1544年(天文13年)3月20日、東伏見城を巡る戦いに変化が!? 淵野辺の北条氏康には思わぬ試練が!?二つの戦場に新たな動きが始まります。
北条氏康が八王子方面に抜けられる道筋を見つけました。
八王子方面に侵入出来れば、滝山城の戦いに相当の影響を与える事が出来る!なんて考えました。
滝山城の戦いは終結しましたが、氏康に情報が届いていません。
滝山城から北条氏康の淵野辺本陣まで、直線20キロ、実際は25キロ~30キロ程になりましょう。
優秀な忍び軍団、風魔にしても立花家のキャバクラ作戦に阻まれ、情報伝達が遅れています。
果たしてどーなりますか?
東伏見城を迫る扇谷上杉軍は滝山城の戦いの結果を知りました。
味方が敗れましたが、士気は高く、立花軍の主力部隊との決戦を決意しています。
こちらも少しずつ動きがありそうです。
1544年(天文13年)3月20日
―石神井城―
―扇谷上杉朝定、長尾信忠―
早朝、東伏見城から立花家の軍勢の応援歌が聞こえました。続けて久我山城からも聞こえます。上杉軍の兵士達の眠気が吹き消されました。
長尾信忠が昨夜の軍議で決めた主力決戦の配置を報告します。
「殿!昨夜の軍議にて新しい配置が決まりました。
石神井城の南に陣地を移します!
立花軍が現れたら、北側を石神井城で守る事が出来ます。背後を練馬城と曾我勢1000名が守ります。
西から来る立花軍に対して右翼に上田勢2000名、左翼に難波田勢2000名
遊軍広沢勢2000名
石神井城に島村勢1000名
本陣を2000名とします。
敵方に対して石神井城と、練馬城を有効に使える形になります!」
「良し!面白そうだな?
石神井城と練馬城が有効に使えるんだな?」
「はい!石神井城と練馬城の守備兵力が加わる事で、北から東側の壁の役割を果たしてくれます。
西の東伏見城と石神井城の距離は半里ほどになり(2キロ)、南の久我山城と石神井城の距離も半里(2キロ)、石神井城と味方の練馬城が半里(2キロ)、この辺りで地形を選び陣地を作ります!
柵を巡らせ、小高い丘に布陣して、立花軍を石神井城近くに引き込みます!」
「信忠!これなら勝てそうだ!頼むぞ!」
「はい!先に有利な地形を確保して立花軍を苦しめてやります!」
「わかった!すぐに取りかかってくれ!」
扇谷上杉軍は東伏見城の北側を中心に布陣していましたが、有利な地形を求めて石神井城の南側へ移動しました。
―東伏見城天守閣―
―立花義弘、側近―
「扇谷上杉軍が陣替えだな?
城攻めから、主力軍との決戦に配置替えか?…
地形を利用して陣地作りが丸見えだ!
父上(立花義秀)が天守閣を建てたお陰で、移動する敵勢が見えてるぞ!
府中の父上に伝令を、出せ!至急報告だ!」
扇谷上杉軍の動きを知らせに早馬が府中城に向かいました
3月20日、昼すぎ、東伏見城の南に前原城から来た伊集院忠久の2000が到着しました。
さらに東伏見城の西に国分寺城から来た本多広孝の2000が到着、扇谷上杉軍が石神井城南に移動したのを知ると予定を変更して、東伏見城の北側に布陣しました。
世田谷城の吉良頼貞の2000は午後から久我山城の東側付近を通過して存在を誇示しながら練馬城の南に3キロ辺り、沼袋周辺に布陣しました。
―3月20日午前8時頃―
―淵野辺北条氏康本陣―
―北条氏康、北条幻庵―
「氏康!大変だ!滝山城から風魔が戻ってきたのだが、負けた!山内上杉軍が負けたぞ!」
「えっ!まさか?…山内上杉軍が滝山城を間も無く手に入れると思っておりましたが?」
「知らせによると、18日の午前中に総大将同士の一騎討ちがあったのだ!
大石家総大将、大石盛将と山内上杉憲政殿が戦って憲政殿が負けた!」
「えっ?!叔父上!
なんで、大軍同士の戦いで総大将同士の一騎討ちになるのでしょうか?」
「知るかぁー!
兎に角、大激戦になって憲政殿自ら滝山城の激戦の中に突入して一騎討ちを所望したらしい。
相手も逃げずに応じた結果だから仕方無いわー!
それから直ぐに停戦になって、和議になったらしいが、まだ詳しい事はわからん!
上杉軍の死傷者がやたら多かった!
それしか掴めておらんのだ!」
「叔父上!風魔にしては知らせが遅いですな?」
「仕方あるまい!立花の警備が厳しく、流石の風魔達が苦労して知らせてくれたのだから、叱っては、ならんぞ!」
北条家の諜報網が機能しなかったのは風魔の忍び達が立花家の伽馬癖羅作戦に妨害された事が原因でしたが、その後間も無く悪い知らせがありました。
「氏康!大変だ!
深見城が立花軍 3000に囲まれた!」
「叔父上!深見城が取られたら鎌倉方面の領地との連携が断たれる恐れがあります!」
「どうやら滝山城の決着をつけた立花軍が攻勢に出て来たようだ!
氏康!ここは決断せねばならない!
深見城まで3里(12キロ)
全軍で救援に行くか?
兵力を分けて援軍を出すか?
猶予はないぞ!」
「叔父上!全軍で参りましょう!
叔父上に救援の先鋒軍 3000を率いて先駆けをお願いいたします!
富永勢1000
大草勢1000
旗本から1000を叔父上に任せます!
私も後を追いかけます!」
「わかった!深見に参るぞ!」
北条幻庵の3000が深見城に急行しました。
氏康は本陣に100程の兵士を残し、深見城を目指しました。
―長津田城の南2キロ付近―
―楢島正臣(八王子城主、立花将広の娘婿)、側近―
「八王子の義父上(立花将広)が滝山城の戦いで大活躍したらしいぞ!義父上から少し目立つ事も大切だ!なんて指摘があったからな、府中の殿様から6000の軍勢を預かったから少し目立つ事をするぞ!」
「はい!やりましょうぞ!」
「だからこそ、深見城を囲み、北条氏康を誘きだす!適当に長津田城方面に引き入れたら小野路城、小山田城、相原城の後詰めと、八王子からの援軍約15000から20000が来る!
それまで、楽しんでやるぞ!」
「はい!ウズウズ致します!」
その時、知らせが入ります。
「殿ぉー!深見城を囲む長尾勢から知らせが参りました!北条軍の深見城救援に北条幻庵の軍勢3000がやって参ります!」
「良し!俺達も深見城近くに行くぞー!
北条軍は深見城を囲む3000しか見えてないだろう。
こちらの3000が敵を包囲してやる!」
深見城を囲んでいた立花軍、長尾政頼勢3000は包囲を解き、深見城の南へ退避して布陣しました。
午後1時頃、深見城の救援に現れた北条幻庵勢3000名と長尾政頼勢3000名が戦いを始めました。互角の戦いから、北条軍が少しずつ押し始めた時でした。長尾勢の右翼が崩れ、後退します。やがて、長尾勢の中央、左翼もジリジリ後退しました。北条軍は釣られて隊列が長く伸びました。
そこに、楢島正臣勢3000が東方から現れ襲い掛かりました。
北条軍は攻勢に出た横腹と背後を取られ、隊列が乱れました。
長尾政頼勢も反攻に転じます。
北条軍を深見城方面に押し返します。弓矢の連射に長槍で叩きます。
散々に追い立てます。
楢島勢は包囲した退路を敢えて開けました。
「包囲が解けたぞー!」
「退路が空いたぞぉー!」
楢島勢が北条軍兵士に聞こえるように呼び掛けました。
北条軍の兵士達は逃げ道が空いた!と感じます。
指揮官達が止めても集団心理から競って逃げ出し、混乱の最中、北条幻庵も諦めました。
「慌てずに撤収だ!固まれ!隊列を保てー!」
北条幻庵の軍勢は隊列を保ちながら撤収します。
追撃する楢島勢は適度に追い立てると、進軍を止めました。
「これまでだ!深追い無用!」
楢島正臣が指揮官達に追撃停止を命じました。
彼は後から北条氏康が7000を率いて向かっている事を知っていました。
「閧の声をあげよ!」
「エイエイおぉー!
エイエイおぉー!
エイエイおぉー!
エイエイおぉー!」
立花軍、楢島勢、長尾勢が勝利を誇示して戦闘が終了しました。
「いざ、長津田方面に転進!」
楢島正臣は素早く全軍を率いて長尾勢と共に長津田城方面に帰還しました。
北条幻庵勢
死者150
負傷者350
合計500
損耗率16%
立花軍
楢島正臣勢
死者50名
負傷者150
損耗率3%
長尾正頼勢
死者20名
負傷者70名
損耗率3%
―午後4時頃、深見城付近―
―北条氏康、北条幻庵―
氏康の軍勢が駆けつけましたが、立花軍、楢島勢は既に長津田方面に去った後でした。
「氏康!済まん!負けた!」
「叔父上、無事で何よりに御座います!」
「敵の長尾勢は深見城を囲み、我らを誘い出した!
長尾勢に誘い込まれて迂闊にも楢島勢に腹背から攻撃されて負けた!」
「叔父上!被害は大きくありません!
それより、深見城が守れたから良いでしょう。
叔父上が素早く到着したから救われました!」
「あぁ、深見城が無事で良かった…」
「敵は長津田方面に引きました。
叔父上、今夜はこの辺りに布陣します。
明日から挽回に勤めましょう!」
北条氏康は負けた幻庵を責めず、深見城が救われた!と強調しました。幻庵もその言葉に救われる事になりました。
―長津田城夕方5時過ぎ―
楢島正臣、平山信季、
長尾政頼は城兵達の歓声の中
帰還しました。
おぉーぉー!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
にぃーぃーっぽぉーん!
ヘイヘイヘイヘイ!
ダダダン!たちばな!
ダダダン!たちばな!
応援歌で盛り上がります。
勝利の余韻に浸りました。
長津田から深見城の戦いの詳細が立花家の領内に報じられます。隣接地の成瀬城から鶴川城、府中城、成瀬城、小野路城、小山田城、相原城、片倉城、滝山城等に次々勝利の知らせが広がりました。
相模の深見城で戦闘が始まりました。
明日からどんな展開になるのか?
明日21日には東伏見方面に立花軍の兵力が増強しそうです。
こちらも動きがありそうです。




