黄金の昼下がり
明らかに人間のそれではなかった。
自分の不甲斐なさと、あっ気のない最期を嘲笑う。
今までの人生への未練や執着などは特にないのだから、何もなせずに生涯を終えた自分になどは嗤ってやるくらいしかやれるものがない。
アリスと対峙した際に約束がどうとか言っていたが、あれは義務的なものだから特に叶えれなくて残念とかは欠片も、微塵も、そしてこれから先一瞬でも思い出すことはないだろう。
『い…!おき……さい!』
はるか遠くからキサラギの声が聞こえてくる。
まさか、今生の俺が最後に思い出す声がキサラギであるとは思いもしなかった。
もしかしたら、いつの間にか自覚のない恋情を抱いていたのかもしれない。
自分は朴念仁ではないと思っていたが、自身の感情にさえ気づかないようなキャラだったのか。
いや、これはもしかしてあれなのだろうか。
ヒロインが必死に名前を叫んでいて、それに応えるかのように主人公が目を覚ますとかいうお決まりの展開か?
だとしたらここで目を開かないと。
もっとも、今回の主人公は俺ではないだろうけれど。
ゆっくりと重く感じる瞼を開けていくと、そこには覗き込んでいるキサラギの顔があった。
薄暗い建物の中のようだが、あの通りから移動してきたということでいいのだろうか。
両腕を使用して起き上がろうとした時、胸部からの酷い痛みが全身を突き抜けるように駆け巡る。
「いってぇぇー!?」
「うるさい」
叫んだ口を押えるようにキサラギが左手を被せてきて、体の真横には小型の金属製の杭が突き刺さる。
あれ?その杭の射出音の方が僕の声よりも大きいですよね。
痛みに我慢して上体を起こす。
キサラギの斜め後方にイノリがもたれ掛かるように座って右手をこちらに向けている。
二人の様子を観察すると、イノリはあまり負傷の具合は変わっていないが、キサラギは出血を複数個所からしたようだ。
包帯の巻き方が少し雑ではあるが、痛みでまともに動く気すらしないので直そうと腕を伸ばしたりすることはない。
「俺はもうちょっとで三途の川を渡るところだと思ったんだけど」
「往生するつもりだったんですか?だったら起こさない方がよかったかもしれませんね」
人の命を軽んじ過ぎではないだろうか。
冗談に辛辣さで返されたところで、次は今自分が置かれている状況の把握をしていく。
「アリスは?」
「それが……分かりません。何故私たちが見逃されたのかも。気絶寸前のところでなんとか意識を保たせ
て兵士に運ばせたのです」
「見逃したのか。さっぱり分からんなぁ。メリットが特に見当たらないしな」
こればっかりは本当に分からない。
アリスが一位で願いを叶えないにしろ、その地位を確立されたものにするならば、ポイントは少しでも欲しいはずだ。
しかも、目の前に倒れていたのは十位と三十四位と十三位という大物三体だ。
見逃すメリットが一つもないのだが。
アリスが手を引いた理由をあれこれと妄想していると、キサラギがこちらに尋ねてくる。
「それで。貴方はあの”怪物”の能力に検討はつきましたか?」
「ん?ああ。能力ね。それがさっぱりで恐怖しか植え付けられなかったよ。次に会ったら確実にちびる
ね」
「ふざけてないで話し合いを。まずは一つずつ能力を確認しましょう。間違いなく貴方が一番”怪物”と
間近で戦闘したのですから」
戦闘ね。
あれが戦闘と呼べるものであればよかったんだがな。
それはそれとして。
アリスが使用した能力はおそらくだが数種類しかないと思う。
まずは時計を起因として発動するであろう【時間停止】or【加速】。
空中に浮く能力。
そして、大穴を穿つほどの超パワー。
二つに関しては発動するための条件すら分かっていない。
「アリスの物語と合わせて考えてみても時計が白うさぎの特徴なんだろうが、ほかの能力が何に関係する
かが謎過ぎるな」
「ええ。私の能力はそれこそ赤の女王ですから」
「能力に一貫性があるというのが予測ではあったんだけれど、見当違いだったか」
それとも、すべての特性は同じであるのか。
どっちみち調べようにも、あの”怪物”を前にすれば調べる間もなく詰みだろうし。
「名前をつけるならワンダーランドってところじゃないか?俺達には理解不能の可笑しな国ってことで」
「いい得て妙ではありますね。仮の名前でそう呼びましょうか」
女王様からの太鼓判を頂けたところで周りを見渡す。
一緒に無様にも”怪物”にやられたであろう変異種の姿がどこにも見当たらない。
「彼なら、アリスが去った後に帽子屋が現れて連れて行きましたよ」
タイミングのいい時に現れたという事は、近くで見ていたのではないだろうか。
多少なりとも力を貸してくれてもよかったと思うのだが。
「彼女を前にしてしまえば、戦闘をすることがどれほど無益な事がよく分るでしょう?賢明な判断です
よ」
賢明だよ。
本当に賢明だ。
仮にもボスという立場の存在の命よりも、自身が生き残る選択肢を選ぶのはこの治験において最大級の賢明な判断だ。
俺もわざわざあの場所に行く必要性はなかったのに、心のどこかに仲間を思う精神が残っていたようで、自分が人間だと再確認できたよ。
全身が痛みを訴えかけているが、残りの数十分を凌ぎ切らなければいけないとなると、鞭を打ってでも動かなければいけないだろう。
ゆっくりと立ち上がり窓の外を眺める。
最初の時にも思ったことではあるが、この治験のフィールドは些か広すぎるのではないかと考える。
見える範囲で戦闘の気配はないし、遠くから戦闘らしき音も聞こえてこない。
それでも毎回しっかりと接敵しているのは何か裏があるかとも思ってしまうが、憶測の域を超えないものを浮かべては消し浮かべては消し。
無駄な思考をしていることに気が付き溜息を一回。
その後キサラギへと視線を向けて以前から聞きたかった質問をする。
「ま、今の状況じゃ手詰まりなんだから、仲良くお話でもしようぜ」
「そんな気分には到底なれませんけど」
「まあまあいいじゃない。そうだなぁ、手始めに、とは言っても一番聞きたかった事なんだけど」
そこで一拍おいて目を細める。
別に脅そうとか、かっこつけようとか思っているわけではない。
真剣な話であるからだ。
「お前の目的はなんなんだ?」
キサラギが首をかしげて不思議そうに返答する。
「目的って、以前答えたじゃないですか。一位になってこの治験という名の下種な行為を終わらせると」
「それはお前の求めてる結果の話だろ?そうじゃなくて、その結果を得ることで目指していることだよ」
「ああ、そういうことですか。ですが、誰もが死ぬような思いをしなくなるなら、それは幸福なことじゃ
ないのでしょうか」
主人公であるのならば100点満点の回答かもしれない。
だけど、あくまでも俺が期待している答えではなかった。
「そ。イノリはどうなんだ?お前の目的とか目標は聞いてなかったな」
「…私?」
聞かれると思っていなかったのだろう。
出血も止まり、痛みを引いてきたのか体勢を変えながらこちらを凝視してくる。
「そんなに見つめられると照れるなぁ」
「「気持ち悪い」」
「お二人から同時に!?」
イノリはともかく、キサラギに関しては言う必要性はないだろう。
「…私は…キサラギちゃんが目的を叶えられれば」
「個人としての願いはなんもないのか?」
静かに頷くイノリを見た後にキサラギを見るが、その表情はいつもと変わらない。
当たり前と思っているのか、以前から聞いていたのか、納得してはいないが納得した振りをしているのか。
納得していないとしたら、キサラギが一位になるよりも先にイノリを一位にしなければいけないが。
二人から微妙な回答を得て不服な顔をしていると。
「で、貴方の目的は?私たちだけは不平でしょう」
「ん?もう自由はない状態で言っても無駄では?」
「いいから。言ってみるだけ言いなさい」
お母さんなのかな?
鋭い中にもこちらを嗤うかのような感情が見受けられるが、悪意は多少しかないのだろう。
「若干似てるのかもな。殺したい人がいるんだよ。人たちかな?個人的な、それでも世界的に幸せになる
願いだよ」
「誰かを殺すことで幸せに?そんなの…」
「そんなの正義じゃないって?漫画やドラマでよくあるけど、正義の反対もまた正義なんだよ。それに、
俺の目的に関して言えば困るやつなんて俺しかいない」
突拍子もない殺害願望の告白に、純粋な正義を掲げる少女は怒り……ではない、あきれだ。
自身よりも下の立場の人間が掲げた悪は対処できるからこその反応だろう。
実際、俺がこの目標を達成しようとすればキサラギは間違いなく止めにかかってくるだろう。
当然ではあるが、俺を殺して止めるなんてものは微塵も考えずに。
スマートフォンに設定しておいたアラームが鳴り視界が光り始める。
「んじゃ。また」
「ええ。また明日」
イノリは片手をあげるだけで不愛想を極めすぎだろう。
と、そうこうしているうちに翔前大のカフェテリアの、数時間前に見た席で、目の前には見知った顔の友人がしかめた顔でこちらを見てくる。
「お前。急に立ち上がってどうしたんだ?めちゃくちゃ目立ってるぞ」
「ん?男の子って目立ちたがるものでしょ?社会的に見たら俺は異端児かもしれないけれど、俺だって男
の子なんだからたまには目立ちたくなる」
「それ今ジェンダー問題で男の子だけじゃないってツッコまれるぞ」
それは大変だ。
友からの助言をしかと受け入れて、今度から発言には気を付けることとしよう。
まあそんなスレスレの事は止めてゆっくりと席に座る。
羞恥心が皆無であるかと言われれば「そうではない」と答えるのが正解ではあるが、俺のレベルとなると既に羞恥心を抑え込んで活動する事など造作もないことなのだ。
俺が成したい事と比べてしまえば、この程度は屁でもない。
もしや、これを所謂ところの「無敵の人」というのであろうか。
だとすれば如何せん、今の自分ならば何でもできるという考えも頭をよぎるが。
開いていたノートを閉じてバッグへとしまう。
時計を見ればしっかりと18時を指しているが、被験者以外の人物は既に三時間経っていることを理解しているのか、はたまた理解したうえで正常であると判断したのか。
気になることは多いが、ここは予定に間に合わせるためにも退散しなくてはならない。
「帰るのか?気をつけろよ」
「俺は心優しい友を持てたことを、生涯誇りに思って人生を歩んでいくよ」
「いや、面倒事起こしたら真っ先に聴取されるのは僕だろうから」
照れ隠しだなんてしなくてもいいのに。
和樹は本当に友達思いのいい奴だ。
しみじみと感じて感傷に浸りたいが、それでも用事を優先させなければならない。
何故か。
解:クソ兄貴が絡んでいることだから
約束の時間に数分でも遅れてみろ。
数分程度の遅刻とは天秤に乗せてもぶっちぎりで傾き、そのまま大気圏を突破する勢いで遅刻という罪が飛んでいくほどに重い重い重い。
弟思いな嫌がらせという素晴らしい贈り物を送られる。
兄貴も大人になったのか、最近の嫌がらせは過激なものから陰湿なものに変化してはいるのだが、それでも社会的に潰される可能性は0.1%でも排除しておきたい。
「それと、お前。藤本 武さんって知ってるか?僕の先輩なんだけど、行方不明になったらしくて」
藤本。
フジモト。
もしかして、天文台から襲ってきたあの青年のことだろうか。
「いんや。行方不明とはまた奇怪だねぇ」
「奇怪?いやいや、考えられることではあるでしょ。ストレスとか、一人で無茶したとか。ま、知らない
ならいいや。とにかく気をつけてな」
ふむ、友人が行方不明になってほしくない気持ちがあるのか、再三に渡る注意喚起をしてくれるとは。
感涙を流しながら帰路につくとしよう。
帰路とは言っても家に帰るわけではない。
その家路の途中にある、クソ兄貴が所属している大学病院へと向かうのだ。
とは言えども、病院まではまだ十数分かかる。
考えることを止めてしまったら、落ちこぼれである俺はその価値を無くしてしまうと自負(自虐であろうと考える人がいるだろうが、価値がないことはある種の個性だと誇りを持っている)しているのでキサラギとイノリに聞けなかったこと疑問に思っていることを整理しよう。
アリス。
金髪のロングヘアーを後ろで束ねてポニーテールにした彼女からは明確な殺意を感じなかった。
厨二病かよと思うかもしれないが、先に言っておこう。
俺は元来厨二病だし、そこら辺のファンタジー作品はなんでも大好きな方だ。
それでも、人が明確に感じられる悪意の一つとして相手からの殺意というのは、誰しもが感じれることだと思う。
友達同士のいざこざで、一時の感情の振れによって齎される殺意などではなく、明確に「お前を殺す」といった感情だ。
デデン。
なんとなく作品はすごく面白いのに、その部分だけネットミームと化してしまった某機動戦記を思い出したが、意図して出そうとした訳ではないので悪しからず。
そんなことよりも、聞いたあの怪物の印象は「無慈悲に、ゴミでも見るかのように打ち捨てて、殺す」と聞いていたのだが、そんなでもなかったな。
どちらかと言うと、憐れみを向ける目かなぁ。
あの歳にして悟りを開いているのかな?
まぁ、そういう感じなのであれば交渉の余地は残っているし、可能性に賭けてみてもいいかもしれない。
と、その後もあれやこれやと考え込むうちに病院の前にたどり着いた。
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この病室には一人しか入っていない。
というより、一人しか入れない。
集中治療室というやつであるのだが、親族の希望によって特別に空いている病室を貸し切ってわざわざ個人用のを作ったらしい。
本日の要件はこの中に入っている人物を見る。
意識があるようであれば会話を試みるという予定だ。
クソ兄貴に無理やり頼んで面会の許可をねじ込んでもらったのだ。
とは言っても、この病室に入っているのは俺の兄弟親族の誰でもないし、既に俺に関わりのあった人間は病室を去っているのだ。
そんな初対面の人物とお話をするのは、流石の俺といえども緊張するものがあるけれど、ちょっとくらい勇気を振り絞って頑張ろうと。
勇み足で目の前まで来たが、どうやら意識を回復させていることはないようで、その人物は人工呼吸器と数多のチューブで繋がれて安らかに眠っている。
病院生活が長かったのだろう。
頬が痩せこけて目元が落ちくぼんでいる。
毛布に隠れてはいるがその体の細さも、首から上が雄弁に語っている。
と、ベッドの横を見てみると椅子に座り込み、その人物を見つめている少女がいる。
「あの子がVIPの妹さんらしいよ」
「ふーん。ちょっと予想と違ったかも」
「んん?そうなのかい?愚弟にしては随分と珍しい」
「珍しくはないだろ。凡人であるならば、100%の推理なんて不可能だよ」
クソ兄貴からの煽りを受けたところで、病室の中に入っていく。
椅子に座っていた人物は音に反応してこちらを振り向き立ち上がる。
その顔は驚愕の感情に染まっている。
俺も最初に見たときは驚いたが、それは反対の人物だったからだ。
「まあまあ。落ち着けって。別にお前がここに居たのを他の奴に言いふらすなんていう下種な真似はしな
いから」
椅子を持ってきてその人物の隣に腰を下ろす。
何かを言おうとしているのか、驚愕のあまりに言葉を失っているのかは知らないが、両腕をプルプルとさせながらこちらを睨んでくる。
「本来はこいつに話があったんだけどな。まあ、最悪お前でもいいや。容体とかを聞きたいわけじゃな
い。それは兄貴に聞いてるし」
何があったかや病気の詳細を聞かされてはいないが、食事をまともにとれず、目覚めても数分程度というような状態ではあるらしい。
立っていた人物がようやく椅子に座って、落ち着いて話をできる状況になった。
「お前の目的が他に何かあるのは知っていたし、それを隠してるのも知ってたけど、それがバレないとは
限らないもんだぜ?必死に隠そうとしてもな。ただ落ち込む必要性は皆無だ。なぜなら、今回は違う人
物から聞いただけだから」
彼女は一言も発しない。
見られたくもなかった秘密を見られたことに随分とお怒りの様子だ。
しかし、別の人物に聞いたという部分には少なからず反応を示した。
ここまで来たら隠し事はなしだろう。
「別に妨害しようってわけでもない。なんならそれに協力してやるよ」
「は?」
「やっと口を開きやがった。俺は美少女の味方だぜ?だから手伝うって言ってんの」
そういって左手を差し出す。
手伝う。
先方から提示されたメリットは俺にとっては魅力的すぎるものだった。
だからこそ、これからの友好を求めて、ここは握手をしようじゃないか。
存外、先ほどの別の人物から聞いたという言葉が聞いたのか、一度眠っている人物の顔をちらりと見るだけで、ゆっくりとではあるが右手を差し出してくる。
それを俺は力強く取り、大きく上下に振る。
大げさなまでに、これが強固な絆であるように、あるいは信用に足る共犯者であることを強調するために。
「これからよろしくな。木佐良伎ちゃん」
自分たちが、心の底から願っていることを、お互いがWin-Winの関係で達成できるように。
夏ということも相まって、未だに空を未練たらしくオレンジにしている夕日を背に。
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「ねえ。聞いた?腹の中が真っ黒な男の子のお話」
「うん聞いたよ。当然じゃないか。ボクたちみんな一緒なんだから」
「あの子の名前はなんていうの?」
「なんだっけ?忘れちゃった」
「それもそうだね。ボク達が人の名前を覚えられるわけがない」
「真っ黒なお兄さんでいいんじゃない?」
「言いずらいから黒いお兄さん」
「にゃはは、そうしようか。そうしよう」
「抽象的に、慇懃を重ねるために、同輩の関係であるために」
「ボク達がみんな幸せであるために」
「なにより全てはアリスのために」
にゃははは。
暗い路地で、双眸が、ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー、なな、やー、ここのつ、とお。
群れの、されども一人が、されども十人が。
「あっちはどうなったの?」
「こっちは順調だってさ、順風満帆すぎて怖いくらいに」
「にゃは、それは上々」
「ボク達は失敗はしないよ」
「成功するまでやり続けるんだから、当然だよね」
「そのための群れだよ、ボク達は」
「一個の個人ではあるんだけどね」
双眸が、ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー。
増えては減り、減っては増える。
やがて影は一つにまとまる。
「ボク達に帰ってくるように伝えてくれるかな、ボク達」
「問題ない。それも既に伝わってるよボク達」
「そうかいそれは上々」
双眸がひー。
影を踏まないように、飛び跳ねるように。
路地裏から出てきた人物は深く息を吸い、それを吐き出す。
続いて背伸び、その次欠伸。
「眠れたはずなんだけど、寝足りなかったかね?それは下下」
寝すぎたのか、眠れなさ過ぎたのか。
定かではないが、頭の痛みが少しばかりズキズキと。
顔をしかめるその男なのか女なのか分からない中性的な顔立ちをした人物に、背後から手がかかる。
「やっと見つけた。探しましたよ、クソ野郎が」
「おお。これは上々。ボク達としてもうれしい限り」
「二度と勝手に行動しないでくださいね。馬鹿野郎が」
「下下。その罵倒をやめてくれないかな。ボク達にはアジェリ、もしくは--」
「うるさいですよカス野郎。忙しいんだから急いでくださいアホ野郎」
「これは下下」
大きな声で騒いではいるが、周りの人間は気にも留めない。
それは自然なことなのだから。
そうして夕闇に二人の人間は消えていった。