１５４６年(天文１５年)４月２１日、前橋上杉軍、苦難の退却。
長尾時長は兄と主君を無事に退却させる為に田波目城に向かう事を勧めました。
兄、憲長は婿であり、主君の上杉英房の提案を受け入れ、川越城に向かう事を決めます。
弟の時長に一緒に川越城に向かう事を勧めますが……
１５４５年(天文１５年)４月２１日夕刻～
長尾時長と彼の率いる軍勢は主君、上杉英房と兄、長尾憲長を逃がす為に必死に戦いました。
花澤勢２０００を突き崩しては後退します。
花澤勢は諦めずに追撃します。
時長の軍勢が入間川近くまで逃れますが、入間川の対岸には香月勢１０００が入間川を渡った土手の上に待ち構えています。
土手の高い位置から戦場を見渡し、有利な地形を生かして前橋上杉軍に弓の連射を喰らわせ、長槍隊が襲いかかりました。
その右脇に三田勢１０００が待ち構えています。彼らも土手の上に広がり、敵兵に入間川を渡らせて待ち構えて叩きます。
香月久則が三田綱秀に伝令を送りました。
松千代から敵勢を下流に追い込めと指示されたと伝えます。
─三田綱秀─
「なるほど！
下流には義秀殿の軍勢が、こちらに向かうはず、下流に追い立てれば義秀殿の軍勢と出会う可能性がある！
伝令！各部隊に通達だ！
敵勢を下流に追い立てろ！」
綱秀は先を見越して指示する松千代に驚きました。
─前橋上杉軍、─
入間川の河川敷まで辿り着きましたが、対岸に香月勢、三田勢が待ち構えています。
背後からは立花軍に迫られ、味方に背中を押されて入間川に入り、胸まで水に浸かり、重い身体は思うほど動きません。
退却を開始した時に盾を破棄して逃げています。遮蔽物無しで弓矢の集中連射を浴びて負傷者が続出します。
渡りきると甲冑と装備全てが水に浸かり身体は重くなり、俊敏には動けません。
上陸直後に弓矢を避けながら前進、長槍隊との戦いになります。
香月勢、三田勢は対岸の土手の高い位置から見下し、軍勢を繰り出して多数で少数を叩きます。
─上杉英房、長尾憲長─
「婿殿は泳げるか？」
「はい、父上、水練なら得意です。甲冑を着けた水練も習得しています。」
「ならば、流れに身を任せ下流に下り、敵勢の隙をついて対岸から田波目城を目指すぞ！」
「駄目です！義父上！敵に策士が居るなら読まれております！川越城に向かうべきでございます！
たとえ、半数以下になろうとも川越上杉家と合流する方が、上策にございます！」
上杉英房は初めて長尾憲長の意見に反対しました。
「婿殿？敵に読まれていると……？」
「はい、先日は勝利目前にして逆襲されて田波目城に退却しました。
対岸に渡った先が先日の戦場です。
見覚えある道があります。
知ってる場所へ逃げ込むのが戦場の将兵の心理かと思われます。
敵に読まれているから対岸に軍勢が待ち構えています。さらなる伏兵も想定されます。
敵の裏を選ばなければ命がありません！
義父上、ここは是非、川越城に向かいましょう！」
「ぶはははは！婿殿！意外に冷静沈着だな？
良い考えだ！川越城に向かうぞ！」
「はい！川越城に向かいましょう！
義父上、時長殿に伝令を向かわせましょう！」
「そうだ！時長に伝令を出すぞ！
伝令！時長に伝えよ！
川越城に向かう！
共に川越城に参れ！
以上だ！」
伝令が弟、時長の元を目指して走りました。
─長尾時長─
兄の伝令が辿り着き、川越に向かう事が伝えられました。
「兄上に承知したと伝えよ！」
伝令が去りました。
伝令に承知したと伝えましたが、時長は考えます。兄の軍勢を確実に川越城に向かわせるには……？
入間川に辿り着いた時に見えたのは兄、長尾憲長の軍勢２００程の軍勢が対岸に上がり、香月勢１０００と戦っています。
さらに右脇に待ち構える三田勢１０００と兄憲長の２００程の軍勢が戦っています。
下流を見ると入間川を渡らずに川越城方面に退却する味方の軍勢が見えます。
彼らは兄と主君の軍勢を生かす盾となり、死を決意して戦っています。
川越城方面に向かうのは兄と主君の軍勢と思われます。
対岸の味方を放置すれば彼らは全滅するでしょう。背後から追撃する立花軍の攻撃を受けながら対岸の味方の窮地を救う決断をしました。彼らを救いながら敵の網を破り田波目城に向かう姿を見せる事で対岸の香月勢、三田勢、背後を追撃する花澤勢を引き付け、兄と主君の軍勢を追撃する敵勢を減らす事を決断しました。
自身を鼓舞するつもりで叫びます！
「対岸に渡るぞー！
対岸で戦う味方を救い、田波目城を目指す！
密集して離れるな！
進めー！」
時長の軍勢が入間川対岸に進みました。
「流れに任せろー！
斜めに渡れー！」
時長が的確な指示を出して密集を保ちながら斜めに入間川を渡らせます。
対岸の香月勢、三田勢は容赦無く弓矢の連射を浴びせ、長槍部隊が襲いかかります。
時長は冷静に香月勢と三田勢の隙間へ軍勢を導き厳しい攻撃を受けながら突破を試みます。
香月勢と三田勢は死を決した時長の軍勢の正面を塞がず、逃げ道を開けて敢えて逃がしました。正面を塞ぎ、包囲して戦えば成果はあがりますが、味方の犠牲が大きくなります。
追撃して成果を挙げる事を選びました。
時長の軍勢は三田勢と香月勢が追撃します。花澤勢は入間川を渡らず、長尾憲長、上杉英房の軍勢を追撃に向かいました。
─前橋上杉軍、上杉英房、長尾憲長─
川越城に向かう前橋上杉軍は背後に追撃を受けながら進みます。
やがて、対岸に立花軍が見えました。
物見の知らせで菊の紋章の軍旗多数、錦の御旗が掲げられ、兵力は４０００、黄金の甲冑の武将、立花義秀らしき武将が居ると知らせが入りました。
「しまった！
我らは柏原城に立花義秀が残って居ると考えて襲撃していたのだ！
逃げる奴が義秀と思い込み、稲荷山まで追いかけた結果、包囲されて負けたのだ！
囮に騙されていたのだ！」
「義父上、入間川沿いに逃げるのは危険です。
東に向かいましょう。」
「そうだな、東へ向かうぞ！」
前橋上杉軍は進路を東へ、川越城に向かいます。追撃する立花軍の先頭には松千代が集めた瀬沼勢の６００騎が弓矢を放って追撃しています。その後を諏訪勢６００、花澤勢２０００が追撃します。
─対岸、立花義秀、側近─
敗走する前橋上杉軍を対岸から見つけた軍勢は行軍隊列を入間川河川敷に展開、軍勢の配置を済ませ、接近するのを待ちました。
前橋上杉軍の背後に味方の軍勢が追撃する様子が見えます。
その時、三田綱秀からの伝令が到着、新たな情報が入りました。松千代の提案で前橋上杉軍を田波目城方面と川越城方面に分断して追撃してると知らされました。
「ぶはははは！
松千代は面白い事を考えたな？
敵を分断するとは！
ぐはははは！」
義秀は騎馬２００に川越城方面に追い立て、深追い無用、脅すだけで引き返す事を命じました。
「退却する敵に４０００の軍勢で攻め掛かる必要は無い、勝ち過ぎてはならんからな。」
義秀は自分自身に言い聞かせる様に呟きます。暫くして騎馬隊は任務を果たして戻りました。
義秀は撤収して軍勢を引き連れ、稲荷山砦に向かいました。
松千代の考えた通りに前橋上杉軍を田波目城方面と川越城方面に退却させて分断に成功しました。
この後、立花義秀の方針は……？
