女王のお茶会
しばらくキサラギとイノリの後をついて、住宅街を走り回る。
変異種と帽子屋は追ってきていないようだが、聞いたところもう少し先にセーフゾーンと呼ばれる戦闘禁止区域が存在するらしい。
落ち着いて話をしたいそうだ。
「さて、あの喫茶店にでも入りましょうか」
「ん?ついたのか?目印も何にもないけど」
「この試験の中では、それぞれの所持しているスマートフォンだったり携帯端末に様々な情報が入っ
てきます。その中のマップに、セーフゾーンから危険地帯まで、すべての情報が載っています」
ポケットからスマホを取り出して画面を覗くと、自分が見知らぬマークのアプリケーションが増えている。
その中で地図らしきアプリを起動すると、某ぐるぐるマップのような地図が出てくる。
地図上には水色のエリアや赤色点滅のエリア、そのほかにも黄色やらなんやらのエリアが表示されているが、セーフゾーンと危険地帯というの以外よくわからん。
人のいない喫茶店に入ると、テーブルの上には飲みかけのコーヒーやら食いかけのケーキやら。
はっきり言って汚い。
そんな食器や食べ物が置かれていないテーブルを見つけて三人で着席する。
「紅茶でも飲みますか?」
「いや、混乱してるとこが多いんだから話を先にして情報整理がしたい」
「わかりました。それでは、まず、この試験の仕組みから説明しましょう」
基本的に、この「試験」と呼ばれるものは運営の判断が基準らしい。
ランキング三十位の人間が、十位の女王と倒しても、そいつは十位になるかどうかは分からず、飛び級やそれほど上がらないことはよくあることらしい。
そして、女王や変異種などの能力は事前に受けた投薬が原因らしく、参加している人間は全員持っているものらしい。
自分の能力が気になってスマホを調べると、体のアイコンを見つけて開く。
そこには個人情報が満載でアンケートの内容や、健康診断の内容まで事細かに記載されている。
下まで隈なく調べると、そこには能力の詳細が書かれている。
「それで、どのようなものです?」
「あー。簡単に言うと【固定】だな」
「固定?ですか」
「物体を空間に固定できるらしい。俺が触れている間は常時発動可能で、話した後も30秒の間なら
発動することができ、解除は任意の時にできる。使い方次第の能力だな、これ」
自分の能力を読み上げた後の反応がなく、キサラギのほうを見ると、イノリと顔を見合わせてもう一度こちらを見てくる。
立ち上がって肩に手を置いてきた。
「大丈夫です。そんな能力でも生き残ることはできますから」
「…がんばれ」
「憐れむな!」
いやわかるよ。
憐れみたい気持ちも。
一見使えそうな能力だが、ナイフなどの刃物を空間に固定したところで薬の影響で強化された人間に通用するとは思えないし、相手の体に触れることができなければ固定することができない。
ゴミの部類ではあるのだ。
ある程度の武器の用意か。
兄貴に頼めばそこらへんは用意してくれるだろうが、大型の物を四六時中持っているわけにもいかない。
ある程度コンパクトで能力を生かしきれる装備を考えなければ。
「単純に戦力が増えるだけでそれなりにメリットですし、おいおいそこは使い道を考えましょう。そ
れで、再三の確認にはなるのですが、仲間になって頂けるということでよろしいんですよね?」
「ああ、敵対するメリットも特にないからな」
「では、私たちの目的について話させてもらいますね」
目的?
そんなの、一位になって願いを叶えるっていうだけじゃないのか?
一息吐いてからキサラギは向き直る。
そして、自信に満ちた表情でこう言った。
「私。この治験はハッキリ言って最低だと思うんです。なので、この試験を終わらせようかと」
「……そりゃあ、また随分な目的で。んで、どうやってそれをやろうと?」
「当然、一位になって願いとして。真正面から突き付けてやれば、運営といえど断れないでしょ?」
自分ならやれると。
彼女の言葉にはそれだけの力強さがあった。
パイルバンカーを見ると、警戒しているのか窓の外を見つめている。
「成程。じゃ、お前が一位になるのを手伝えばいいってことだな?」
「はい。そういうことです」
「具体的な行動方針とかは?」
「まずは、戦力集めから始めようと。そのあとは、賛同してくれた方たちと、先ほどのような被験者
を打倒しポイントを少しずつ貯めていく方向で」
「それいつまでかかるんだよ」
将来性も具体性もクソもない計画が出てきて唖然としたが、見た目高校生のくせに、中身中学生か?
自身より弱い敵を刈るのは正しい動きではあるが、この試験のポイント配分は運営の匙加減。
弱い者いじめをしている被験者にどれほどのポイントを与えるのかなんて想像がつきやすい。
しかも、これはあくまで治験だ。
薬の効果をテストしたい運営にとって、チマチマとした戦闘を行われても気に入らない存在になるだけだろう。
こっちの計画の方も、少し変えた方がよさそうだ。
「目先の目標は変異種と帽子屋を殺すって方向でいいのか?」
「いいえ、殺しません。降伏させます」
「は?」
「降伏でも問題なくポイントは入ります。本人に敗北宣言をさせなければいけないので少々手間はか
かりますが、死ぬのに比べれば問題ないです」
こいつ、馬鹿みたいに甘ちゃんだ。
この治験で死ぬことは、本当に死ぬことと同じだ。
その場から遠くの場所で、同じ死因で発見されるか行方不明になる。
治験を受ける前の誓約書に書かれていた内容の要約だが、先ほどのキサラギとの会話の中でも確認がとれた事なので間違いないだろう。
それでも相手の殺傷をやめるなんて選択肢がとれるか。
相手は全力でこちらを殺しにかかってくるのに、こっちは手加減して殺さぬようにしなきゃいけないとか。
どんなハードモードだよ。
こっちに選択権がない以上従うしかないのが辛いところだな。
「さて、残り二時間少々ありますけど。どうしましょうか」
「とりあえず。能力を試したい。パイルバンカー?相手してもらっても?」
「…問題ない。表でやろう」
表の通りに向き合うように5m程離れる。
近くの街路樹の根本の少量の土を手に取り構える。
言葉をかけずとも既に準備万端でこちらに鉄杭を向けて睨んできている。
若干の嫌悪感が入っているような気もするが、気にしないことにしよう。
「どうぞ」
「…遠慮なく」
ドンっという重低音とともに高速射出された杭に対して、握っていた土を目の前に振りまき固定する。
鉄同士がぶつかりあう甲高い音が鳴り、杭は勢いを失い地面に落下する。
威力に関わらず、固定された物体はその場から動けなくなる。
最強の盾にはなりそうだ。
正確に攻撃のくる方向を考えなければいけないし、目で追うことのできない速さには対応できないが。
次に地面に落ちた杭を固定するように発動させてみる。
試しに軽く押してみるが、動く気配はない。
できれば蹴とばしてみたいが、最悪の場合足の指が折れるので止めておく。
代わりに石を思い切りぶつけると、粉々に砕け散る。
いくら岩盤砕きの硬い杭だからといって人間が投擲した石がこんな風に砕けるわけがない。
固定したものに対して対象がぶつかると砕けるのだろうか?
しかし、先ほどの砂の盾を考えると杭がバラバラになっていなければおかしい話だ。
次に木の枝を空中に投げて止める。
そこに足をかけて乗る。
体幹が強化されているおかげでバランスをとるのは意外に楽だ。
イノリに合図をだして上に杭を出してもらい、また砂の盾で止める。
瞬間に鉄の杭に触れ固定する。
「アツッ!!」
「…当然でしょ。よくそれで済んでるよ」
固定した後の熱は保存されるのか気になるが、この杭が冷めるのは時間がかかりそうなので断念する。
次に持っている木の枝で何度も杭を殴る。
漫画やアニメで見た時間を止めてなんども殴る行為を行った場合には力の方向は変わるのかの実験だ。
数分程殴った後に固定を解除する。
杭はほとんどなんの変化もなく上空に飛んで行った。
軌道が少し曲がって見えるが、木の枝でいくら殴っても大して変化はしないようだ。
予想の範囲内ではあったが、力の方向も固定できることが確認できただけよかったな。
人が突き出してきた拳くらいなら、何の問題もなく対処できるだろう。
人の範疇を超えていなければの話だが。
「…変異種と帽子屋への対処法は見つかった?」
「無理。勝てるビジョンが全くない。やっぱ勝てるとしたら女王陛下くらいだろ」
射出装置を解除しながらカフェに向かっているイノリを見ながらその場に腰を落とす。
能力の使い道は分かってきたが、戦闘で活躍できるのかどうかに関しては、蟻んこレベルだな。
「さて、そろそろ今回の戦闘時間はお開きになりますけど、最後に聞きたいことはありますか?」
「そうだなぁ。お前の目的はこの試験を終わらせるでいいんだよな?」
「ええ、そうです」
「オッケ。それが確認できたらいいや」
試験が終わった際には、この試験が始まった地点に戻されるらしい。
キサラギとイノリが離れたところでこちらに手を振る。
それに応えるように振り返す。
あくまで愛想よく。
「それが目的なら。俺はお前にはつけないね」