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希求の国のアリス達  作者: tapioka
3/10

時刻外れのお茶会

「クソ兄貴。ちょっと頼まれてくんない?」

「どうしたんだい?可愛い愚弟」


椅子に深々と腰を預けて、顔を上げるようにして視線をこちらに向ける男。

無精ひげを生やしてはいるが、鼻が高く、その青い眼の影響でイケメンと言わざるを得ない。


「武器の調達をお願いしたい。できれば、固定して活用できて、応用性が高いものがいいね」

「ふーん。手短に用意できるは、ピアノ線とかを用いた暗殺道具かな。固定すれば人体は容易に切断で

 きるカッターになるし。柔らかく使えば拘束から窒息まで~」

「それでいいや。使いずらかったら別のを頼む」

「んん。了解了解。さて、あれはどうだったかな?」


キッチンへ向かう俺の姿を追うように、体勢を直す兄をしり目に冷蔵庫からビンのジュースを飲む。

戻ってきたら水分への欲求がやたらと酷かった。


俺があの治験に参加したのは、この男の勧めだ。

権威、権力渦巻く大学病院で、その若さながら教授の位をもらい、院長候補筆頭 (らしい)にまで上り詰めた天才。

まあ、ある程度この家庭の金の力が働いていることは間違いないが、それでも、この男は優秀だ。

そんな男の出がらしが俺なわけだが、どうやらこの兄は俺に興味を示しているらしい。

そうでなければ、追い出された俺についてくるなんて言う酔狂な真似はしない。


数日前にこの治験の話をされ、俺に参加を勧めてきた。

半信半疑ではあったが、実際に治験は存在し、なんでも一つ願いを叶えるという賞品までついている。

兄貴に得た情報を話した。

頷くばかりで口を挟んでこなかったが、この男のことだ、大体のことを察したのだろう。


すべて話しきったあとに目を開き笑顔を浮かべた。


「素晴らしい。お前のその判断は間違ってないし、とても魅力的な登場人物ばかりじゃないか。今日

 一日の疲れが吹き飛んだよ」

「疲れ?天才様が疲れるほどの出来事があったのか?」

「ああ。本当に面倒だったよ。VIPのお得意様から依頼でね。ひどい状態の患者の手術と治療さ」


マジでいつ消されてもおかしくないな、この馬鹿兄貴は。

それで姿を消したら、最も疑われるのは同棲している俺になるんだから勘弁してくれよ。

それにしても、少々気になるな。


「このタイミングでか?名前を教えてもらってもいいか?」

「気にしすぎじゃないか?まぁいいが。取り扱いには気をつけろよ」


口頭で言うのはまずいと思ったのか、メモ用紙に書きそっと渡してきた。


「……もしかして、こいつに妹とかいる?」

「妹か弟がいるって話だけど、それが」

「いんや、女王様と騎士様の関係わかってきたかもしれない」

「……どうでもいいや。ま、武器は明日までに持ってきてもらうさ」


テーブルの上に置いてあった酒を飲み切るとグラスをこちらに投げて自室に戻っていく。

割るとあのクソ兄貴が面倒なことになるので、割らないようにキャッチする。

そもそも割ったら何十万の賠償をしなければいけなくなることやら。

自動洗浄機に洗い物を突っ込んで自身も二階にある部屋へと入り椅子へ腰かける。


パソコンを起動し、今日得た情報の整理を始める。

事前に情報屋から買った情報とはまた違うことが随分と多かった。

そもそもの話、事前の話ではルーキーがあんな高ランクの被験者と当たるはずがなかったのだ。

運営的にも初回の時間は腕慣らしのようにしているらしく、高ランクの人間の反対方向の場所に送り込まれるのが今までと聞いていたが。

金だけ分捕られたか、はたまたイレギュラーだったのか。


今更考えるだけ無駄ではある。


「連絡をしようにも、身バレ防止のために数週間は取れないとか言ってたし」


ただまあ、現一位の情報はあながち間違いではないだろうな。


現一位、”怪物”アリス。

数か月前にランク一位にとなる資格を獲得し、そのまま現在の頂点を守り続けている被験者。

己の願望を叶えることなく、その座に君臨し、姿を現すことがなくなった存在。

しかし、以前戦闘する姿を見た被験者からの情報によると、曰く、あれは勝負ではなかったと。

無慈悲に、ゴミでも見るかのように打ち捨てて、殺す。


その結果、アリスの名に似合わない二つ名”怪物”などと呼ばれている。


いずれにしても、このアリスには話をつける必要性を感じてはいるが、それは目の前の問題を解決してからの問題だから後回し。

そして目の前の問題とは、キサラギの存在だろうねぇ。


異形種(イモータル)と帽子屋という面倒な敵に追われながら、ランク一位への挑戦権を獲得、そして”怪物”と呼ばれる存在に立ち向かうとすれば、イノリというお荷物が重すぎる。

さらには、ランク一位になってこの治験を終わらせる。

英雄譚になるのであれば目指してもいい目標だろうが、あいにくと英雄に興味はない。

全面的に肯定してやるつもりもないが、今の実力では仲間から外れる宣言をした瞬間に殺されて終わり(まあ、理念的に殺されないとは思う)だろうから今すぐに抜けるのは得策ではない。


(現状の立ち位置は崖っぷちってところだねえ)


それでも、自身の願望を叶えるためには下らない幕引きだけはしてはいけない。


「あ、あの二人か」


異形種と帽子屋。

どちらも上位ランカーであり、二人一組での行動が目立つ被験者。

想像の強さよりもはるかに上の存在であった。

異形種の変化は部位的にしか使うことのできない能力であると考えていたが、すでに全身の変貌を可能とし、なおかつフィジカル的には赤の女王しか対処することができないだろう。

一方の帽子屋は鎖を用いた変則的な戦闘方法を好むと考えるべきだろう。

アニメとか漫画の鎖キャラってそういう感じだし。


なるべく仲良く動きたいところではあるが、話を聞いた感じは女王の事を異形種が相当毛嫌いしているようだし。

和解の道を選ぶ事は不可能に近いだろう。


俺だけでも助かるためにはちゃんとしたパイプをつないでおく必要性が高い。


そのためにも、あのクソ兄貴に借りを作るのは癪ではあるが、頼むことが一つ増えてしまった。


「ま、明日やることを頑張りますか」


兄貴あてのメールを作成して、連絡用のアカウントへと送信する。

その次に、簡潔ではあるがパソコンに情報をまとめてベッドに横になる。







_______________________________________________________________________________________________


「貴方、またあそこに行ったの?」


優しい香りが鼻をくすぐる。

ひどく懐かしく、自身の中でハッキリと覚えている記憶だ。


「うん。あの子がいつも一人で寂しそうにしているから」

「そう。その子を家に招く事は……出来ないわね。あの人が何と言うか、想像ができるもの」

「いいよ。合いに行けば何も問題はないしさ」


大理石でできたダイニングテーブルの上にティーカップを置き、紅茶を嗜む姿は一枚の絵画のように華麗で流麗な、街に出れば男が思わず振り返ってしまうような姿だ。

だが、当然見惚れてしまうことなどはない。

その女性は自身を生んだ母親だからだ。


「貴方にもう少しでも自由をあげられればいいのだけれど」

「……いいよ。所詮、兄貴の”でがらし”だから」

「そんなことはないわ。というより、そんなことを自分で言うのは止めなさい」

「はーい」


どうやら、この母親は自身が自身の事を皮肉ったり蔑む事を嫌っているようで、いつもの優しい口調ではなく、少しきつめの口調で叱る。

適当に返事を返し、テーブルに置いてある菓子を一つ食べたところで扉をノックする音が響く。


(イツキ)様、お勉強の時間となりました」

「今行く」


手をティッシュで吹き学習室へ向かおうとする。


「頑張ってね。貴方も如月(キサラギ)の子供だから、きっといい子になるわ」






_______________________________________________________________________________________________


「如月の人間として。俺はクソくらえだけどね」


ベッドから上体を起こして夢に対してぼやく。

脇に配置している小机を見れば、上には4個の銀製の指輪が置いてあった。

自分の物ではないのは確定しているので、兄貴に頼んでおいた武器であることは確かだが、こんなにも早く出来上がるとは思わなかった。

指にはめてみると、小さな突起がついているのに気づき引っ張りだすとピアノ線が伸びてくる。


まあ、仮の武器として用意した物だろうし固定の能力とも相性がいい。

能力に関して喋った記憶がないが、兄弟のパワーってことで。

どうせ見てたんだろうけど。


現在の時刻は午前9時。

6時やら3時に治験が起きなくてよかったよ。

いやマジで。

寝込みを襲われるのが血みどろの初体験になっちゃう。


大学の講義もこの後に控えているので下に降りていくと、兄貴からのものと思わしき紙切れが置いてあった。

内容は入院してきた人に関してはなるべく調べておくとのこと。

どうでもいいやとか言いつつ調べてくれるなんて、優しい兄を持ったものだ。

気持ち悪。


トーストとコーヒーを腹の中に入れ、指輪をつけたまま外に出る。

夏の日差しのお陰でコンクリートが熱され、実温度よりも高く感じる。

寒いよりも暑い方が好きではあるが、いくらなんでも真夏という存在は消してしまいたい程ウザいし嫌いだ。






_______________________________________________________________________________________________


数時間後。

周りの建物が消失した状態で、真夏すら可愛く思えるほどの熱気にまかれた。

横に立つは(クイーン)(・オブ・)女王(ハート)異業種(イモータル)

目の前に立つは、輝く金髪を編み込みを入れたハーフアップにし、見下ろす怪物。


アリス。


この治験の最悪が、文字通り降ってきた。



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