ひとやすみ
エレベーターで水屋に戻ると、一足先に宴会場の片付けを終えた先輩が洗い物をしていた。
「先輩、ありがとうございます」
「いーえ」
丁度最後のお椀をながし終えた先輩が手を拭きながら振り向く。
「休憩しよ」
「はい」
まとまった休憩が取れない客室係は、みんなで朝10分ほど水屋に集まり、カルピスやお菓子の糖分摂取をする。
今日はローテンションな春先輩と、後輩の香菜ちゃんの2人がいる。
平日でお客様が少なかったため、宴会場は先輩とかなちゃん。別の階で私が部屋食を担当していた。
カルピスが入ったグラスを受け取り、小ぶりな塗りのスプーンで混ぜる。
とろっと甘い液体が喉を通る。
出勤してから何も飲んでいないためか、かっと熱くなる。
ふとすごく喉が渇いていたのを思い出し、ごくっごくっと音を立てて半分くらい一気に飲んだ。
「ぷはあー」
「いい飲みっぷりですね笑」
「今日、お茶持ってくるの忘れちゃって」
香菜ちゃんに言われ少し恥ずかしくなって、持ってこようとも思っていなかったお茶を忘れたことにした。
「お客さんがくれたクッキーあるよ」
先輩が棚の上の方から箱を取り出す。
「やった!」
「食べたいです!」
クッキーの登場に私たち二人はテンションがあがる。
「春さん取れますか。フロント宮野です。」
やっとみんなでひといきつけた頃、右耳のイヤホンから音がした。
さっき、お見送りの時に話したスタッフだった。
先輩が「ほら出たよ」と呆れた顔を作りながら返事をする。
「はい。」
「支配人が事務所で呼んでます。」
「はーい。」
声だけでもうんざりだとわかるようなトーンだった。
「いってくるー」
だるそうな感じで飲みかけのカルピスを流し、クッキーを口に入れている。
「グラス置いといてください」
「ありがと」
まとめあげていた裾を戻し、エレベーターに向かっていった。
なぜか支配人含め、インカムで呼び出す人は休憩時間を狙ってくる。
法律で決まっている1時間の休憩すら取らせてくれないくせに、この時間を狙って…。
もちろん支配人側の予定もあるのだが、嫌な人ー。
先輩がいなくなった水屋。
「なんでこの時間に呼ぶんですかねえ」
となりでほっぺを膨らませている。
目がぱっちりしていて、肌も白く、小柄な香菜ちゃんは怒った顔ですらめちゃくちゃに可愛い。
「ほんとだよねえ、休憩中だっての」
「もーう、春さん可哀想」
香菜ちゃんは可愛らしい顔をしてぷりぷりと怒っている。
本人の怒りと反対に癒されるなあと思ってしまった。
「そういえば、聞いてくださいよ!
昨日のお客さん、地元が一緒で…」
話を聞きながら、今朝帯に入れた心付けを思い出す。
香菜ちゃんの話を聞きながら帯から出して中を確認する。
福沢諭吉が顔を出してきた。
「あ、美桜さんいいなあ」
自分で話していた昨日のお客さんの話を、自分で遮り目を輝かせる。
「いいでしょう」
どうせ会社に提出するのに、にやにやしてドヤ顔を作る。
悔しがる香菜ちゃんはわかりやすく地団駄を踏んでいた。