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幻夜

作者: 須藤鵜鷺

 またね。

 またね。……きっとまた、会おうね……。



 引きずるほどに長い裾の、明らかに着丈の合っていない衣をまといながら、衣擦れの音ひとつ立てない。その衣の裾はふわふわと床から浮いてしまっている。その姿を少女は悲しげに見つめた。その衣は本来、目の前の者がもっと成長したときに着るはずだったものだ。火葬の際にともに棺に入れられたその衣をとても気に入ったようで、幻となった今もこうして着てみせているのだ。

 くるり。ふわり。嬉しそうに舞う姿はまるで天女のよう。その姿はあまりにも儚くて、いつ本当に飛んでいってしまってもおかしくない。少女は追いかけていってその手を引いた。

 夜の闇は、月明かりでぼんやりと薄らいでいる。

 行かなきゃ。幻がつぶやく。

 この現世に幻が留まれるときは短い。夜闇に紛れることでしか、人の目に映ることができない。

 行かないで。少女がつぶやく。

 人に見つかるわけにはいかないから、前のように明るいおしゃべりはできない。笑い合うこともできない。ただほんのいっとき、こうして共に過ごすのが精一杯。少女はふいに泣きたくなった。この幻の手をいつまでも離さないではいられないのだと、もう十分すぎるくらいにわかっている。

 行かないで。ひとりにしないで。おねえちゃん。

 それでも少女は懇願してしまう。幻はただ悲しげに笑う。

 今は幻となってしまったこの姉とは、血は半分しか繋がっていない。それはこの時代にはよくある話で、少女にはそうした兄弟がたくさんいた。

 だが、姉はただひとりだった。

 流行病にかかったとき、姉はたいした治療を受けさせてもらえなかった。親にとっては兄弟たちのほうが大切だったから。姉は亡くなり、たくさんの兄弟たちも、跡目争いの中で既に何人も死んでいる。

 おねえちゃん、怖いよ。おいてかないで。

 少女にとってはこの幻だけが、一緒に遊んでくれる、そばにいて安心できる人だった。大切なその人は、もうそばにはいてくれない。

 こうして夜闇の中に、幻の姿を見出すとき以外は。

 幻もまた離れがたく思っているのか、少女の手を振りほどこうとはしない。夜闇はさらに薄くなる。幻に許されているときは短い。

 姿が景色の中に溶けるように消えていくのを見ている方が、耐えがたかった。少女は目にいっぱいの涙を浮かべて、その手をそっと離した。

 またね。きっとまた、会いにくるから。

 最後まで優しい幻の声が、少女の耳にいつまでも残っていた。

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