何、ちょっと家を離れるだけだ。うちには優秀な使用人たちがいる。何も心配しなくても良い」
と、俺たちの頭を撫でる。
「二人を頼んだぞ」
「かしこまりました」
使用人は頷いた。
「では行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
使用人はそう言うと、安心したのか、父は無言で馬車に乗った。扉が閉まるとすぐに王都へ向かって走り去る。俺たちは馬車が見えなくなるまで手を振った。
「エクス様、アルヴァ様、屋敷に戻りましょう。ですがその前に一つお聞きしたいことがございます」
「……何だ?」
「花壇の花を荒らしたのは誰でしょうか?」
「!!」
「花壇?……!!」
「……え、えっと……」
「……」
「はあ……二人とも、屋敷に戻ったらまずはお説教です。覚悟してください」
と、俺たちを睨む使用人。終始無言で表情を崩さない人が感情を見せる時ほど怖いものはない。俺と兄さんは怯えながら屋敷に戻り、こっぴどく叱られた。
作者の瑠璃です。
まずは読んでくださりありがとうございます。
この作品はタイトル通り、それぞれの視点で描かれる異世界物語です。魔族サイドのお話もあるのでもしよろしければその作品も読んでいただけると嬉しいです。また不定期投稿なので気長に待っていただければと思います。ブクマ、評価等していただけるとめっちゃ喜びます!!