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希求の国のアリス達  作者: tapioka
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おろかもののものがたり

「よってたかって一人の少女をいじめる様子。これを嬲ると言わずしてなんと表現するんだろう  な。ほら女を男が囲って嬲るだろ?この場合は嫐るも適応されるとも言いたかったが、如何せん女の子が女の子に危害を加えているから女女女でなぶるとしなきゃならんのよね。でもその場は(かしま)しいになって五月蠅いだのそこらへんの意味になるから適応外だ。見た目的にも女の子が固まっている感じの漢字ではあるし。実際に女三人寄れば姦しいなんてことわざもある。語源も井戸端会議とかだっけかな?そうなれば、今の状況はどう表現すればいいと思う?」


眼下で起きている地獄を眺めながら隣に静かに立っている帽子屋に尋ねる。

問いかけに対して首を横に振って視線のみをこちらに向けあった時と変わらない声でこう返す。


「そんなことを聞かれたところで、お答えできるほどの知識を持っていないので。そんなことよりもご高説を垂れるのでは?今にも事切れそうですが」


真面目に回答を考えてくれないことに若干の不満があったが、たしかに冥土の土産にしてあげるためにもキサラギに不足している部分は指摘してあげねばならない。

今日は声を大きく使う役目が多いなと感じつつも、一旦の目標が達成できた今日という素晴らしい日だからこそ張り切って喉を傷つけるのだ。


「よーし。聞いとけよー。まずな、お前の理想自体が大きな間違いだったんだよ。この治験を終わらせて現実を見させるって、そりゃあまともな感覚を持った人間が居たらお前の思想についてくる奴なんて大量にいただろうな。それこそジャンヌ・ダルクのような革命の乙女になっていたかもしれない。正義のヒーローってのはお前みたいな奴を言うんだよ。だけど意味も分からねぇ薬を投与して殺し合いをした結果願いを一つ叶えてくれるなんていうイカれてる実験に参加してる時点でそいつら全員まともなんて言えた人間じゃねーんだ。ここで俺の持論を言わせてもらうが、正義の反対もまた正義だなんてのは詭弁だと思うんだよ。正義の反対もまた正義なのだとしたらどちらかが勝つなんてことはあり得ないはずだろ。"正義は絶対勝つんだから"。ジャンヌ・ダルクが正義であったのならば、何故彼女は最後に殺された?理由は簡単だ、それは正義じゃないんだ。キサラギ、正義対正義は1対1、50対50、100対100でしか起こらないんだよ。悪は多数派という正義に淘汰されるんだ。歴史が証明してるだろ?桶狭間とかは例外としてさ。まあ、何が言いたいのかというとな、お前は悪なんだよ。志が途方もないほど正義に満ち溢れたものであろうと、民主主義に従って治験では悪なんだ」


独りよがりに高説を垂れて、独りよがりに気持ちよくなって、眼下で行われている惨劇を見て、生きようと足掻く彼女を見て、吐き気を催して。

直接手を下すこともなく、聞こえているはずのない言葉をかけることしかできない。

それで自分の役割ができたと本気で心底から思っている自分が。


「嫌いだなあ」


「貴方を嫌う人間なんて今はそうそういませんよ。このお話をされた際には私もボスも心を弾ませていましたから」


「ボクたちも好きだよ。そういう人間くさいところ」

「ボクたちが人間らしくないからかな?」

「肯定するよボク達」

「非常に上々だ」

「化け物なんだから」

「そうなりたいと願ったから」

「非常に上々なんだ」


気持ち悪い。

背後から聞きなれてしまった混合の声。

肯定しようとするな。

否定してくれ。


お前は如月の人間ではないと。

そういわれた方が、幾分かマシだった。


勝手に自暴自棄になっていると、背中から鳥肌がたつ。

シャンとしなければ。

あいつにとっての兄ではないが、それでも彼女と話すのであれば、如月 樹として話さなければ。

背後に降り立ったのは他でもない。

この世界の、この治験という場での絶対的君主であり、最大の目的と言ってもいい人物。

【怪物・アリス】。


ゆっくりと振り返り目を合わせる。

無機質な瞳は中央にしっかりと樹を捉え、見下すこともなく佇む。

いつもの可愛らしい笑顔もなく。


「やあ、アリス。遅れての登場とは随分と重役出勤が様になっているね」


おそらく、その少女に感情というものはない。

少女の自我はこの実験において無用の長物であり、完成品としての器であればいい。

だとしても続ける。

自分自身が強くあるために。


舌先が微かに震えているのを痛いほど感じているが、今にも押しつぶされてしまいそうな心臓の感覚と比べれば苦にならない。

両手を広げ、あくまで自然に。

如月 樹として大手を振ってハッピーエンドを迎えるのだ。


そうでなければ、今までの人生は意味のないものになってしまう。


そんな小さな決意を固めていると、ゆっくりとアリスは眼下で行われている非道な行いへと視線を移す。

反射するように優しい口調で樹は語り掛ける。


「気にしなくていいさ。君にとって、最も大きな障害となるものを処理しているだけだから。それよりも、今後のことについて話をしたいんだ」


声が聞こえる。

喉が擦り切れてしまうほどの叫びが。

必死に足掻いているのであろう。

友も、宿敵も、知らぬ他人も、全ての存在から命を狙われている可哀そうな少女が。


彼女は強い。

万が一、億が一でも生き残る可能性を、その結末と未来を引き寄せてしまうかもしれない。

正直期待はしているのだ。

全ての屍の上で血だらけであろうと立っている赤い女王の姿を。

その時は、アリスにも届きうるほどの怪物の誕生だ。

あいつからすればたまったものではないだろうが、自分自身が気にすることではない。


「アリス。君が1位を独占してしまっているせいでクリアしようにも、この治験をクリアできない」


「これにクリアなんて概念はないでしょ」

「ボク達含め、全ての存在がモルモットだ」

「仮にクリアという概念があるのならば」

「ボク達のアリスの完成だろ?」


「なんでも願いを叶えてもらえるなんて、一個人からすればクリアと同等なもんだろ?事前説明でもアリスに関する詳細な情報は教えられないんだから」


そう、多くの被験者の目的は「願いを一つ何でも叶えられる」という馬鹿が考えたような素敵な報酬。

ランキングの1位になれば、その権利が保障される。

馬鹿が作った物には馬鹿がよるものだ。

一部の人間を除いて、この治験に参加したものは確証もない報酬を目当てに参加している。


確証を得ることは難しいが、これは嘘ではない。


1位になる条件。


他の誰かに勝ち続けること?

それはないだろう。

怪物と恐れられるアリスに挑む被験者なんて命知らずのごく少数だ、あの異業種(イモータル)ですら積極的に挑まない存在が他の被験者よりも多く殺せるわけがない。


では生き残ること?

昨今飽和してきたバトルロワイアルの市場じゃあるまいし、そんな単純な事でポイントを稼げるのであれば眼下の惨劇は起こるはずがない。


それでは何か。

至極単純でまっとうな事。

「治験」というものにおいて何が重要か。


「”研究の完成度”。それに最も近く貢献した存在がその地位を掴むことができる。だからこそアリス。君が絶対王者であり続けることができるのは、そう簡単に上位のランキングが変わることがないからだ」



下位の存在なんて、運営からすれば有象無象の一つでしかない。

ゆえに変動しやすい。

減ったら増やし、増えたら減らす。

失敗作はいらない。


アリスという人物は、運営、ひいては手引きをしている如月 那由多という人物にとって今現状で最も成功に近い存在なのだ。


そんなことを考えていると、気だるげにアリスが口を開く。


「いつまで無駄なことをするの?あの人にとってはこんなの陽動にも、児戯ですらないでしょう」


「そうかもね。だとしても、これも君を助けるために必死になって考えたことなんだぜ?」


「この後の策もあまり考えていないんでしょう?」


「優秀な兄じゃないからね。君にとっても」


優秀な長兄であればこれ以上に理想的な行動を選択し、短期間で成果をあげていることだろうが、残念ながら自由に行動を起こせるのは平凡な愚弟のみだった。

悲しいかな、俺でなければよかったのにと、心の底から考えてしまう。


元来向いていないことをしている。

ともなれば精神的負担が毎日のように積み重なっているのだから。


ゆっくりと地に膝をつく。

小さな瓦礫が皿の部分に刺さってくるが、そんな痛みはどうでもいい。

今はやるべきことを、如月 樹としての責務を果たさなければいけない。

唇を噛みしめ震えを半ば強制的に止め、息を肺いっぱいに吸い込む。

張り裂けてしまってもいい、次に紡ぐ言葉を鮮明に相手に届けなければいけないのだ。


絶対的な王に対して。


そのまま地に頭を近づけていく。

傅くよりも低く、程度も頭も低く。

恥じらいも外聞も、全て投げ捨て、いや元々ないものを捨てることなどはできないのだが。


『冷静たれ、冷静たれ、冷静たれ、冷静たれ』


頭の中で痛いほどに響く。

重要な場面ではいつもこうだ。

幼少期からの刷り込み教育の賜物というか、洗脳教育というか、こんな出来損ないにも如月家の血が流れているのが本当に忌々しい。


どうしてこうなった。

誰が悪かった。


崩れたビルの屋上で、地に頭をつけながら考える。


現状を最適な状態に持っていくための手段を、こちらが出せる手札を。


なのに何故こうなった。


『冷静たれ、冷静たれ、冷静たれ、冷静たれ』


痛い、頭も、膝も、心も。


ここまでの状況を作るために俺がどれだけの時間と労力と人間を犠牲にしてきたと思ってるんだ。

今かける言葉はそんなことじゃないし、今やるべき行動もこんなことではない。

ここまで最高とは言わなくても、素晴らしいまでに物事を運んできたじゃないか。


ファーストコンタクトから実力者と出会い、隠れ蓑を容易に作ることができた。

そこから被験者を一同に集めることで、目的の人物「アリス」も興味を示すような舞台を整えることもでき、実際に目の前に一周に欲しい人が集まった。


それを、こんなところで無駄にしていいほどの人間でもないし、高望みをしていいほどの高尚で高位な人間でもない。


それなのに---


『如月家として 如月家として 如月家として』


こんな人間に何を求めてるんだ。


なら異才である兄貴に頼めよ。


そもそもなんで俺がこんな事してるんだよ。


凡人の俺に、凡愚な弟に、凡才な兄に。


ふざけるなよ。


ゆっくりと腕を地面に置いて体を持ち上げる。


その怠慢極まりない動きをさらしても、後方にいる帽子屋も、目の前に立ちはだかるアリス一派も手出しはしてこない。


イツキに明確な敵意も殺意もなく、またこの兄弟が目指す大儀と目的を知っているからこそ手出しをする必要性が全くないのだ。

目元を赤くし、今にも泣きだしてしまいそうな顔でアリスを正面から見る。


冷静たれ---


今になって過去からずっとされてきた教育を生かさなければいけない。


震えた声で微かに言う。


「…どうか、どうか、殺してくれ…。これ以上、人間じゃなく、なる前に」


『冷静たれ、冷静たれ、冷静たれ、冷静たれ』


違う。

こんなことを言うのではない。

協力を、少なくとも治験への参加を止めるのだ。


あんな男の、しょうもない、どうしようもない、救いようのない、しようのない。

クソみたいな実験を。


やめてくれ。

何を期待してるんだ。

全部兄貴がやればいいじゃねーか。

俺と違うんだから。

平穏無事に暮らしたかった。


やり直せ。

多少のミスは取り戻せる。

冗談のようにふるまって。

徹頭徹尾遂行しろ。

逃げる場所なんてありはしないぞ。


ふざけるな。

何人殺した?

何人陥れた。

こんな事するつもりがなかった。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


立ち上がれ。

自由にしてください。

二度と過ちを犯すな。

殺してください。


殺してください。

お願いします。

ごめんなさい。

ごめんなさい。


燃える炎は高々と伸びあがり、ビルの屋上を少し越すほどまで昇る。

だが、屋上にいる人物は一人たりとも微動だにせず、怪物の前で蹲る男を見つめる。

誰も動く気はない。

そもそも、治験に参加し、その当日に帽子屋という存在と出会い、怪物と対話するために1人を盛大に殺すための準備を練ったという()()は認めざる負えない事実だ。

功績だ。

上位ランカーをこの短期間で殺した人間なんて、治験が始まって以来の快挙だろう。


そんな中、静かに声を発したのは男を至近距離で見下ろす少女だった。


「殺さないよ」


優しい声で語り掛ける様子は、はるかに年下を相手にするような光景だ。

声をかけられているのが、その少女の兄だということを知らなければ、本当にそう幻視する人間もいたことだろう。


イツキにとっては絶望の一言だ。

宣言も、アリスとしての意識があることも。


「お兄ちゃんが頑張ってくれたのも知ってるよ。アリスのために、下のあの子を嵌めたのだって。それ以前に、関係者を陥れたのだって」


可愛らしい声で淡々と、別人のように話してくる。

独立せずに混在しているのかもしれない。

そんなことを考えながらイツキはゆっくりと顔をあげる。

随分と醜い顔だったことだろう。

それでも慈愛に満ちたように、目の前の怪物は語り掛けてくるのだ。


「でもね。もう大丈夫だよ。お父様も言っていたもの。これさえ終われば、お兄ちゃんは笑顔になるって」


何を言っているのか分からない?

あの男がそんなことを?

いや、嘘だろう。

相手を思い通りに動かすために語っているだけに過ぎないのだ。


「そんなことはないさ。僕はいつだって君たちをことを考えている」


凛とした声が響く。

今まで治験で出会った中で、聞いたことのない、心地の良い不快な声が。


「お前がそんなにも努力するなんて考えてもいなかったがね」


顔を上げてみれば、そこに居たのはスーツを着込んだ細見の男。

否応でも見間違えるはずがない。

その人間を見たのは数年ぶりだが、見下した態度で退屈そうに、声の調子を変えることのない、無機質で不気味な男。

チェシャ猫が随分と可愛く見えるほどの特異点。


如月 那由多


「かねがね思っていたのさ、お前には随分と苦労をかけたと。」

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