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戦国大河小説、立花家三代戦記、大國魂神社の大神様に捧ぐ!武蔵国、府中から関東を制覇して、上杉謙信、織田信長を倒して全国統一を目指します!  作者: 近衛政宗


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1547年(天文16年)3月下旬、5年に及ぶ伊達家の内乱は停戦へ!

伊達家親子が対立した天文の乱は伊達稙宗側に付いた大名家、伊達晴宗側に付いた大名家については諸説ありました。諸大名がどちらに味方したのかウィキペディア、AIで探しても解答が幾つか有りましたので、推測を元に執筆いたします。



1547年(天文16年)3月下旬


上洛使節団が帰国して数日が過ぎました。

この時、奥州では伊達家では【天文の乱】と云われる内乱が発生していました。

発端は越後上杉家の当主、上杉定実に実子が無く、上杉家は後継者候補を探していました。


伊達家当主、伊達稙宗は三男、伊達実元を養子に送り込み、奥州の覇権を確実に掴もうとしました。

これに反対したのが嫡男、伊達晴宗でした。

晴宗は父が三男の実元に優秀な家臣100名と数千の軍勢を連れて越後上杉家に送り込む計画を知り、伊達家の弱体化を招くと反対しました。


伊達稙宗は奥州の諸大名に娘を嫁がせて婚姻政策により最上家、大崎家、葛西家、相馬家、二本松家、田村家、蘆名家、二階堂家を従えて意気盛んな南奥州の覇者と呼ばれていました。

更に越後へ勢力を拡大すれば南奥州の完全制覇が見えている状況にありました。

南奥州を制覇したら更に北奥州、南部家や秋田家を制覇して全奥州を制覇する夢に向かっていました。


伊達稙宗は最善の手段として三男の養子縁組実現を目指しました。

しかし、嫡男の伊達晴宗は伊達本家が弱体化しては意味が無いとして強く反対しました。

父に反対する晴宗は父が鷹狩りしている時を狙い、捕縛して監禁してしまいました。

しかし、稙宗は監禁先から救われて脱出、逃亡先の丸森城にて味方を募りました。


伊達稙宗の窮地を知ると大崎家、葛西家、最上家、相馬家、二本松家、田村家、蘆名家、二階堂家、石川家が味方になり、10000余の援軍が丸森城に集結しました。


嫡男、伊達晴宗側には伊達家の直臣の8割が味方になり、桑折西山城に5000の軍勢を集めて父、伊達稙宗の率いる10000を超える大軍と対決する事になりました。

1542年(天文11年)に始まった内乱は5年が過ぎた今も戦いが続き、父、伊達稙宗と諸大名の大軍に屈せず、嫡男、伊達晴宗は直臣達に支えられて消耗戦を耐えていました。


松千代の発案で立花家はこの伊達家の【天文の乱】に介入します。

将来の奥州進出と古河足利家を奥州方面から抑える手段として、立花家と伊達家が同盟関係になる事を目指しています。


2月下旬、立花義秀は伊達家の内乱を終結させる為、磐城国の大名、岩城重隆に使者を派遣していました。

この時、伊達家の嫡男、伊達晴宗に味方しているのは岩城重隆と隣国の白河結城家、結城政勝の二人しかいません。

岩城重隆は武蔵国の立花家から来た使者、日奉宗政ひまつりむねまさと対面しました。


立花義秀からの親書を受け取り、その内容に岩城重隆は驚きました。


―磐城国、大館城―

―岩城重隆、日奉宗政―


「日奉殿、これは…伊達家の内乱を収める為、立花家が朝廷を動かして下さるのか?」  


「はい、伊達家の内乱が5年も続き、奥州の民の苦しみは限界かと思われます。

奥州の民の安寧を願い、お節介を承知で朝廷にお願い致しました!」


「なんと!?…奥州の民の安寧の為…

立花家の想いに感謝致します!」


「岩城殿、朝廷から伊達家に対して、停戦の勅命が降るのが3月下旬から4月の中旬辺りになりましょう。

勅使の方々を伊達晴宗殿の本拠地までご案内して頂きたいのですが?」


「おぉ!畏まりました!喜んでご案内致します!

朝廷は伊達晴宗を支持なさるのでしょうか?

実は私は伊達晴宗の弟、父、伊達稙宗の次男ございます!」


「岩城殿、主から聞かされて、伊達晴宗殿の弟君と知っておりました。

立花家は伊達晴宗殿の手により内乱が終わる事を願い、南奥州の秩序の回復を願っております。

父君の伊達稙宗殿には隠居して頂き、伊達家を嫡男、伊達晴宗殿が継承されて秩序の回復を実現なさる事が最善策と考えています!」


「ははっ!ご配慮に感謝致します!

日奉殿、我らに出来る事は何でも申し付けて下されませ!」


「それではお願いがございます!

立花家は勅使の方々を護衛する兵力を海路、小名浜湊へ派遣致します。

3000の軍勢が駐留する場所の提供と小名浜から伊達家の領内迄の地図に加え、周辺の諸大名の勢力図と、敵味方の兵力を知りたいのですが、準備出来ましょうか?」


「ははっ、お任せ下さい。ご用意致します!」


「それから、岩城殿の居城、大館城から伊達晴宗殿の本拠地迄の進路と、伊達稙宗殿の本拠地迄の進路を見極めたいのだが、準備をお願い出来ましょうか?」


「ははっ、畏まりました!」


岩城重隆と立花家の使者、日奉宗政は現在の戦況から大館城から伊達晴宗の本拠地、桑折西山城迄の進路を相談する事になり、数日に渡り検討した結果、凡その進路が定まりました。

しかし、戦況は苦しく、岩城重隆が支援している伊達晴宗の味方は岩城重隆と隣接地の白河結城家、結城政勝の二人しかいませんでした。

 

「岩城殿、このままの状況で勅使を迎えても進路の安全が確保出来ません!

進路には敵対する大名家ばかりになり、危険にございます!

私が進路の石川家、三芦城みよしじょう、二階堂家の須賀川城、そして田村家の三春城へ交渉に参ります!その3つの大名家から承諾を取れたら、その脚で伊達晴宗殿の本拠地まで行って参ります!

案内人を付けて頂けませんか?」


「承知致しました!

案内役に当家の重役と護衛を付けます!

石川家、二階堂家、田村家にも勅使の護衛を依頼すれば名誉の護衛になりましょう。

恐らく栄誉を授ければ敵対しないと思われます!」


「ははは!それは善き知恵を頂きました。

準備が出来次第、出発致しましょう!」



日奉宗政は岩城家の案内を受けて石川家の三芦城、二階堂家の須賀川城、田村家の三春城を巡り、停戦と勅使の護衛を受け入れる交渉に成功しました。

ついでに田村家の案内で二本松家の二本松城に赴き、交渉が成立、更に脚を伸ばして伊達晴宗の本拠地、桑折西山城こおりにしやまじょうに到着、立花義秀からの親書を渡す事が出来ました。


―桑折西山城―

―伊達晴宗、日奉宗政―


「日奉殿、信じられぬ程の幸運となりました!

立花家とは塩釜湊、石巻湊で交易している以外には特に交流も無いのに…誠に感謝致します!

それで、朝廷の勅使はいつ頃此方へお越しになられましょうか?」


「はっ、恐らく3月下旬から4月の中旬と想定しております。それから此方に参るまでに岩城家の大館城から進路の石川家、二階堂家、田村家、二本松家が停戦に承諾済にございます。

勅使の下向の際には石川家、二階堂家、田村家、二本松家が桑折西山城まで護衛の軍勢を出す事になりました!」


「なんと!?…そこ迄為されるとは驚きました!

誠に感謝申し上げます!」


「ははは、伊達殿、ここ迄無事に来れたのは貴方の弟君、岩城重隆殿が道案内と護衛の兵力を出してくれたお陰にございます!岩城重隆にお世話になりましたぞ!」


「ははっ!ご存じでしたか?

さすが我が弟にございます!

勿論弟には大いに感謝致します!」


「さて、それならば石川家、二階堂家、田村家、二本松家に使者を交わして、停戦を確実になされませ!

それなる四つの大名家と停戦となれば、その他の敵対する諸大名らも仕方無く停戦を応じるに違いありません。

これで長き戦から民を救えましょう!」


「おぉ!それでは早速使者を向かわせます!

ご指摘に感謝致します!」


伊達晴宗は直ぐに使者を遣わして石川家、二階堂家、田村家、二本松家と停戦を結びました。

これにより今まで敵対していた強敵の蘆名家が停戦に応じる事になり、父の伊達稙宗を支援する最上家、大崎家、葛西家に動揺が走りました。


日奉宗政は伊達晴宗の本拠地、桑折西山城から伊達稙宗、最上家大崎家、葛西家に書状で停戦を呼び掛けました。


やがて立花家の仲介で朝廷から勅使がやって来ると噂が流れて厭戦気分が蔓延すると、伊達稙宗を支えていた最上家、大崎家、葛西家も停戦を内諾する事になり、最後に伊達稙宗も継戦を断念すると停戦を内諾する事になり、事実上の停戦状態になりました。



日奉宗政は役目を果たすと桑折西山城を出発、岩城家の大館城に戻り、岩城重隆に成果を報告しました。

岩城重隆は事実上の停戦状態を喜び、大館城にて祝賀の宴が行われました。


3月25日、岩城家の大館城に滞在する日奉宗政から想定を超える報告が届きました。

使者から届いた書面に依ると、伊達家の内乱が停戦状態になり、伊達晴宗が勅使の下向を待ち望む様子が知らされました。


―府中城―

―立花義秀、鹿島政家―


「ぶははは!日奉宗政!ようやった!

ここ迄上手く運ぶとは思わなかったぞ!」


「はい、見事にございます。

御一門の善き手本に御座います!」


「さて、これで準備が出来次第、吉日に横浜湊から出航して4月の上旬に伊達晴宗殿に逢えそうだな?」


「ははっ!支度を急ぎましょう!」











立花家の一門、日奉宗政が見事な外交手腕で5年も続いた伊達家の内乱を停戦状態に変化させました。


奥州では内乱の切っ掛けになった越後上杉家の後継者が数年前に決まっている事で、伊達家当主、伊達稙宗側の大義名分が失われ、厭戦気分が蔓延していました。

こんな状況に現れた立花家の仲介を諸大名は大いに喜んで受け入れました。





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