槍と槍の切っ先が当たったら結婚だなんてそんな奇跡が起こらない限り、わたくしのような槍を振るうしか能のない女は結婚できないのでしょうね。って暗に言われてる感じなのでしょうか?
槍と槍の切っ先が当たったら結婚だなんてそんな奇跡が起こらない限り、わたくしのような槍を振るうしか能のない女は結婚できないのでしょうね。って暗に言われてる感じなのでしょうか?
「ち、父上……今のお話、ご冗談でございますよね?」
私は持っていた槍を落っことしてしまうほど、父上の信じられない言葉に茫然自失でございます。
「なにを言っている。冗談ではない。リリアン、おまえももう妙齢、結婚について考えなければならぬ時期がきた。そんなわけで、『全国リリアン婚約者候補選手権大会』を開催しようと思う」
私が命の次の次、か次の次の次くらいに大切にしている槍は、ガランと鈍い音を立てて地面へと落下し、ころころと転がりました。転がった先には、私の槍のお師匠さまである、グリニアート先生が控えておられます。
そのグリニアートさまが落ちた槍をひょいと拾い上げ、そして私へと手渡してくださいました。
「リリアン王女、槍を落とすなんて槍の使い手としては、言語道断。槍の切っ先が曲がったりへし折れたりしたらどうするおつもりか。以後、気をつけるように」
手渡された槍は、いつもよりずしっと重たく感じます。
普段から、「いいですか。槍使いは槍とともに目覚め、槍とともに食し、槍とともに眠る、それが真髄です」なんてことを仰るものですから、私、槍とともに眠る専用のでかいベッドまでこしらえたほどでございます。
「はい。誠に申し訳ありませんでした」
口にした謝罪はスカしたものとなりましたが、心の中ではスライディング土下座したい気持ちでいっぱいに。
(も、申し訳ありませんでしたああああぁぁぁあ)
と。先生に怒られてしまっては、私立ち直れませんことよ。
婚約だ結婚だの乱痴気騒ぎに加え、グリニアート先生を怒らせてしまったことにより、私の情緒もマックス不安定。
おっとそれより。
「お父さま。わたくしの婚約者候補選手権とはいったい……」
「まあありていに言えば、武道大会でも開いてだな。おまえの婿候補を募集! って感じなのだ」
ててて適当ー。
「だが、簡単ではないのだぞ。ただ勝ち上がるだけではだめだ。おまえと対戦し、槍と槍の切っ先が当たった相手をおまえの婿としようと思う!」
どどん! と効果音でも聞こえてきそうな父上のドヤ。
「聞くところによれば、おまえは日々の鍛錬により、かなり槍の腕前が上がり、師範の一歩手前までに上達しておるらしいではないか。そこのグリニアートから詳しく聞いておるぞ。そんなおまえの結婚相手となれば、おまえを超える槍の名手でなければならぬだろうと、そう考えたのだ。どうだ! 良い考えだろう!」
どどん!
父上おひとりが意気揚々とエスカレーションしていかれます。
「父上! そんな俗に言う、娘溺愛のお父さんあるあるは、どうぞおやめください! わたくしはまだまだ修行の身でございます。さらに言えば、槍の道をもっと極めていきたいのです。結婚なんてまだまだ先の話でございますっっ」
こうなったら徹底的に、この親バカをぐしゃあぁぁっと握り潰して、びりっびりに破り、地面にバシンと投げつけ、足でこうグリグリと……っと失礼。
とにもかくにも、この親バカぶりを改めていただこうと、私は父上に異を唱えました。
「父上、私は幼いころからこのかた、グリニアート先生に弟子入りし、槍道を万進してきました。そしてあと一歩で師範、あと一歩で師匠越えというところまできているのです。その道を結婚などのためにむざむざと捨てるわけには参りません」
あることないこと早口で喋りましたが、というのは建前で、本当は……。
そこでグリニアート先生が言葉を挟んできました。
「リリアン王女。師匠越えはともかく、貴女には私の槍の技術のほとんどを叩き込んできました。その成果は先日、『剣VS.槍どっちが強い? の選手権』において貴女が優勝し、槍は優れた武器であると、はっきりと結果が出たはずです。父王様の前で、見事剣の名手を打ち負かした貴女より、武道の手前が劣る婚約者など、到底受け入れられるはずがありません。こほん。この大会、私は賛成です」
え。
まさかの師匠からのダメ出し? いや? ダメ……押し? ややや。賛成だからダメじゃない。こんがらがるー。
「そうだそうだ! おまえより軟弱なものと結婚など、あり得んからな。グリニアートも賛成だっつうの。ワシがやると言ったら、とにかくやるんだ! 絶対に開催する! 開催だ! 開催だ! 開催だーー!!」
はあっ⁉︎
なんなん? この気合だ気合だ気合だーー!! 的な煽りは!!
父上のワガママが始まってしまいました。もはやこの人を止める術はございません。あ、もうこれ『祭り』決定だわ。なら焼き鳥でも焼こかーー(注1)
※注1 リリアン王女は祭りではいつも焼き鳥を販売し、その収益で大好きなカツ丼(高価)を食べている。
私は心の中でがっくりと崩れ落ちましたわ。
え、待って⁉︎
もしかして……
槍と槍の切っ先が当たったら結婚だなんてそんな奇跡が起こらない限り、わたくしのような槍を振るうしか能のない女は結婚できないのでしょうね。って暗に言われてる感じなのでしょうか?
って。タイトルの通り? そゆこと?
「……わ、わかりました」
もろもろ納得はできませんが、父上の仰ることには逆らえません。大会の開催は仕方がないこととしました。
私は持っていた槍を握り直すと、意を決して城の中庭へと踵を返しました。
って感じで、凛として退出しましたけど、これはまさに余裕のよっちゃんよっちゃんイカ。
だって、槍の切っ先同士が当たるわけなかろ〜もん。ってね!
✳︎
さて。
懸命な皆々さまのこと、なぜ私が『婚約者候補選手権大会』に反対反対大反対するのか、お分かりになっていらっしゃると存じます。
私にはお慕い申し上げているお方が。そしてそれはもちろん、私の師匠、グリニアート先生。
もとより槍の腕前は上級の上、雲の上の存在で私など叶うはずもありません(先ほど師匠越えなどと大口を叩き、先生の逆鱗に触れてしまったかもです。しゅん)。
何度挑んでも、先生の槍の切っ先を喉元に突きつけられ、敗北しておる次第。
しかしそのきりりとしたお姿に、お稽古のときは毎回、どきどき&きゅんきゅんと胸を鳴らしているのでございます。
そう。私。先生に恋をしているのでございます。
先生はその名を知らぬ者などこの世にはいないというほどの、槍の名手。槍をまるで生き物のように扱われ、舞を舞っているかのごとく、敵に見立てた的を次々と落としていく。その立ち姿はかっこよすぎて、それはもうヨダレ爆涎ものです。
グリニアート先生が、全世界全国民の中での、唯一無二の『推し』。私のすべてと言っても過言ではございません。
(はあーあ。『全国リリアン婚約者候補選手権大会』かあ。焼き鳥は焼くけど、その他は気が重いですわ)
ですが、いつまでもうじうじうじうじしているわけには参りません。父上の話を聞いたこの日の午後も、稽古は怠りませんわ。
「リリアン! もっと腰を下ろすのです! 腕だけの力で相手の急所を突くことはできません。心技体すべてに精神を行き届かせて発動し、そのひと突きにすべてを込めるのです」
「はいっ!! 先生っ!!」
先生が懐からお蜜柑を出し、そらっと投げる。そして、宙を飛んだお蜜柑に向かって、私は槍をやあー!! っと突き上げる。鋭く。そしてしなやかに。
私が放った槍の切っ先には、お蜜柑がぶすり。これは決してドリフのパクリとかじゃなく、私の親愛なるグリニアート先生が考案された技の鍛錬方法。
「よし! 次っ!!」
さっとお蜜柑を抜いて、次を待ちます。
「行きますよ、リリアンっ、そらっっ」
「はい! やあーーーー!!」
おキウイがぶすり。その果汁がぶしゃっと辺りに散ります。そして、おグレープフルーツがぶすり。ぶしゃあっ。ぶすりぶすりぶすり。ぶしゃあぶしゃあぶしゃあっっっっ。
「リリアン。自分の腕の力を過信し過ぎてはいけません。腕を振り子のように振り、その反動で素早く伸ばすのです。そらっ!!」
飛んできた、おスイカに向かって槍を素早く突き立てます。
え? スイカ? どっから出したん? イリュージョンか! しかもだんだんと的が大きくなっとるやんけ!
スイカの汁が飛び散って、顔に掛かります。しかも、スイカおっも。
「グリニアート先生っ!」
私は、ベッタベタの顔で、精一杯叫びました。
「先生はこの大会に賛成と仰っていましたが、先生は私の結婚にも賛成でございますの?」
そしてその言葉に、グリニアート先生は懐に入れていた手を一瞬、止めました。ちらりとレモンが見えています。おいー目潰しする気かー。
「リリアン。貴女は腐っても王女。腐っても父王さまの跡継ぎでございます。王家を存続させるためにも貴女は貴女より優れた者と結婚し、そして跡継ぎを残さねばなりません。私は腐っても賛成です」
あれ私腐ってる?
意気消沈にございます。
「……承知しました。それでは、腐ったお蜜柑は、すごすごと城へと戻りましょう」
がっくりです。もうもうがっくりがっくりでございます。(二回繰り返すことによってがっくり感ましまし)
先生が、私の結婚に賛成だと仰った。それはもう、やんわりふんわりやわもちアイス的解釈をしたとしても、かんっぜんにフラれたも同然なのでございます。
私は途端に元気がなくなり、数十種類の果汁をいっぱい受けたベトベットンな顔で、とぼとぼと帰宅したのでございます。
✳︎
大会当日。この日は快晴。青い空白い雲のもと、白煙を立ちのぼらせては焼く焼き鳥もまた、最高にうまい! ビアープリーズ!
お客さんも遠路はるばるお越しくださり、屋台の収益もうなぎ登り。高級カツ丼を100杯ほど食せる金額を稼ぎました。え? 寄付? はあ。まあカツ丼一杯なら。
パパパパーン パパパパーン パーンパーンパアアァァァーッン
大会の始まりを告げるファンファーレが、競馬場よろしく、高らかに鳴り響きました。
私は焼き鳥串から、愛用の槍に持ち替え、そして闘技場の真ん中に立ちます。
「それでは第1回『全国リリアン婚約者候補選手権大会』を開催いたします!」
第1回ってなに⁉︎
「まあ確かに早々、槍と槍の切っ先が当たるはずはない、そう高を括っていらっしゃるのですね。父上は」
お一人目のお相手さまが、登場されました。
「私は、エスディージーズ国、第4王子オオイナルヤボウと申します。リリアン王女、かねてからお慕い申しておりました! このチャンスを逃すまいと、手を挙げた次第でございます! 私をどうか貴女の結婚相手にお選びください!」
私は槍を握り直しました。好意を向けられるのは、そう悪くはないものでございます。けれど、ここで切っ先が当たってしまったら、このお方と結婚しなければなりません。
「手合い、始めええぇい!」
審判の合図により、私と私のお婿さん候補の方の手合いが始まりました。そして、私は私の槍の切っ先を守るべく、槍の持ち手の方で戦っていったのでございます。
……
……
って? え? 持ち手で戦って、ヤル気はあんのかって?
もちろんでございます。ヤル気は十分でございますが、結婚する気は毛頭ございません。
相対する王子様、勇者様、海賊王様、影武者様、そして進撃の巨神兵様。申し訳ございません。私には心に決めたお方がいらっしゃるのでございます。
ただ。この秘めた想いは、とうてい成就することなく、陽の目を見ない悲しい想い。それでも私はグリニアート先生といつまでも槍を交えたい。想いは届かなくとも、悲しみ苦しみはありますが、幸せなのでございます。
「最後の候補者! 前へっ!」
その言葉に、私はあと一人、と、つい呟いてしまいました。けれど、これで終わる。気合いを入れ、槍を握り直しました。もちろん、槍を切っ先と持ち手を反対にして。
するとどうでしょう。
最後の一人が現れました。それはなんとまさかのグリニアート先生!
グリニアート先生は、ご自分の愛用の槍、『電光石火』をお持ちになり、そして戦闘態勢に構えているではございませんか。
そして。
「リリアン! 私と最後に一手しおうではございませんか!」
「ななななぜ先生がっっ」
もちろん。先生に敵うはずがありません。けれど、先生のその真剣な眼差し。鋭い眼光。隙のない体勢。
どれを取っても、その場から逃げ出すことはできません。
「けれどこれは……」
ちょおーっと考えてみて。これってチャンスじゃね?
「先生は、私の花婿候補ということでよろしいんでしょうか?」
「そう取っていただいても構わない」
マジで? うそぉ! やたーー!!
私は槍をあえて持ち替えました。槍の切っ先を先生へと向けます。あえて。
(ち、父上は、賛成ってこと?)
なぜか何も言わない父上へと、チラリと視線をやります。
父上は王座に座りながら、舟を漕いでいました。ごうごうとZzzが聞こえてきます。
寝てるんかい! 今が一番のクライマックスなのにぃぃ! 見てえぇぇ!
気を取り直して、私は戦闘態勢に入り、槍を構えました。とはいえ、敵は強し。私は真剣な眼差しで、この対戦を迎えることに代わりはありません。
「手合い、始めええぇい!」
その合図とともに、先生はすぐさま槍をひと突き、向けてきました。そして、そいやそいやと数段の突きを繰り返してきます。私はその突きを、カツンカツンひらりひらりとかわしていきます。そして、私も反撃に出ます。槍でひと突き、ついに先生の腹部へと突き立てました。
先生はそれを槍の切っ先でくるんと返し、そして一回転。バックへとひらりと飛んで、そして。
「リリアン、そらっ!!」
懐から出したものを空に向けて放り投げました。私はパブロフの犬のようにそれに反応し、そして落ちてくる物体に向かって、はああああああああっっと槍を突き立てました。
全集中でございます。神経を槍、一本に込めて!
ガツン!
鈍い金属音が闘技場に響きました。なにかが切っ先に当たったのでございます。その振動が伝わってきて、槍を持つ腕がびりびりと痺れました。
なにが起こったのか、私はまったく理解できませんでした。けれど、顔にかかった汁とその芳香が、私の記憶を呼び覚まし、そしてぴしゃんと横っ面をはたくように、私を覚醒させてくれたのでございます。
ふわりと、どこか懐かしく、清々しい香りが、鼻をくすぐります。
「な⁉︎ これはいったいどういうことだ!!」
イビキZzzかいて寝てたはずの父上が飛び起き、立ち上がって仁王に立ち、わなわなと震えているではございませんか。
私は、太陽の光と目に入った汁に、目をしばしばさせながら、事の顛末をようやく理解したのでございます。
私の槍の切っ先には、小さくて黄色の果実、柚子が。そして、その柚子の反対側には、もう一つの切っ先が。それはなんと、グリニアート先生の槍の切っ先ではないですか! 目の錯覚! ではない!
「せ、せんせい……」
私はその場で呆然とし、立ち尽くしてしまいました。
すると、先生が、「刮目せよ! 今日この日よりリリアン王女は私の妻となった!」
そして槍を置き、足を折って頭を下げました。
「父王様。どうやら決着がついたようでございます。この私めがリリアン王女を妻とすること、どうぞお許し願います」
慇懃に申し上げていらっしゃいます。ふい〜、まだ事情が飲み込めな〜い。
しかし私も心を決め、槍を置きました。
「父上! これをご覧になってください」
さっと、私は胸元からナイフを取り出しました。そして、槍の切っ先に刺さっている黄色の柚子を、サクッと切ってみました。そおっと中を覗き込んでみますと、先生の槍の切っ先と私の切っ先とが、完全に当たっているではありませんか。
「おおぉぉお、なんと二つが一つに……見事に当たっておるではないか……」
父上は奇跡でも見るかのように、畏敬の念にてその割れた柚子、いや当たっている二つの切っ先に、手を伸ばしました。わなわなと若干の震えもございます。
そして、がばあっと立ち上がると「我が娘、リリアンとグリニアートとの婚儀を認め、これより1週間後に開催する! 開催だ! 開催だ! 開催だーーー!!」
ほっとして、腰が抜けそうになってしまいました。へたへたとその場に座り込み、グリニアート先生を見ますと、先生は私を見てにこっと笑いました。そして、近づいてきて膝をつくと、私をぐいっと抱き締めました。
「リリアン。ずっと貴女をこうして妻にする日を夢見てきました。今日ここにようやく夢が叶いました。愛しています、リリアン。私と結婚してくれますね?」
「は、はい」
怒涛の展開に、私の脳がついていけておりませんが、先生が私を愛していると仰ってくれました。それは私も夢に見たシチュエーション。こんな素晴らしいプロポーズはありません。
奇跡です。奇跡が起こったのです。
「奇跡ですって? まさか! この一戦で、貴女との鍛錬になぜ果物を死ぬほど突かせたのか、お分りいただけたかと思いますが?」
「まあ! 先生! まさか……まさか!」
「そのまさかですよ。もちろん、この『婚約者候補選手権大会』も、私が企画運営しましたから。それにしても柚子を仕留めるとは素晴らしい! 直前までスイカとどっちにしようか迷いましたが、柚子の方が面積が小さい分、切っ先が当たる確率が上がると。リリアンならできると信じていましたが、内心ドキドキものでしたよ」
そう言って笑い、先生は私のおでこにキスを。
「あなたに恋したおかげで、一生分のフレッシュフルーツジュースを飲み干しました!」
そして、極上の笑顔をくださいました。
幸せでございます!
Fin