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深く沈み、息をする  作者: 西牧 つむぎ
3/6

お見送り


「お撮り致しまーす!

3、2、1、カシャッ」


「お写真、ご確認お願いします!」

お客様のスマホを返す。

「わあ、こんなに綺麗に映るのね!ありがとう。」


館のエントランスには、毎朝花屋さんが仕立ててくれる立派な花がど真ん中に陣取っている。

季節ごとに変わるのだが、お正月が開け少し経った今は南天とユズリハがメインだ。

花瓶と呼べるのか分からない腰あたりまでの大きな焼き物に生けられて、「私が館の支配人だ。」とでも言いたげな風貌である。

フロント奥のステンドグラスと支配人の花を入れて写真を撮ると、よく「映える」写真になる。


「本当に、あなたのおかげでとってもゆっくり出来たわ。

ごはんも美味しくて、仲居さんもいろいろ気がついてく

れて、こんな宿は滅多に出会えないの。

絶対に来年も来るからまたよろしくね。」

写真を確認していた奥様が、弾ける笑顔でこちらを向いた。

「そんな言っていただけて嬉しいです。

また美味しいお料理と温泉とお待ちしておりますね!」

奥様はきっと60近いだろう。

負けじと弾ける笑顔を作り出すが、心の底からの笑顔を前に、作り出した私の顔は足元にも及ばなかった。

心がちくりと痛む。

「これ、少しだけど。」

そう言ってご主人が私の右手を取って、ティッシュの四角い包みを握らせる。

「え、そんな…。昨日も頂いてますのでっ…。」

「いいのいいの、ジュースくらいしか買えないけど。

楽しい時間をありがとう。」

反射的に押し返そうとしたが、ご主人はすっと車に向かっていった。

「ありがとうございます。」

車の鍵を渡し、ドアを開ける。

頭がぶつからないよう手を上の部分に添える。

「じゃあ、またね。」

「はい、お待ちしております。行ってらっしゃいませ。」

奥様の方は別のスタッフが補助している。

エンジンがかかり、車が動き出した。

「ありがとうございました!」

着物の裾を左手で押え、右手を大きく振る。

「ありがとーう!」

奥様がドアを開け、振り返してくれた。


車が進み、見えなくなるまで手を振る。

プッと短いクラクションが聞こえた。

最後に90度のお辞儀をし、「ありがとうございました、またお待ちしております。」と心の中で唱える。


「まだ冷えるねー」

一緒にお見送りしていたフロントの子に話しかける。

「ほんと、寒いですよねー。

雪が降らなくてよかったですが」

「それは本当に思う」

雪が降ると除雪が大変な上に、草履に雪が入り霜焼けになる。

交通情報も行先に合わせて調べておかなければならない。

「早く入りましょ」

着物の短い裾を最大限に引っ張り、少しでも手があたたまるように擦り合わせる。

さっき頂いたティッシュは、帯の中に入れ込んだ。


自動ドアを通り、フロントに戻ると別のお客様がチェックアウトに見えていた。

水屋の片付けが終わってないので早く戻りたかったが、引っ込むわけにはいかずお見送りの待機をしていた。

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