1544年(天文13年)3月26日、戸塚陣地、玉縄城の攻防
玉縄城を包囲した立花軍の動きに、北条氏康が逆転を狙い、北条綱成に9000の軍勢を託して派遣しました。
綱成軍は前日に相模川を渡り、ずぶ濡れになった5000が含まれます。彼らは十分に乾かす時間に恵まれず、暖かい食事も取れずに過ごしました。
兵力の数では北条軍優勢ですが、果たしてどーなりますか?
三田綱重、大石盛将が津久井城攻めに向かいます。
相模の戦いがさらに熱くなりそうです。
1544年(天文13年)3月26日早朝
―戸塚陣地―
―楢島正臣、側近―
祝詞、君が代斉唱に続き、応援歌が始まりました。太鼓が響きます。
ダダダン!ニッポン!
ダダダン!ニッポン!
おぉーぉー!にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
ヘイヘイヘイヘイ!
おぉーぉー!にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
ヘイヘイヘイヘイ!
ダダダン!たちばな!
ダダダン!たちばな!
奮えー!奮えー!たちばな!
奮え!奮え!たちばな!
奮え!奮え!たちばな!
元気な声が響きました。
「これで味方の兵士たちに気合いが入ったな?
物見の報せだが、北条綱成軍は厚木、平塚、伊勢原から集めた軍勢5000が相模川を渡る時にずぶ濡れになったまま、長後(藤沢市)に到着している。
昨夜の寒さと風だ、敵の兵士達は本来の力が発揮でないだろう?
全体では9000もの軍勢だが、甲冑もバラつきがあり、明らかに正規軍以外の予備の兵力だろう」
「はい、同感にございます」
玉縄城から2キロ久良岐勢陣地でも祝詞、君が代斉唱、に続き応援歌が始まりました。
ダダダン!ニッポン
ダダダン!ニッポン
おぉーぉー!にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
ヘイヘイヘイヘイ!
ダダダン!たちばな!
ダダダン!たちばな!
奮えぇー!奮えー!たちばな!
奮え!奮え!たちばな!
奮え!奮え!たちばな!
こちらも玉縄城に向けて気合いを示しました。
―玉縄城―
―北条氏堯、長谷川正行―
早朝の静けさの中2キロ先から聞こえる太鼓の響きと、気合いの入った声が聞こえました。
「立花軍は随分元気だな?
味方の兵士達の士気はどうだ?」
「はい、士気が高いとは言えませぬ、北条氏康様の招集に答え、招集済みの武家からさらに招集した兵士や、領民から足軽として追加招集した兵士ですから、通常なら招集されない身分です」
「使い方が難しい訳だよな?
寄せ手の久良岐勢は2000、2里強先(6キロ)に楢島勢6000、我が軍勢は3000に過ぎぬ…
幸いだったのは久良岐勢が来るのが1日遅れていたら、玉縄城は空城だ!
空城の玉縄城は立花軍に奪われ、鎌倉周辺から三浦半島まで立花家に取られただろう」
「はい、その通りにございます」
「それ故、立花軍を突破すれば、三浦半島や鎌倉周辺から集めた武器、兵糧を海老名城経由で座間城本陣に届けられる!」
「殿!我らの玉縄城を包囲してる久良岐勢は4つに分散して街道筋だけ、押さえております。
城攻めの態勢ではありません。
南側を開けて西、北、東に500づつ、北東に少し離れた位置に本陣500と分散しています。
久良岐勢の意識は長後の北条綱成様の軍勢と楢島勢の決戦の行方に向いてるでしょう。
玉縄城からの反撃を想定してるようには見えません!久良岐勢を蹴散らしましょう!」
「わかった!西、北、東の敵陣へ各々200名の部隊で攻撃だ!
南門から俺が率いる本隊2000が繰り出し、東の敵陣の腹背を攻撃して粉砕する!
さらに北東の久良岐勢本陣を攻撃するぞ!」
「はっ!承知致しました!」
「正行!城内の指揮を任せる!戦いに不慣れな兵士が多いから無理せず、牽制するだけで良い!
直ぐに準備に掛かれ!」
「ははっ!」
―長後、北条綱成本陣―
―北条綱成、伊藤正春―
「正春、玉縄城の援軍は間に合って良かったな?」
「はい、間に合って安堵いたしました」
「昨日、相模川でずぶ濡れになった兵士達の体調はどうだ?」
「良くありません。
本来なら海老名で甲冑から下着まで乾いてから座間城に向かう予定でしたから、長後まで移動した上に昨夜の低温と強い風にやられて、焚き火を増やしましたが、全ての兵士を暖めるには足りませんでした。
暖かい食事も与えてやれず、覇気がありません」
「そうか、兵士達には不自由な思いをさせて申し訳ない!北条家は最初の初手から立花家に主導権を握られたままだからな、なんとかしなきゃいかんな?
風が収まったから煮炊きは出来るな?」
「はい、大丈夫です!」
「ならば朝から暖かい物を兵士達に配ってくれ!
冷えきってる身体が暖かくなってから立花軍と戦うぞ!」
―久良岐康成本陣―
―久良岐康成、槙野善臣―
「善臣!西、北、東、各陣地から200ずつ抜き取り、配置替えは済んだか?」
「殿、すでに配置完了しました。玉縄城からは500ずつ街道筋を押さえてる様に見えてるでしょう。
本陣後方に600が控えております!」
「久良岐城から追加の兵士は到着したか?」
「はい、ご子息、康国様が500を率いて予定通り
本陣後方に待ち構えておられます。」
(本陣は久良岐城から7キロ)
「よし!準備完了だな?
玉縄城主、北条氏堯は当主、氏康の弟だが、長後に布陣してる北条綱成と仲が悪いらしいぞ、兄の氏康が幼馴染みの綱成ばかり重用するのが気に入らないらしい…綱成は血の繋がりが無い、討ち死にした武将、福島家の孤児だったが、氏康の遊び相手として幼い頃から分け隔て無く育てられたらしい」
「はい、余程、前当主、北条氏綱に気に入られたと思われます」
「そうだな、北条姓を与えられ、綱の名乗りまで賜り、北条綱成と優遇されて育ったから、氏堯には許せないようだから、北条綱成より、派手な活躍を望むだろう…恐らく北条氏堯は玉縄城から出撃して目立つ勝利を目指す…
そこを逆手に待ち構えてやるぞ!」
「はい!気を引き締めて参りましょう!」
午前8時頃、玉縄城を巡る互いの策が絡みます。
玉縄城から北条家の兵士達が出撃しました。
西の陣地へ200、北の陣地へ200、東の陣地へ200、街道筋を塞ぐ馬防策へ近付き弓を放ちます。
久良岐勢は盾を前に備えて防ぎます。
南門から出撃した北条氏堯勢2000が東の陣地を守る久良岐勢に襲い掛かりました。
堪らず逃げる久良岐勢は引き金を鳴らして後退しましす。
東の陣地を突破した北条氏堯勢は後方1キロに布陣する久良岐康成の本陣へ突入します。
2000対500ですから最初から勝負にならぬように見えました。
本陣から久良岐勢が後退、本陣に残る兵士100程が弓を放ち時間稼ぎする間に本陣の兵士の大半が後退しました。
本陣の殿軍を勤める兵士は騎馬弓隊20騎に守られ後退します。さらに長槍30名が入れ替わり援護します。
本陣から離れて300メートル程の小高い丘に八幡神社が有りました。
久良岐康成は本陣の兵士を八幡神社に集めました。
八幡神社に逃れた350名、殿軍150名が苦戦しながら八幡神社目指して後退します。
北条氏堯勢2000はなだらかな坂道を登りながら殿軍を追い立てます。
殿軍の兵士は50名が命を失いながらも八幡神社へ逃げ込み計りました。
八幡神社から久良岐勢が支援に駆けつけ、激しく抵抗しながら殿軍を収容します。
北条氏堯勢は八幡神社を包囲に掛かりました。
正門から兵士を突入させます。
階段を10段上がるとすぐに鳥居があり、100名程入れる広さの境内がありました。
さらに階段が10段あり、さらに広いスペースに久良岐勢が逃げ込んでいました。
北条氏堯勢は追い付いた!これで決めるぞ!と兵士を突入させました。
久良岐勢は弓の連射で必死の抵抗をします。
久良岐康成が合図を命じました。
太鼓の音が響き、久良岐勢の伏兵が攻撃に転じました。玉縄城の西、北、東から抜き出して配置した600の兵士達が北条氏堯勢の西側から奇襲を掛けました。さらに、久良岐康成の嫡子、久良岐康國の500が東側から突入しました。
久良岐勢の伏兵の奇襲が成功、不意打ちを喰らった
北条氏堯勢は混乱しました。
八幡神社から反撃に出た久良岐勢は高所から八幡神社に侵入した北条氏堯勢を突き崩します。
2000対500だったはずが、久良岐勢に伏兵1100が戦場に加わり、北条勢2000対久良岐勢1600の僅差の兵力になりました。
反撃を喰らった氏堯勢2000が後退します。
久良岐勢は集団で少数を包囲して叩き始めました。
集団戦法に慣れて無い軍勢は攻撃を受けると少数で孤立してしまいます。
北条氏堯勢は隊列が崩れ、指揮官が声を枯らして隊列を乱さないように呼び掛けますが、恐怖に怯えた兵士は勝手に逃亡を始めました。
坂道を登ってきた北条軍が背を向けて逃げ出し、久良岐勢は背後から弓を放ちながら追いかけました。
上空高く、遠距離を狙う弓矢は、頭から雨の如く降り注ぎます。背中にに放たれる弓矢の雨、我先にと逃げる兵士達、転ぶ兵士が踏まれます。転ぶ兵士を踏む兵士が次々に転びました。
久良岐勢に追い付かれた兵士は長槍に叩かれ、悲惨な光景が続きました。
北条氏堯の軍勢は狭い下り坂を早く逃げようと焦り、転び、仲間を踏みながら見苦しく逃げる集団がありました。何人にも踏まれた兵士は負傷して動け無くなりました。混乱する北条氏堯勢の背から久良岐勢の長槍部隊が容赦無く叩き、八幡神社から玉縄城まで3キロ程の距離が北条氏堯勢には地獄の敗走になりました。
玉縄城から長谷川正行の500が救援に来なければ氏堯まで討ち死にしたかもしれないほどの大敗になりました。氏堯は二度も長槍に叩かれ、頭と左肩を負傷しました。
久良岐勢は氏堯が玉縄城に生還した事を知ると攻撃を終了しました。
―正午過ぎ、玉縄城付近―
―久良岐康成、槙野善臣―
「善臣!ここまでだ!北条氏堯を取り逃がしたのは残念だが、勝鬨をあげるぞ!」
「エイエイ!おぉー!
エイエイ!おぉー!
エイエイ!おぉー!
エイエイ!おぉー!」
「太鼓を叩けー!
応援歌だぁ~!」
ダダダン!ニッポン!
ダダダン!ニッポン!
おぉーぉー!にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
ハイハイハイ!
おぉーぉー!にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
ハイハイハイ!
おぉーぉー!にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
ハイハイハイ!
ダダダン!たちばな!
ダダダン!たちばな!
奮えー!奮えー!たちばな!
奮え!奮え!たちばな!
奮え!奮え!たちばな!
肩を叩き会い、喜びを分かち合う久良岐勢の兵士達、
朝8時に始まり、4時間余りで戦いが終わりました。
北条氏堯勢、出撃した2000から生還800
未帰還1200となりました。
北条氏堯勢戦死600、負傷400
玉縄城兵士3000
損耗率33%
出撃した2000を対象にした損耗率は50%と壊滅的な大敗になりました。
久良岐勢戦死200、負傷300
損耗率10%
久良岐勢に確保された捕虜が300名に達し、負傷者には治療を施し、首実験に立ち会わせた後、簡単な尋問に答えた捕虜の兵士に食事を与えて解放しました。強制的に徴用された彼らの多くが玉縄城に戻りませんでした。
北条氏堯は辛くも玉縄城に戻り、腹心の家臣、長谷川正行と合流しました。
「殿!よくぞご無事で!」
「正行!済まぬ!負けた!
完全にやられた!お主が助けに来なかったら俺は討ち取られておったわ!」
「いえ、殿さえ助かれば玉縄城は大丈夫です!」
「多数の兵士を無駄に死なせてしまった!
兄上に会わす顔が無い!久良岐勢を粉砕して、戸塚の楢島勢を攻撃する事も儚く散った!」
個人的に意識している北条綱成に活躍する姿を見せつける筈が、北条氏堯の目標とは真逆の結果になりました。
氏堯自身が退却しながら槍を振るい戦いました。体力が尽きる寸前に玉縄城へ逃げ込みました。
彼はまだ22歳、耐えきれぬほどの悔しさと、多数の兵士を失った苦しみが入り交じり、涙が溢れました。
氏堯を逃がす為に警護してくれた多くの兵士が犠牲になりました。彼らの在りし日の笑顔が浮かびます。後悔しても彼らは旅立ちました。
長後から戸塚に移動中の北条綱成に玉縄城から伝令が到着しました。
──北条綱成、伊藤正春───
「なんだとぉー?!
玉縄城の氏堯様が負けた!
敵方を追撃して伏兵にやられた?
玉縄城は落ちて無いんだな!」
「殿!久良岐勢は戸塚の楢島勢の近くに居ります。楢島勢の支援に現れるやもしれませぬ!」
「そうだな、彼らの事も頭に入れて戦いに参ろう!」
立花家、戸塚、楢島勢本陣に久良岐勢から伝令が届きました。
──楢島正臣、側近──
「久良岐勢が玉縄城外にて勝利!?
退却を擬装して包囲したのか?」
「はい、その通りにございます!」
「良かった!見事だ!
玉縄城を攻撃する必要無いからな!暫く休息するように伝えよ!」
「殿、久良岐勢はこちらの戸塚に向かうと知らせが参りました!」
「何?こちらに来る?疲れてるだろうに…
それでも合流して軍勢が増えれば…
敵方には精神的に脅威になる筈…
そうか!久良岐勢の意図は承知したぞ!
久良岐勢に伝令だ!
天晴れ!承知した!と伝えてくれ!」
「はっ!承知致しました!」
3月26日、早朝からの北条氏堯勢と久良岐康成の戦いは伏兵を用いた久良岐勢の勝利となりました。
午後からは北条綱成の軍勢が戸塚に布陣する楢島勢との戦いになります。
綱成は凍えた兵士を労り、朝から暖かい食事を取らせて兵士達の体調回復を計りました。
どの様な戦いになるのでしょうか?




