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深く沈み、息をする  作者: 西牧 つむぎ
1/6

日常

「田んぼさ、入ったこどあるが?」


昨日の夜、職場を出たのは夜中の12時半。

星が光る空を見上げて白い息をあげる。

車に乗りこみ15分運転してアパートに着いた。

シャワーを浴び、コンビニのお弁当を口に詰め込み、スマホでYouTubeを開く。

虚無。

仕事が終わり、開放されて自由に好きなことをできる時間なのに毎日同じことの繰り返しだった。

お弁当は味わいもせず口に詰め込み、YouTubeもただ目に映しているだけ。

お弁当のゴミは袋に入れて口を縛って、コタツの横に置いた。

食べ終わりと同時に布団に潜り込む。

ドライヤーなんて社会人一年目の数ヶ月しか使っていない。

テレビやメディアでよく言われている「寝る2時間前には食事をすませましょう」なんて…。

今の生活では出来そうにないや。

スマホに充電器を指してアラームをセットする。

そのまま電源を落とし、1時半に就寝した。

目を瞑るとすぐに意識は遠くなった。



朝5時半、爆音のアラームで目を覚ました。

あまりの音量に心臓がギュッと握られたようだった。

すこし瞼を閉じたくらいだと思っていたが、4時間もたっていたのか。

反射でアラームは止めたが、身体は動かない。

鉛のように重い。

本当に手と足が自分の意思で動かせていたのか不安になった。

体の自由がきかない。

田んぼに入った時と一緒だ。



まわりにチェーン店すらない田舎に住んでいた。

通学路には田んぼと川が多く、時々通り過ぎる車の多くは軽トラだ。

田舎の小学生の授業には「田んぼ体験」があった。

小学5年生か6年生の頃だった気がする。

(田んぼかキッザニアで職場体験か、その時の担任たちが話し合って決めていたらしい。ほとんどの学年がキッザニアに決める中、私たちだけは田んぼだった。みんながそっちに行っているのにとすごく悲しかったのを覚えている。)

田んぼ体験の最初の日、クワも何も持たず半袖短パンで裸足で田んぼに入ることになった。

まずは自然を、土や水の感触を体感しようとの事。

畝にしゃがみこみ、おそるおそる左足を水に入れる。

足先に伝わるひんやりとした感触。氷水のようだけど、あたたかい。

不思議な感覚に戸惑いながらゆっくり田んぼの底を探す。

つきあたって体重を乗せるとぐぐっと沈んでいった。

そのまま勢いで右足も入れる。

足を動かしていなければこのまま沈んでしまうのではないかと思い、懸命に足をあげようとするがまとわりつく泥で上手く動けない。

やっと動けたと思いきやまた沈み始める。

両足が沈み、焦って左足を抜こうと力を入れる。

どうにか左足は抜けたが、バランスを崩し大きくよろけて後ろに倒れた。ベチャンと聞いたことの無い音がした。

驚きで頭が動くのを辞めてしまった。


ぼーっとしていた。

静かに沈んでいく、飲みこまれていく。

恐怖心はなかった。

小学生ながらに、ずっとこのままいたら楽なんだろうなあとさえ思っていた。

暖かい感触に包まれ目を閉じた時、隣にいたおじちゃんが「大丈夫かあ」と引っ張ってくれた。

「真っ黒でねえの」と、ところどころ抜けている歯をにっと見せる田んぼの持ち主のおじちゃん。

周りを見ると、真っ黒な子が何人かいて安心した。




この感覚だ。

体の自由が効かず沈んでいる感じ。布団で寝ていたと思ったが、いつの間にか田んぼで寝ていたのか。

寝相が悪いとはよく言われるけど、眠りながら立って玄関を開けて田んぼに行くことはなかったな。

少し馬鹿らしくなり、小さくふっと鼻で笑う。

だとすると今は布団の中で、体が起きられないと悲鳴をあげているのか。

そうだよな、起きられるわけが無いんだよ。

4時間で限界疲労の体が回復するなら「ストレス」なんて言葉は存在しないもの。

1時前後に寝て5時半に起きる。

この生活が6日目を迎えていた。

次の休みはいつだっけ。

もう限界だ、休ませて欲しい。苦しい…。



「田んぼに入ったことあるか?」

「あるわけないじゃん!」

「田んぼはいいぞ、手のひらよりも小さな苗からあんなにいっぺぇ実をならしてくれんだ。

お米ひどつぶひどつぶにゃ、神様がいでなあ…」

「もう、何回も聞いたってばぁ」



気がつけば大粒の涙が目から溢れていた。

瞬きをすると耳の方へ落ちてゆく。


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