胸が空っぽなら
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――すれ違い
恋に正解があれど正解の答えに辿り着くことが難しかったりする。
袋小路に行き着き手は空を彷徨い出口を探す。
思い出は胸を苦しくさせる。
あのとき彼女とみた空は綺麗な夕焼け空だった。
あのときの空に輝く星に願った夢は、彼女と一生一緒にいること。
あのときの朝に日差しに目を細めて、手を振って駆け寄ってくる彼女に微笑んだ。
あのときの空の下すべてには天使のような彼女がいた。彼女が微笑んだ思い出を思い起こして、いまこうして生きている。
この世にいないはずの彼女を追いかけた三年間。
いまの俺の心は、ぽっかり空いていて隙間風が吹いていた。
彼女との思い出は悪夢に変わり牙を剥く。
あのときのような綺麗な夕焼けは。あのときの星が輝いている夜は。朝日が照って微笑んで彼女を迎えた毎日は――いまとなってはズタボロに俺の心を、引き裂く悪夢になった。
命は脆い。
病気ひとつで簡単に身体を蝕んで命を奪う。
キミを優しく包み込んだ空の下で空っぽの手を握りしめて歩く。
たまにキミの声の幻聴を聞いて、隣を振り向いてしまう癖は直りそうにない。
夜の病院は静かで奇妙。
この清風病院で彼女は死んだ。
ここで死のうかと清風病院の屋上に忍び込んだ。
屋上の風が俺を誘う。早く死のうよと。まるで彼女が隣で囁いているように聞こえた。
――早く行こうよ? 早く星矢に会いたいかな。
「『会いたい』って急かすなよ? 最後の晩餐を済ませてからだよ」
――さっさと食べて! なんでこういうときもそれ食べるかな。
――筋トレ馬鹿だね? もう食べても飛び降りたらタンパク質の塊になるんだよ? 星矢は。
「チョコバーを最後にたらふく食べて死なせてくれよー? これで最後だからさ」
――あれからもう筋トレしていないでしょう? なんのための栄養補給なのかな?
「最期は癖で食っていたこれを食べたくてね? なんか食わないと誰かを呪いそうでな!」
――自分が死んだら呪う側になりそうだもんね? お医者さんたちを呪わないでよ? もし、殺すなら永遠に呪ってね? 私のために。
「ブラックなことを言うなよー」
突風が俺の背中を叩く。
――早く死のうよ!
「分った。行くか!」
死んだらずっと側にいようね? 今度こそ!
ああ。分っているよ。あゆみ。いま行くよ――
両手を広げて屋上から見下ろすと足が竦む。
――いっせーのでジャンプだからね? 私も飛ぶから大丈夫!
「そりゃ頼もしいなあゆみ! いまならキミが翼になりそうだ!」
「じゃあいっせーので!」
飛び降りようと身を乗り出したそのとき。
「!?」
「ワタシは翼にならないかな・・・・・・っ!?」
「あゆみ・・・・・・?」
「動かないでよ・・・・・・っ!?」
「馬鹿離せあゆみ!?」
「離したらあんた落ちるでしょう・・・・・・っ!?」
彼女の垂れ下がったポニテールが、屋上の風で暴れる。
「ぬぎゅうううぅ!?」
「わっ!?」
宙ぶらりんの身体が地面に投げ出された。
どういう力してんだ。この子。いや、俺の体重が軽すぎるのか・・・・・・。
彼女の腕を見ると、宙に舞った俺を引っ張り出せる筋肉質の腕をしていた。
息を切らした彼女は、キッと俺を睨み付ける。
「なんで、こういうことをしたの!?」
「なんでって・・・・・・」
「何も楽しくなくて・・・・・・あゆみがいない毎日は・・・・・・」
「胸が空っぽで毎日寂しくて・・・・・・俺は死にたくなって、あゆみがいないならもうい「胸が空っぽなら余計に幸せにならきゃいけないんじゃないの!?」