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戦国大河小説、立花家三代戦記、大國魂神社の大神様に捧ぐ!武蔵国、府中から関東を制覇して、上杉謙信、織田信長を倒して全国統一を目指します!  作者: 近衛政宗


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1547年(天文16年)3月上旬、反乱軍進撃開始!

反乱軍と幕府軍の戦いは反乱軍が芥川城と高槻城を攻略して有利な展開になりました。

幕府側は後手を踏む失態となりました。

1547年(天文16年)3月上旬


3月6日の夕刻、勝龍寺城の幕府軍を訪ねた東郷信久は石清水八幡宮に戻りました。


―立花義國、東郷信久―


「若殿、勝龍寺城には幕府の軍勢3000程が集まっていました!

東に1里(4キロ)先の山崎城に松永長頼殿(松永久秀の弟)の軍勢2000が配置されています。

本日中には管領、細川氏綱殿、三好長慶殿の軍勢が到着する故、10000を超える軍勢になります!

幕府の重役、六角定頼殿、畠山政国殿の軍勢については後から参陣すると伺いました!」


「そうか、それで勝龍寺城の軍勢の指揮官は誰だ?」


「松永久秀殿にございます。

松永殿は山崎に布陣している将広様(立花将広)が反乱軍の進路を妨げる作業につきまして感謝すると御言葉を頂きました!

現在、勝龍寺城と山崎城からも応援する事になり、共同で街道封鎖の作業に当たる事になりました!」


「そうか、松永久秀殿か…共同作業となったならば心強いな?

山崎に布陣している叔父上(立花将広)の軍勢の様子はどうだ?」

立花義國は前世の記憶で戦国の梟雄と云われる事になる松永久秀が頭角を表して来た事を悟りました。


「はっ!将広様の軍勢は山崎城と勝龍寺城の中間地点、半里(2キロ)の当たりに布陣しておりました!

西国街道及び脇道に幅1丈(3m)四方の広さで、膝下程度の穴を掘り、逆茂木、竹矢来を設置しています。これで広範囲に穴を仕掛けたら、反乱軍の荷駄は通行不能、逆茂木、竹矢来を取り除けば軍勢は通れても、兵糧が運べません!

反乱軍も兵糧無しに洛内には侵入出来ないと思われます!将広様の策には驚きました!」


「さすが、叔父上だ!

反乱軍が大軍だろうと怖く無いぞ!

日没する迄に反乱軍の通れる道は封じられる!

面白くなってきたぞ!

それで、松永久秀殿から何か頼まれなかったか?」


「はっ、松永久秀殿は、高槻城の南側と淀川沿いに反乱軍の対岸から牽制して貰いたいと申されました!」


「おぉ、そうか、それは良かった!

松永久秀殿に我らの軍勢は5000だと思わせただろうな?」


「はい、我らの軍勢は凡そ5000程と知らせました。それ故に松永殿は牽制するだけを頼まれました!

正直に10000を超える軍勢と知れば我らに過大な期待をするでしょう」


「それで良し!それでは本願寺勢3000には高槻城の南側で牽制を依頼するぞ!

伝令を本願寺勢に送り込め!

あとは淀川の東岸に所在する武将達を集めろ!

軍議を開くぞ!」


「ははっ!畏まりました!」


本願寺勢には高槻城の牽制を依頼する伝令が送られ、立花将広以外の武将が軍議に招集されました。

軍議では反乱軍側の最新情報が明かされます。


反乱軍は芥川城、高槻城を攻略して二日間の戦いに参加した部隊は休息中。

反乱軍には増援部隊が3000程加わり、総勢15000になった事が判明しました。

反乱軍は高槻城から2里弱(6キロ)の山崎城方面に向かって先行部隊が3000が向かっていました。

立花義國と諸将は軍議の結果、明日の配置が決まりました。


高槻城南側1里(4キロ)の鮎川に本願寺勢3000、更に高槻城の東1里(4キロ)の楠葉に立花義弘勢1000、大徳寺の軍勢2000を配置します。

これで本願寺勢が攻撃された場合に楠葉から3000の軍勢が渡河して救援に駆けつけます。

万が一に反乱軍が淀川を渡河する場合には立花義弘勢と大徳寺の軍勢が迎撃する事になります。

この時には本願寺勢が背後から援護する事になり、相互に援護が可能な配置になりました。


それから橋本の渡場周辺の河川敷に東福寺勢2000、立花義國勢1000、石清水八幡宮勢2000の合わせて5000が布陣する事に決まりました。

橋本の渡場から山崎に布陣している立花将広の陣地まで半里(2キロ)にあり、反乱軍の動きに対応出来る位置に待機する事になります。


最後に総大将として立花義國が語り掛けます。

「それでは、明朝、夜が白み始めたら移動開始!

配置に着いたら我々は幕府側の援護に徹し、軍旗を掲げて反乱軍に我らの存在を示すのが役目である!

手柄をあげても犠牲を出しても金欠の幕府に報償など期待は出来ぬ故にご理解願いたい!」


立花義國は反乱軍と幕府の戦いに極力関わらず、犠牲を避ける方針を伝えました。

諸将は少し不満ながら、幕府から見返りの保証無しには戦うのは無駄だと理解しました。


翌日、3月7日早朝、夜が白けて視野が開けると石清水八幡宮から軍勢の移動が始まりました。

反乱軍側にも動きが有りました。

山崎城付近に進出していた先鋒部隊、木沢勢3000が山崎城の南側から西国街道を都に向かって進軍を開始しました。

反乱軍は高槻城を攻略した三好政長の3000が第2軍として2里弱(6キロ)先の山崎方面を目指し、第3軍が芥川城を攻略した伊丹親興の軍勢3000が山崎城攻略に向かいました。


―反乱軍本陣、芥川城山麓― 

―細川晴元、側近―

「殿、第2軍、第3軍が出陣しました!

幕府軍は山崎周辺の西国街道と脇道に穴を掘り、陣地を構えていると知らせがありますが、強行しても宜しいのでしょうか?」


「構わぬ、先鋒部隊と第2軍が協力して山崎を突破して今日中に勝龍寺城にて決戦に持ち込むぞ!

六角定頼と畠山政国の軍勢は観音寺城で婚礼の為、到着には未だ二日は遅れるだろう。奴らの軍勢が来ないうちに決着せねばならぬ!

我らも山崎へ後押しに参るぞ!

出陣の合図だ!」


「ははっ!」


太鼓が叩かれ、法螺貝の音が響き、細川晴元率いる旗本4000の軍勢が第4軍として出陣しました。

反乱軍13000は山崎方面を目指して兵力を集中しました。

今なら敵方の幕府軍の主力は三好長慶と細川氏綱の軍勢だけに限られています。

反乱軍の総大将、細川晴元は婚礼の為に都を離れている六角定頼、畠山政国が来援する前に勝龍寺城を確保したいと考えていました。



反乱軍の細川晴元は立花家と宗教勢力の存在を軽視していました。幕府軍側も同じく、牽制の役程度に構えています。その兵力が以外に多い事を知らずにいました。


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