王都にて
王都は凄い熱気だった。渋谷のスクランブル交差点を思わせるような人混みがずっと続いている。
通りには露店が所狭しと並んでいて、様々な食べ物や雑貨が売られていた。
気の弱そうな見た目が災いしてか、呼び込みも激しい。店員と目を合わすと断るのが大変だ。「パリノブ! パリノブ!」と強引に腕を引っ張られた時は恐怖した。
何とか人混みを掻き分けて進むと、一際大きな通りに出た。ここでは露店はなく、その代わりに道の両端には何かを待つように人々がびっしり並んでいた。
パレードがあるのかもしれない。
よく見ると鎧姿の警邏の人があちこちにいる。下手に動くと捕まりかねない。僕の見た目は明らかに周りから浮いている。パレードが終わるまで群衆に紛れ込んでいるほうが安全だろう。
そう思い、人垣の中に身を潜めていると、俄かに歓声が上がった。それは徐々に大きくなり、熱を帯び始める。
遠くから荘厳な雰囲気の一団がゆっくりと歩いてきた。白装束に白い頭巾で、その背後には大きな山車がある。
どうやら今日は神を慰めるお祭りらしい。
人々は山車に向かって食べ物や金品を寄進し、白装束達がそれを回収しているようだ。
「ノンシリコン! ノンシリコン!」
いよいよパレードが近づいてきた。金銀で彩られた山車が陽の光を反射して輝く。そしてその中央に祀られていたのは──。
「ダッチワイフじゃん!」
南極16号が山車の一番目立つところに飾られていたのだ! 精巧な作りのラブドールではない。三千円もしないような、ある意味ネタ枠のエアー式ダッチワイフ。重量303グラム、身長150センチの憎いやつが!
この国は一体、どうなっているんだ? 悪ふざけにも程があるだろ。南極16号を有り難がる国民てなんだ!?
叫び出したいのをグッと我慢してパレードが通り過ぎるのを待った。
白装束の列がなくなり、十分程経ったところでやっと人々は解散を始める。もうそろそろ、警邏の目も緩んだだろう。
僕は人の流れに身をまかせ、そっと大通りから離れた。
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あの南極16号はアダルトショップ『フライングダッチワイフ』にあったものだろう。それが国を挙げてのパレードで山車に乗せられていた。何か秘密があるのではないだろうか? そう……異世界転移に繋がるような。
そう考えた僕は王都を歩き回り、先程の白装束の集団の拠点を探し回った。そして中心部から少し外れた辺りに、立派な教会のような施設を見つけた。
そこは一般公開されているらしく、多くの人々が当たり前に出入りしている。特に警邏の目もないので、僕が入っても大丈夫そうだ。
オドオドせずに堂々と。自分にそう言い聞かせながら教会に入っていく。
中は天井の高い礼拝堂となっていた。
ずらりとベンチシートが並び、中央の祭壇の向こうには大きな肖像画が飾られていた。飾られていたのだが──。
「南極16号じゃん……」
そう! その肖像画はダッチワイフそっくりだったのだ。何が起きているんだ? この国は本当にあの間抜けな顔の性玩具を崇拝しているのか?
周囲を見渡すと、真剣な表情で祈る人々しかいない。ふざけているようには思えない。
僕は頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。この国は何か間違っている。
大声で「あれは南極16号だよ! ただの安物のエア式ダッチワイフだ! 祈っても何も効果なんてないよ!」と叫びたい。
拳を握り、一人ベンチシートでワナワナしていると、白装束の一団が礼拝堂に入ってきた。まさか讃美歌でも歌い始めるんじゃないだろうな? それは流石に笑ってしまうぞ。頼む、やめてくれ。
祈るように白装束達を見つめていると、その内の一人がピタリと止まった。少し小柄な白頭巾がずっとこちらを見てくる。そして近づいてきた。
なんだ? 信仰心がないのがバレたのか? 捕まる?
逃げ出す間も無く、すぐ側まで白装束が来た。
「あの、お客さんですか?」
えっ、女の子の声。まさか……。
白頭巾の下から出てきたのは、あのアダルトショップのレジにいた美少女だった。