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希求の国のアリス達  作者: tapioka
序章
11/11

ながいおはなし

「かねがね思っていたのさ、お前には随分と苦労をかけたと。」


そこに立っているのは、スーツに身を包み、白髪交じりの髪の毛を一房を残してオールバックにした男。

如月 那由多は静かに立っている。

静かに。


地面に這いつくばる実の息子に対して、労いの言葉をかけて、しかし何も感じていないように。


「そんなお前に何ができるかと僕なりに考えてみたんだが、どうも思いつかなくてね。こちらも随分と苦労したものだよ」


「・・・・・・そんな毛ほども思ってない言葉を口に出すなよ」


「心外だ。少なくとも、考えたことはあったはずだ」


わざとらしく胸を押さえて言葉を発する姿にわずかながらの吐き気を催しながらも、ゆっくりと立ち上がる。

何故ここに居るのかという疑問は浮かばない。

どうせ観察をしていて、あえて見逃していたのだろうから。


しかし分からない。

ここでこの男が出てくる意味がまるでないのだ。

既にこの計画はイツキと如月 冬馬の失敗で終わったも同然なのだから。

アリスは意識をはっきりと保っており、イツキは吐く言葉を間違えた。


吐いてしまったのだ。

弱みを。


「安心したまえよ。別に君に対して危害を加えようとも思っていないさ」


眼下で起こる惨劇を尻目に、一歩一歩ゆっくりと歩みを進めてくる那由多に対して、イツキは右手に砂を握りしめる。


「警戒しないでくれよ。久しぶりの再会だろう?」


「ハッ。無理に決まっているだろ。あんたが原因で始まったことだ」


両手を挙げて無害であることを那由多はアピールするが、緊張の糸はとけることはない。

周りの被験者達も突如として現れた男に対してアプローチを仕掛けようとはしない。

手を出そうとすら思えない程に、底がしれないのだ。


「まあ、いいさ。こうなることは予想していたしね。それにしても、ここまで派手だとは」


「関心している場合かよ。俺が、今、あんたの治験を破壊しようとしているのに」


イツキの一言に、首を傾け無機質な表情に変化が起きる。

微笑んだのだ。

くすくすと。


「この程度で?流石にその冗談は面白いなぁ。それとも、本当に考えていたのかい?」


怒りが、恨みが、腹の奥底から湧き上がるように熱くなる。

ここまでが想定内?

どこまでが?

必死こいてたどり着いた、この結果が?


今までの努力の全てが?


「だから君のことを如月家の人間とは思えないのさ」


その一言でイツキは走り出す。

今まで脳裏から離れない程言われ続けた呪詛が、イツキの足を動かした。


しかし、それもすぐに阻まれる。

最愛の妹に。

手に持っていた砂も奪われる。


能力も使わずに、ただの身体能力で。


「先ほども言っていた通り、彼女は君のためにこれに参加してくれたのさ。そして、歴代でも最高の数値を出し続けてくれている」


「俺のため?そんな訳ないだろ。この治験も、被験者も、全てお前が、お前のために集めただけのっ……!」


目下で何かが爆ぜる音がする。

少し離れた方へは黒い影が飛んでいく。


「そんなに納得できないのかい?お前にとっても十分に理のあることのはずだ」


さも何も起きていないかのように話を続ける細身の男は、本当に納得できないように手を顎に当て、首をかしげる。

この治験は、新薬の開発以外の何かがあるのかと。

そう疑ってしまいたくなるほどに。


いや、そもそも別の目的のためだったのだろうかと。


「だったら、納得させてみてくれよ」


「もちろんさ。それも分からないほど愚かだとは思わなかったが。久しぶりに会話ができて楽しいからね」


本当にこの男は・・・。

今までの人生の中で、まともな会話をしたことなど片手で数える程度の経験だ。

こいつのにとっての久しぶりとは、数年のことを指すのだろうか。


「おそらく。お前たちはこの治験を、僕がビジネスのために行っている酔狂な実験だとでも思っているんだろうね。アリスは、哀れな被検体の一人であるとでも、考えているんだろう?」


「そうではないと?」


眼前まで迫り、優しい笑みを浮かべる。


「ああ。大間違いだよ」


腕を広げ男は言う。

美しい物語でも読み聞かせるように。


「そんなビジネスなんかよりも、より重大で、重要で、実りのあることさ」


ゆっくりと首を回し、集まった数人の被験者を眺めながら。


「この世界にはね、いくつか足りないものがある」


無垢な少年に寄り添って教える。


「食料、水、金、森林、資源、労働者、知者・・・」


そんなものは世界が議論している。

だからこそ知っている。

解決のしようもないことであると。


こう考えていると、見透かしたかのように言う。


「当然だが、私がこれを解決できるとは考えていない。というよりも、こんなものを解決している時間は、残念ながら僕にはない」


真顔で、残念などという空虚な言葉を吐き出して。


「じゃあ、急に何の話だよ」


「僕にとって重要な要素があるんだ。足りないもの。それは、僕の理解者さ」


呆気にとられる。

世界の問題を解決するなら、どれだけよかったことか。


「残念ながら、世界の名だたる知識人も、経営者も、権力者も、僕を理解することができなかった」


いや、待て。

さっき、この男はなんと言った?


「本当に悲しい限りだ。涙も枯れてしまうほどに、僕は孤独だった」


彼女は君のためにこれに参加してくれたのさ、と。

この治験は俺にとって利益があると考えている。


「だけどね、一人だけいたんだよ。探し当てた理解者が」


この男は、人に興味はなくとも嘘はつかない。

特異性の塊の人間だ。


「如月 鈴葉。僕の妻だ」


「お前、ふざけるなよ・・・」


自身の憶測に自信はない。

所詮は如月家の出がらしである俺にとって、天才異才の思考は読めない。

だが、ここまで詳細を聞けば、最悪の想像が浮かぶ。

口から出た言葉は掠れ、怪物アリスに握られた手も震え始める。


「しかし、彼女はいささか体が弱すぎた。そのせいでこの世から居なくなってしまうなんてね」


その次の言葉を、いや、いますぐにでも目の前の男を殺さなければ。

一歩踏み込もうと足に力をこめる。


「僕は、妻を。鈴葉を蘇らせたいんだ」


「てめぇ!ふざけんな!んな事どこの誰が許すと思ってんだ!ああ⁉」


ゴキリと音が人体から鳴る。

おそらく肩が外れたか折れたのだろうが、そんなことは関係ない。

眼前のクソ野郎を、今、すぐに!


そう意気込んでも、怪物アリスに拘束された体は動かない。


「お兄ちゃん!落ち着いて!体壊れちゃうよ!」


「お前の都合で!母さんを!」


「怒らないで考えてほしい。お前は普段から鈴葉になついていただろう?だったら、何も問題ないじゃないか」


どんなに凡人が慟哭しようとも、異才たる男には何一つ理解されない。

それを、こんな場面で痛感することになるとは考えもしなかった。


喉が擦り切れるほど叫び続けた最中、地面に大きな亀裂がはしる。

傍観を決めていた野次馬の一人が口を挟んできたようだ。


「家族の喧嘩中にすまねぇがな。こちとら、そこの青年に唆されただけだから、状況が分からんのよな」


着物にキセル。

まるで江戸や大正から来たかのような風貌の男は、ゆらゆらと歩みを進めてくる。


「あんたは、この治験の管理者ってことでいいかな?」


「ああ。そうだよ。”法螺吹き”君」


「知って頂けてんなら光栄だな」


煙を吐き出しながらも、如月 那由多を頭から足先まで観察している。


法螺吹き。

ランクは7位。

まごうことなく、この治験の強者だ。


「あんたらの話を聞いてるとな。まるでこっちの願いを叶える気がない風に聞こえる節があるのよな」


「心配する必要はない。僕は約束をたがえない。アリスを超える被験者が現れた際には、要望をなんでも聞こう。そのうえで、僕の持ちうる力を全て投資することも確約する」


「たとえそれが、この治験の目的を変えるとしてもかな?」


困った顔をしながらも、余裕そうに那由多は微笑む。

さも、それが不可能だと。

事実として、被験者の中に目的を変える人間はいないだろう。

喉を枯らしながら慟哭する少年を除いて。


「君は変えないだろう?変えたところで、君にメリットがあまりにもない」


「そこの青年みたいに、大きな目的があるかもな」


「のちに新たな願いを叶えたいとしても?」


その通り。

この治験に参加するために必要なのは、一枚の紙切れにサインをすること。

その契約内容の中には再び参加することを禁じる要項は書かれていない。

つまり、仮にランク1位となり自身の望みを叶え、離れたあとでも参加することが可能なのだ。

これから先ずっと。


一度生き残ったアドバンテージは大きい。

ランクが上位であればなおさらのこと、一連のやりとりを見たこの場の人間はよりさらに。


「何はともあれ。君たちが心配することはない。私の愚息に対しての気配りもいらない。ただ、ランク1位を目指すだけ。シンプルでいいんだ」


「・・・いけ好かんな」


「何をそんなに気にしてるのさ、正夢」

「お前たちも、ボク達と一緒だろ?」

「那由多さんが嘘をつかないことは、ボク達が保証するよ」

「ボク達全員が」

「それに、君さ。法螺吹きって名前の癖して、人の嘘を疑うのはどうなの」

「その性根は本当に、下下」


割り込むように声を上げたのは”チェシャ猫”だ。

それを睨むかのように、”法螺吹き”は言葉を返す。


「自分で決めた二つ名じゃねぇがな。それに、おめぇら全員、何人いるかはしらねえが。嘘八百を体現した存在の癖して何言ってやがんだって感じよな」


「にゃはは。これは手痛い」

「口が達者だね」

「うますぎて気分は上々だよ」

「実際、八百人なんているのかな?」


この会話でさえも苛立ちがつのる。

イツキは遅れて感じてきた腕の痛みをこらえて、後ろを振り返る。

心配そうに、しかし力強く手に力を籠め続ける愛しい妹分に目線を合わせ、優しく声をかける。

実際に、優しくなったかどうかは別として。


冷静になった頭で。


「アリス。俺と、俺と兄貴のところに来ないか?少なくとも、もうこんな実験に付き合わなくてもよくなるし、あの男からも何とかしてみる。兄貴なら、そんくらいできる」


この問いに対して、アリスは驚いたように目を少し大きくするが、すぐに首を振る。


「じゃあ、お兄ちゃんは、それで幸せになれる?お母さんが戻ってきた方がうれしいんでしょ?」


純真無垢な表情で、イツキの心に刺を指す。

残酷だ。

これを分かっていたから、今まで何の策も打たずに野放しにされていたのだ。


そして、事実、俺はこれに即答できなかった。


「そんな訳ないだろ。俺たちは、お前を助けるために」


「・・・もう大丈夫だよ。私は、貰い過ぎたほどに色々もらってきたもん」


本心だ。

誰にだってわかる。

目の前の少女は、心の底から、イツキの誘いを拒絶したのだ。


いったん冷静になっていた頭の中が再沸騰する。

ぐつぐつと、ぐるぐると。


「じゃあ!頼む!俺の幸せを願うんだったら、俺を」


「それはできないかな」


「じゃあどうすればいい!これが終わっても、俺たちは、どうせまた!そうすることしか」


如月の人間だから。

血にまで沁みついてしまったこの習性は。

凡人であろうと歩みを止められない性は。


那由多を指刺し叫ぶ。


「お前でもいい!」


「無理だね。いくら愚息といえども、お前はまだ有用だ」


こいつは、人を所有物としか考えていないのか!

周りを見渡す。

まだこんなにも、ポイントが欲しい人間はいる。


誰か!


「そんなに見られても困るのよねぇ」


「先ほどの話を聞いて、統括者の身内に手を出せる人間は、いないだろうな。イツキ青年」


心臓(クイーン)(・オブ・)女王(ハート)を天に還すことができる、うまくいけばアリスを退けることができるとおっしゃっていたから来たのですから。ポイントが減る可能性を考慮すると、貴方の自己満足にかまけている暇はありませんもの」


ここまでのお膳立てをしてやったのは誰だとっ!

クソが、本当に何をやっても。


「お兄ちゃん落ち着いて。大丈夫。お父さんが言ってたんだ、もう少しで目標までいけるって」


耳障りだ。

本当に。

誰か、だれか、ダレカ、誰か!?














「閃いた」


まだ生き残ってくれているだろうか。

眼下に広がる血の海の中で輝いてくれているだろうか。

美しい女王は。


















「【固定】」

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